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01 俺は誰ですか?

 体が熱い……。


 体が重い……。


 あれから何日が経った?

 熱にうなされ、体の辛さから逃げるように布団の中で眠り続けていた。


「ううっ……」


 俺の隣で声が聞こえる……?


「……す……お……」


 何? よく聞こえない……。

 鬱陶しく握られた手を振りほどこうとしても力がうまく入らない。

 俺は今どうなっているんだ?


「手が……動いて……」


 目を開けたはずなのに、見えている部屋はぼんやりしていた。

 夜だからこんなにも暗いのか?


 隣りにいる誰かを見ようと首を動かすが、誰かがいるとしか認識できない。

 もしかして、姉さんなのか?


「うっ……げほっ」


 姉さんを呼ぼうと、声を出すが喉が痛く咳き込んでしまった。

 確か熱を出したんだっけ。ただの風邪だからと言って病院に行かなかったけど、ここは病院だろうか?


「ああ、アレス。良かった。本当に……良かった」


 アレス?


 それってどこかのゲームのキャラか?

 姉さんは色々とアレな人だったけど、俺の名前までは変に呼ばれたことはないんだけど。


「お母様、アレスが……」


「ああ、愛しのわが子よ……神よ、有難うございます」


 お母様? 愛しのわが子?

 俺が一緒に暮らしているのは、実の姉たった一人だ。


 それに母親なんて、姉さんが呼ぶはずもない。それどころかお母様なんて死んでも言うはずがない。

 何がどうなっているんだ?


「アレス。大丈夫かい?」


 またしてもアレスという名前。その声の持ち主は明らかに男の声だった。

 今の状況にどう処理をしていいのかわからず、頭は依然クラクラして考えが上手くまとまらない。


「アーク、私はこのままアレスの側にいても良いでしょうか?」


「そうだね。それがいいと思うよ。その前にセドラ、アレスに水を持ってきてくれないかい?」


 何がどうなっている?

 そればかりが頭の中をぐるぐると回る。


 俺は体を支えられつつ、上半身を起こされる。

 肩には毛布のようなものを掛けられ、声を出すよりも大きく何度も息をするだけで精一杯だった。


「かしこまりました。早急にお持ちいたします」


「アレス。大丈夫かい?」


「う……は、い?」


 何とか声を絞り出すが、隣りにいる女性が泣いているのか震える声が漏れていた。

 俺の手を自分の頬に当て、その感触が伝わってくる。

 しかし、その女性の手は俺の手よりも遥かに大きく、手を握り返すと思っていた通りに動いている。


「お待たせしました」


 ランプの明かりで部屋が少しだけ明るくなり、見た目からして執事らしき人がコップをお盆に乗せて戻ってきた。

 父親らしき人と年齢は同じぐらいに見える。


 右側には、涙を流す女性とあどけなさが残る女の子が俺の体を軽々と支えていた。

 コップを受け取り俺に近づけている。


「さぁ、アレス」


「あ……」


 コップを口に当てられゆっくりと水を飲んだ。

 水の冷たさが胃の中に広がるのを感じると、意識は少しだけはっきりしてくる。


 やっぱりアレスって俺のことなのか?

 だとするのなら……ここは?


「う、げほっげほっ。はぁはぁ」


「アレス。大丈夫?」


 喉が痛い、優しく背中を撫でられると呼吸も安定してきた。

 何がなんだか……わからないまま視界は段々と暗くなっていった。


 再び目が覚めると……。


 自分の部屋だった場所は、面影なんて欠片もなく、全く別の物へと変貌していた。

 かすかに残っている記憶は夢ではなく、本当に起こっていたことのようだ。

 テーブルにはランタンが置かれ、執事らしき人が入ってきたドアの位置。


 右側に居た女性の後ろにかろうじて見えていた大きな窓。

 ここであった出来事を、覚えている限りこの部屋に当てはめていく。


「それが夢じゃないんだな……何でだよ!」


 誰も居ない部屋で、枕をポフッと叩く。一人ツッコミをしても虚しいだけだ。

 ベッドから、窓の下を覗き込むと、室内の大きさからも予想はしていたが無駄にでかい屋敷というのがよく分かる。


 窓ガラスに映る黒い髪に、頬がこけやせ細った体。明るい茶色の目をした少年が今の俺の姿だった。

 ゲームでしか見たことのないような屋敷と、手を差し伸べ窓ガラスへと触れる。反射された姿も俺と同じ動作を取っている。


 あまり信じたくはないが、俺は見知らぬこの少年と入れ替わったのだろう。

 しかし、今の俺にとってはそれが些細な問題に思えてきた。


 俺は現代を生きる日本人だ。この屋敷は見るからにお金を持っている家柄だ。

 気になるのはお金のことじゃない! この屋敷どっからどう見ても金持ちなんだろうけど、ここには家電がない。


 テレビも照明も、この部屋には家電という物が見つからない……テーブルに置かれていた、あのランタン。

 電化製品という物がここにはまだ無いからこそ、明かりを得るためにランタンという代物を使っていた。


 これだけのお金持ちにも関わらず、そんな当たり前にありふれていた物は何処にもない。

 つまりはこの世界には、家電が存在していないということが考えられる。


 そして、人類の英知の結晶たる、エアコンの存在はこの世界にはない。

 この時俺は、終わったと……悟ってしまった。


 一つだけ残された希望は、この世界に四季がありませんようにと、今更ながら天に向かって祈った。


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