129 強者アスモ
魔物の数は下へ進むたびに、次第に増えていた。
未だ強者と遭遇していない事が救いでしかない。
迷路ということもあり通路はかなり狭く、五人並ぶ程度しか幅がないため、もし現れたとして逃げようにも、この場所は迷路になっている。
場合によっては逃げ道が簡単に断たれる可能性がある。
索敵をしているとはいえ、迷路を全て把握できるはずもないし、現状ですらこの有様だ。
「この場合、また最下層だといいんだけどな。今で四階層か?」
魔物の変化もなく、迷路ということもあって、マップの全体が覚えづらく現時点で自分が何階層にいるのかすら判断が難しい。
そして、魔物も大した事はないが、魔物に向けて風球を飛ばす。これまでと違ってはっきり言って順路を考えて飛ばす必要があるため億劫になる。
索敵で地形がわかるのに、階段表示をなんとか出来ないものか?
ここが解消されればこれから先のダンジョン攻略も楽になってくるはず。
ゲームのように、階段マークのアイコンなんて便利なものはないし、自分が探索済みだとわかるようなこともできない。
「ここは行ったか? いや、こっちだったか?」
小部屋すら無いために、目印にできるような位置付けもないので、ここの階層だけでも何時間もかかっている。
今更ながら、本当に今更だったが、紙を取り出し迷路の構成を書き上げていく。今までのダンジョンであれば、ギミックを除いて特に問題なく理解できていた。
だから、迷路だろうと問題ないと思っていたのだけどな……階層が下へ行くにつれて広くなっていると想像してなかった。三階層までは運良く階段を見つけたことで、多少の時間がかかった程度で済んだ。
袋小路に辿り着くと、バツの印をつけていく。
「なんで最初からこれをしなかったのだろうか」
それから、何日も時間が過ぎていき、ようやく最下層に辿り着いた。
強者がいるダンジョンはどこも複雑すぎないか? いや、ベルフェゴルはそうでもなかったか……強者のアスモが上空から出迎えてくれていた。
アスモとは違い翼もなしに浮いているのなら、俺と同じように浮遊魔法を使っているということか?
「だけどな……俺が疲れていると思ったら大間違いだからな」
アスタロトの時は、ギミックに気を取られ休憩を疎かにしていた。あの時のこともあって、下へ降りる前にきちんと休息をとっていた。
強者を倒す度に、倒れてばかりもいられない。以前よりもレベルは上がっているし、魔法効果も確実に上がっている。
そして、未だ扱いづらいドゥームブレイドを使わないと思っていたこと。
弱点を克服していく俺に、死角はない!
「ニンゲン ヒヒッ ニンゲン」
ただのおまけボスにもかからわずアイツラは一体何なんだ? どいつもこいつもやたらと人間を連呼しているが、何の関係がある?
ネタでしかないあの武器が、失われた武器なんて大層な呼ばれ方をしている。
それを集めて何が起こる?
だけど、アイツラ強者を野放しにすれば、多くの民が殺され貴族たちが何処まで対抗できるか分からない。
「アスモか……お前のことはあまり覚えていないな」
随分時間が経っているから、忘れているということはあるのだが……強者を倒せば討伐報酬としてアイテムが手に入る。
攻撃力だけは一見有効そうだけど、実際は全ての武器に何かしらのデメリットが有る。
アスモから手に入る武器は、聖剣エクスカリバー。
RPGでは定番とも言える武器で攻撃力も高く、ステータスも上昇する一級品。
しかしデメリットが大きすぎて、まるで使い物にならない。
武器よりも、アスモはどうだったか……アスモと戦えるのは終盤あたりになるので、この頃になるとそれなりに装備が揃ってくる。
確か……対応していなくても倒せるほどに、アスモ自体あまり強く無かった気がする。
攻略情報でも最弱と書かれていた……と思う。
しかし、この世界の強者は随分と変わっている。
最初の出会うあのベルフェゴルですら、あの強さだった。
それに、今のように声を発することも当然なかったし、最下層で待ち構えることもなかった。強者は必ず索敵コマンドをしないと出現することはない。
この世界では、強者のいるダンジョンは眷属が居て、アスタロトやアスモのように最下層で待っていることもない。
やはり、ゲームと現実の違いというわけか?
