21 もしかして逃げられない?
初級ダンジョンが開始されて今日で一週間が過ぎた。つまり、二階層が開放されたことになる。だがしかし、現時点で必ず行く必要はない。
ここでの目的は一ヶ月以内に三階層に用意された番号の書かれた木簡を取りに行くことだ。
まだ三週間残っているのだから、早ければ何かしらの特典があるというわけでもない。今日行くとするのなら、実力がある奴だけになってくるだろう。
訓練をするのも、一階層でレベルアップしてから挑んでもまだ時間はたっぷりとある。
レフリアたちと行動していて、数回戦闘は見ていたがはっきり言えば弱い。
安全のために魔物の数を減らすため魔法を隠れて使い、それでも苦戦をしつつ対処をしていた。
俺が魔法を使ったというのは確信を得ていないと思っている。出来損ないをアピールするために、俺もあえて攻撃を食らうことでこの程度だと認識させようにも、同じようにハルトも当然攻撃を受けているので結果として効果がなかった。
そんな無駄な努力も虚しく、氷の大剣を使ったことでパメラだけではなく、レフリアからも疑惑の目を向けられている。一番の失態が、翌日に一人でダンジョンへ入っていた所を確認され、ダンジョンから出るとレフリアたちが待ち構えていた。
あの二人に目をつけられた俺は、この二日ほどダンジョンに入ることもなく、大人しく図書室に行っては寝たふりをし訓練場でぼっーと過ごした。
この二人のどちらかが、俺を見ていたのだ。ついに痺れを切らしたのか、強行手段に出てきたのだろう。
「何しているんだ?」
自室のドアを開けると、廊下にはミーアとパメラが立っていた。
パメラはレフリアのパーティーに加入しているので、二人が並んでいようとおかしなことはない。
しかし、朝早くから俺の部屋の前で待機しているとなると話が変わってくる。
「おはようございます。アレス様」
「おはよう……で? 二人はなんでここにいるんだ? 他の二人は?」
「ダンジョン前で待っております」
「アレスさんをお迎えに来ました」
お迎えって……どういうつもりなんだよ全く。
このまま逃げようとしても、二人は俺を捕まえようとしてくるに違いない。ドアを閉じようとすれば妨害されるよな。そんな事を考えつつ髪を掻いていると、ミーアに腕を捕まれ無理やり連れて行こうとしていた。
「さ、参りましょう」
「シルラーン様!? な、何をしているのですか。ズルいです」
くっ、ミーアの……や、柔らかいものが!
掴まれるがまま俺の足はフラフラと少し歩いた所で、扉が閉まる音で冷静さを取り戻すことが出来た。ミーアは思ってた以上に魔性の女だったようだ。自分の武器をこうもよく理解しているとは思わなかった。
「何やっているんだよ! とりあえず今日はダンジョンに行くつもりはない。離してくれ」
振りほどこうとすれば、パメラは左腕にしがみついてきた。
二人はいきなり何をするんだよ。
お前もミーアと同じことをするつもりなのか? 同じ手が俺に通用すると思っていたのなら……当てて……当たっているのか?
「貴方の方こそ何をしているのですか! アレス様は私の婚約者なのですよ。離れてください」
「アレスさんを逃さないためなのです。べ、別に深い意味はありません」
何というか、まあ、その。嬉しいと思うはずなのになぜか悲しい。
戦力差は歴然。俺の腕を掴んだまま、彼女たちが言い合いをしているから腕からミーアの柔らかいものが伝わる。
パメラに至っては、腕を動かしてもあるべきものを感じられなかった。
「あ、アレスさん! 露骨すぎます!」
「アレス様は何を確かめようとなされているのですか?」
「二人共、離れろって。お前たちが素直に俺を話を聞いてくれなかったからだ。全く……わかった、行けばいいんだろ?」
二人を置いて、ダンジョンへ向かうのだが、二人はブツブツと後ろで何かを言い合っている。ミーアは仕方がないとしても、パメラは本当に関わらないでくれよ。
俺は一人で気ままに対策を考えていたいのだが……何で二人はわざわざ俺なんかに?
