24 ダンジョンでも腹拵えは必要!
「ふぁわわ。なな、何をするんですか!?」
「そ、それはこっちのセリフです。何故私が貴方と手を繋いでいるのですか!?」
ようやく気がついたのか、二人はいきなり言い合いを開始していた。
手を繋ぎ直したのをどうして気が付かないんだ?
怒ったと思ったらしおらしくなって、また怒る随分と騒がしいな。
「離れたら困るからやっただけだ。大体いきなりぼーっとしているからだろ? とりあえずこっちに来て座ってろ。今、用意するから」
「用意ですか? 一体何をなされるのですか?」
「そ、それは一体何ですか?」
収納からいつも使っていた小さいかまどを置いて、一応用意しておいたコップや鍋を取り出す。
もしかしたらと思って、先週のこともあって用意していたのが……こんなにも早く役に立つとはな。あの段階で俺自身こうなることを期待していたのかもしれない。
鍋に適当に具材を入れて、適当に煮込んでいく。勿論調味料も適当だ。
こんなに匂いのするものを、ダンジョンでやるのもどうかとは思うけど……少しでも気が休まればいいのだがな。
出来上がるまでもう少し時間がかかる。
「そうだ、ミーア。ちょっとこっちに来い」
「はい、なんでしょ……はむ」
近づいてきたところで、おやつ用に買っておいたドーナツを口に放り込む。ハムハムと小さく食べ始めていた。何とも可愛い仕草だ。
「うまいだろ。蜂蜜使っているやつだからな」
もう一つを取り出すと、パメラが口を開けて待っていた。
一息をついてから、そのまま口に入れるとこっちも嬉しそうに食べ始めていた。
お前らは、雛か?
「はいよお二人さん。腹減ってないかもしれないが、食べれる時に食べておけよ後が持たないぞ」
「ありがとう、アレス。こんな物どうやって」
「どうって、空間魔法だよ。うちの所にいた執事から習ったんだ。というか、お前らも使えるだろ?」
ハルトやレフリアは首を横に振る。ミーアとパメラを見ても同様に首を振っていた。おかしいな……セドラは普通に使っていたぞ?
執事としての嗜みとか言ってたし。
俺に教えてから、更にダンジョンに籠もるようになってから、あのセドラが母上から叱られていたな。
「し、質問だが、空間魔法って誰でも使える魔法じゃないのか?」
満場一致で頷かれる。
ローバン家の人間が頭おかしいのか?
いや、それだと俺のおかしい人の仲間入りになるな。うん、セドラが悪い。
ゲームでも、アイテム欄には九十九個まで大量に入れられる。だからこれのことだと思っていたのだが……どうやら考え違いをしていたらしい。
「見なかったことにして頂きたい」
俺は頭を深々と下げる。知らなかったとは言え、これを誰も使えないともなると、状況は悪い方向へと変わる。
今思えば、さっきのご令嬢のパーティーの中に大きな荷物を持っていた人が居た事で、その中に何が入っているのか気がつくべきだった。
「無理ね、っていうか。アンタ、絶対にパーティー抜けさせないからね」
「アレスが居ると本当に助かることばかりだね」
俺はそもそもまだパーティーに入った覚えが……と言ったところで、レフリアが簡単に俺の話を聞いてくれるとも思えない。
「アレス様。これからもよろしくお願いします」
「あ、アレスさん。私も手伝いますよ」
「待て待て、レフリアよく考えろ。ちょっとミーア、何をするんだ」
「後は私にお任せください」
俺は地面に手をついて項垂れた、このままだと最悪荷物持ちが確定してしまう。
セドラのかなり適当な説明だった魔法だから、教えられそうにもない。
俺の代わりになる人物のハードルを、俺が上げることになるとは……セドラが平然と使うのが悪いよな。考えなしの行動をした俺が、一番悪いということか?