「今そんな事を考えていた所であまり意味はない……よな?」
今考えるのは、アイツをどうやって倒すかということだ。
本来であればベルフェゴルは強者の中で一番弱い。それだと言うのに、あれだけの強さだった。アスタロトのように、攻撃の種類その物が変わっている可能性も十分ある。
初手の定番と言ったらまずはこれだよな。いきなり上位魔法を使うのも有りとは思うが……
アイツも何らかの能力があると思う。
俺の周囲に無数の風球を作り出し、アスモに向かって放つ。
この風球にアイツはどう行動する。
それから始まる無数の斬撃に対して、どういった対処をしてくる?
「何だ? 今のは一体?」
俺が放った風球は、アイツに触れることもなく、まるですり抜けるかのように、奥の壁にぶつかり斬撃が放たれる。
見ていたがアスモが回避した様子もなく、全ての風球が体をすり抜けているようだった。
収納からロングソードを取り出し、魔力糸を使って攻撃を繰り出していく。四本の剣撃は同じようにすり抜ける。
剣を戻し、さっきよりも数を増やして再度風球を放つ。しかし、どの攻撃もすり抜けるばかりで、当たる様子が一向に見られない。
不可解なのが、アイツは浮かんだまま俺の攻撃に対して何も行動をとっては居ない。
考えられるとするのなら、俺の攻撃は全て回避されているということか?
そう考えるのであれば、今見えているアイツは幻影の可能性がある。アスタロトの時は見えていたから索敵をしていなかった。そのため、複数居たということに気が付かなかった。
幻影だとすると、索敵による魔力判定は、別の所になっている可能性が高いのだが……。
「反応から考えてもアイツだよな。攻撃が当たらないとなると、どうすればいい?」
攻撃が当たらないというのなら、物理攻撃による回避が考えられる。だけど、初手に放った風魔法も同様にすり抜けている。
余裕を見せているのか、それともあそこから動かないことで、あの効果が発動できているのか?
ゲームであればダメージによる魔法に回避はない。だけど、風球だろうと、バーストロンドの範囲攻撃だとしても移動すれば回避できる。
移動すれば……だが、アスモは動くこともなく全ての攻撃が当たらない。
「なら地面ごと行くしか無いだろ!」
だとするのなら、今見えているアイツは本体ではない。確約できた話ではないが、そう考えられなくもない。
バーストロンドの光を広範囲にアスモの周囲を地面から天井まで爆裂が放たれるように撃ち放った。
無数の光が爆発に切り替わる瞬間、アスモの体が消えた。
索敵を展開すると、俺のすぐ近くに巨大な魔力反応。
アイツは姿を消した。だが、俺の真上に移動していたアスモは俺を見下ろして気持ち悪い顔をして笑っていた。
シールドを展開して、距離を取るが……笑ったままさっきと同じように動く気配はない。
「ニンゲン ヨワイ」
「ちっ」
気に入らねぇ。あれだけの不意打ちをしてきたというのに、アイツは何の攻撃をすることもなく俺が離れるのもただ見ている。
角があるのと肌が緑以外は、人と対して変わらない大きさだが……バーストロンドが発動する前にここまで来たというのなら、これがアイツの能力なのか?
考えられるのは二つある。
俺の動体視力では理解できないスピード。
もう一つは、空間転移。俺もまだ使えない魔法だ……。
「なっ」
「ヨワイ ヨワイ ヨワイ」
再び俺との距離を詰めたアスモは、腕が伸びるとウネウネ動き始めまるで触手のような形が変わっていた。
「ライトニング!」
前方範囲に放電による攻撃はかなりのスピードだったが、アイツの姿が先に消える。
またしても、至近距離にやって来たアスモは、腕を鞭のように扱い無数に繰り出される。アスタロトのようなことはなく、今度はシールドがその攻撃を防いでいた。
連続した攻撃に距離を取ろうにも、アスモは俺との一定距離を保ったまま、ひたすら攻撃を繰り出している。
「ヨワイ ヨワイ ヨワーイ」
「ふざけやがって」
この距離だと、逆に一気に詰め寄れるな。
クレムゾンブレイドを具現化し、アイツの攻撃をかわし、アスモ本体に斬りつけるも灼熱の剣は体をすり抜け、攻撃してきた腕に触れることもなく、ただ空を切る感じしか無い。
一体どうなっている……?