一度レフリアとも話をして、逃げる準備はしておいたほうが良いな。
「今日は逃げずに来たのね」
「おはようアレス」
「二人共おはよう。俺は逃げた覚えはない。そもそも、ダンジョンに入るつもりもなかったんだけどな」
監視があるのだからそんな事はできそうにもない。
なんだが、俺が思っていた学園生活と大きく変わってしまったな。
「よく言うわよ。アンタが一人で入っているのを知っているんだから。それより、二人は何で睨み合っているの?」
「そんなの、俺が知りたい。レフ……ルーヴィア嬢。もしかしてだが、二階層に行くつもりなのか?」
一番気にするのは何処まで行くつもりなのかということだ。
この一週間で四人はそれなりには戦えるようになっているとは思えない。しかし、二階層にもなれば当然魔物の種類も変わる。今まで以上に苦戦する可能性や、大怪我だってありえる。
ゲームのように、苦戦をしたのなら逃げた後に、回復をしたりすることもできる。だけど、現実は逃げても魔物は実在しているので当然追ってくる。
怪我はポーションや回復魔法である程度なら回復できる。そんな気軽な話にならないのは、この世界にはゲームで存在していた帰還用のアイテムがなかったからだ。どんな危機的な状況だとしても、気軽に戻ることが出来ないため、生存率がぐんと下がってくる。
生徒が毎年亡くなっているのは、これが大きな要因だろうな。
「ええ、そのつもりよ。それで少しでも戦力が欲しいから、アンタを呼んだわけ」
いくら何でもその発想はありえない。
あまりにも無謀すぎるからだ。危険だと分かっているのに、なぜ現時点で飛び込む必要があると言うんだ?
「いい迷惑だ。俺は二階層に行くつもりはなかったのだけどな」
「そうはいうけどさ、いつかは行かないとこれから先、学園に居られなくなるんだよ? それは困るでしょ?」
「それはどうなんだろうな……」
今の俺なら、初等部を出ている段階で冒険者としても活動は出来る。
ミーアの事を完全に無視して影から見守ることもなくただ目的を果たす。
そんなことは俺自身が望んでいることじゃない。
きっと、俺がアレスだから、ミーアのことを自然と気にかけてしまう。
一人でラスボスを倒して……それで終わるのならいいのだけど。いくら生徒よりかは強いとは言え、それでも俺の実力はたかが知れている。
そのためにも多くの魔物を討伐する必要がある。
だけど、学園の生徒たちの強さからしても、ミーア達はかなり危険だ。俺が一緒にいるのなら問題はないのだろうけど、それではいつまでも目的が果たせそうにもない。そのため、この三人にもそれなりに強くなって貰う必要がある。
離れたいけど、離れられない。けど一緒にいることは俺の精神的に辛い。
それに加えて、パメラというイレギュラーも参加するという異常な状態にもなっている。
王子が攻略対象だと言うのに、なぜ俺にアプローチを仕掛けてくるんだ?
「アレス様。今日はよろしくお願いします」
お願いするのは分かったけど、何で腕に……腕が腕がーー!!
ミーアはまた俺の腕を両手で掴んでいる。その魅惑的な攻撃に俺の思考は別のことを考えていた。
どうする。押すか? このまま引けば手に? いや違う、回転させつつ引けばあの膨らみが俺の手のひらに!?
「あれ、絶対に碌なこと考えていないわよ。ミーアも何であんなのがいいのよ」
「シルラーン様。止めてください!」
何をしているんだ。パメラお前というやつは俺から幸福を奪う……そうじゃない。いや、よくやったパメラ。よく戻してくれた……無心で手を引き、数歩後ろに下がった。
あぶない……この俺ともあろうものが、この程度のハニートラップにかかるところだった。
パメラはともかく、ミーアにこれ以上近寄られるのは危険すぎるな。
そういえば……ミーアがアレスに抱きつくシーンがあったよな? アレスがミーアに落とされたのは、桃のように甘い香りがするアレが原因だというのか?
それに引き換え、はんぺんのような膨らみは俺に正気を取り戻してくれる。
「我に返ったようね。ほんと馬鹿なんだから」
「リア。抑えて、ね?」
「むぅーーー!」
「またむくれているのか? はいはい、可愛い顔が台無しになるんだから、止めておけって」
パメラは勝ち誇ったかのように、ミーアを嘲笑う。
ダンジョンの前だと言うのに、二人に手を引っ張られることになってしまう。
「やっぱり馬鹿だったわ」
「今のは、僕も否定しづらいな……あはは」
とりあえず、なぜかレフリアの一撃により場はなんとか収まったが左頬が痛い。
というか、俺ってこのまま連行されるのか?