「あっ、おいしい。それにスープも」
「美味しいよアレス。こんな物いつ用意していたの?」
ダンジョンが始まる前からとは言いづらい。
収納していた物はいくら時間の流れが極端に遅いとはいえ、先月に買っていた物だとは流石に言いづらい。
俺は平気で食べられるけど。言わないほうがいいよな。
「空間魔法って、食べ物ってどれぐらい持つものなの? あと、どれぐらい入っているのかしら?」
「食った後だからあまり言いたくはないけど、そのドーナツは先週に買ったものだ。心配するな時間の流れは極端に遅いから、熱いお茶でも五日は熱いままだぞ」
「ふぅん。で、後何が入っているのよ?」
それこそ言えるか。
魔獣の肉とか食い物やらで、この人数でも一週間は籠もっていられるほどに大量にはある。
それ以外にも色々とあるのだが……気軽に見せられるようなものでもない。
「レフリア」
「どうしたの?」
「お前は、俺がお前の部屋に置いている、タンスの中身を見たいといえば見せてくれるのか?」
「ばっ、馬鹿なことを言わないでよ。そんなの見せるわけ無いでしょ……」
「そういうことだ。俺だって見られたくない物はある。まあ、腹が減ったら言ってくれ、体を見てのとおりだから食い物ならたっぷりある」
自慢のワンパックを叩くと軽く弾むが、レフリアは呆れたご様子だった。
しかし、最近は二人に追い回されたりで、あまり食べていないから痩せてしまうかもしれないな。
タッパーでもあれば、学食を大量に詰め込みたいところなんだが。さすがにこんな理由で出禁にはなりたくはない。
「アレス様、食べ過ぎはお体に良くありません」
「そうですよ。痩せたらもっとカッコよくなりますよ」
おいおい二人共、せっかく頑張ったのにそれだと報われないだろう。
大体ミーアが俺から離れてくれれば、こんな訳の分からないことにはなっていなかったはずだ。
貴族の責務なんか早く捨てて、ミーアは俺との婚約破棄をして欲しい。今となっては、父上は説得をしても納得はしてくれないだろうし。
全てはミーアにかかっているのだが……こんなデブになった俺を、見放そうともしない。
「痩せる気はもとより無い。それに容姿もどうでもいい」
「変わっているわね……あのさ、それよりも、もう一個余ってたりしない?」
レフリアは少し恥ずかしそうにしているが、それでもやっぱり女の子だ。
あんな事もあったから、食べてスッキリ出来るのならそれもいいだろう。
幸いにもあと一つは残っている。
「いいぜ、ちょうど後一個残っているから」
「レフリア様? ご自分だけお食べになるおつもりなのですか?」
ミーアはそう言って、レフリアへと詰め寄っていく。
ああ、こうなるのか……何個も食ったけど確かに美味いよな。
よくある異世界だと、砂糖とかはよく貴重とかになっているが、ここは日本人が作った乙女ゲームの世界だからな。
何処で生産しているのかわからないけど、ケーキとかも普通に売っていたから、その当たりはよくわからん。
そんなことよりも、たった一つのドーナツを巡って、女性陣によるバトルが始まろうとしていた。
「ミーア」
「ずるいです、ルーヴィア様だけズルいです」
「パメラまで……は、ハルト」
「それじゃ、四等分にしようか」
ちょっとまてハルト。そこはお前を入れてどうする?
相手は女の子なんだぞ、少しは遠慮をしてやれ。
なんて思ったが、きっちりと四等分にしてあの野郎は、平然と食べやがった。
残りのおやつを食べ終え、片付けを済ませた。
正直ミーアの使ったコップをしまった時に、レフリアが俺を見てニヤっと笑ったのは屈辱だった。
しねーよ、しねーからそんなこと。後で洗うから、お前の考えているようなことは絶対にない。
「それじゃ、行きましょうか」
階段の前に立ち、索敵を展開してもやっぱりここからだと二階層の情報は得られない。
俺にだって当然限界はある。今までは一階層だけだったから見て回れていたけど、散り散りにダンジョンへと行くことになるのだから……それなら、このまま一緒にいたほうが良いのか?
「アレス様。行きましょう」
「分かったよ」