今の攻撃は確実にアイツの体を捉えていた。アスモの触手攻撃はシールドが防いでいる。
それなのに、何故こっちからの攻撃は当たらない?
「強者というのは、どいつもこいつも、俺と相性が悪すぎるぐらい嫌な能力を持っているな」
シールドであの攻撃を弾くのならアイツは本体でありながら、全ての攻撃を回避するというのか?
それとも、幻術のような幻を見せられている……だからか、あまりにもしょぼい攻撃しかしてこないのは。
まだ断定はできないが、あの程度の攻撃であればいつまででも耐えられる。だけど、こちらからの攻撃はあたらない……。
これだと例えドゥームブレイドを使ったとして、さっきのように当たらないのなら意味はないな。
その為にクリムゾンを使って見たが、かすりもしない。範囲魔法ですら回避されるような相手をどうやってダメージを与えればいいんだ?
バーストロンドを周辺に放つも、案の定回避されアスモはケタケタと笑っている。
俺に対して余裕をかましているが、こちらとしても打つ手がない状態だ。
始めはレイスのような霊体かとも思ったが、風球に続いてクリムゾンまでも通じなかった。
霊体の特性が、クリムゾンを回避する段階でおかしくなってくる。全くもって意味がわからない。
「今の所、打つ手なしか……」
シールドが弾くのだから、あの攻撃は本当に起こっていることなんだよな?
右手に氷の大剣を作り出し、左手にクリムゾンを具現化する。展開していたシールドを解除する。
移動速度は見えはしないが、父上たちに比べてアイツの攻撃は見えないわけじゃない。
「危険だが……一度食らう必要があるな」
ブレイブオーラを発動させ、一気に距離を詰め二つの剣で攻撃を繰り出していく。
こちらが攻撃を繰り出しているにもかかわらず、避ける動作はまったくない。シールドを解除しても、アスモは攻撃することもなく手を叩いて喜んでいるようにも見える。
「これならどうだ!?」
クリムゾンで攻撃した瞬間にバーストを発動させる。
これでも効果なしか……攻撃が当たらない理由は何だ?
「ウヒ ウヒ ウヒャッー」
相変わらずふざけた相手だ……。
兄上のように俺の攻撃を読んでいる?
しかし、あれは俺の剣術を熟知されているからであって、アイツが回避できるとは思えない……そもそも、内部からのバーストをどうやって回避している?
「こいつは本当に俺の心を読んでいるということか?」
攻撃の手段を先読みしているから、そのため攻撃が当たらない。そう考えられなくもないが……だとしても、風球がすり抜けるというのが理解できない。
あれは本体であって本体じゃない、昔別のゲームでそんな設定があったよな?
どっちにしろ、腹が立つ相手には変わりない。
「だったら……」
アスモからダンジョンの壁まで距離を取り、二つの剣を解除してシールドを展開して、手を合わせて魔力を集中させていく。
仮にアイツが攻撃を読むとするのなら、この攻撃に対して何をしてくる?
ケラケラと笑いながら、ゆっくりと近づいている。この魔法がどういうものか理解していないのか、そもそもアイツには通用しない、そういうことなのか?
余程の自信があるのか、本当に効かないのか、試してみないとわからない。
これを使うのは俺自身かなり危険を伴う。
今までの最下層に比べてこの場所はかなり狭い、だからこそ有効でもあるが……危険な賭けであることに変わりはない。
「これを回避できるのなら、回避してみろよ。エクスプロード!」
魔法が発動すると同時に、シールドを四重に展開をする。
空洞の中心に巨大な恒星のような火の塊が出現する。
自分の魔法でありながらも、この攻撃から放たれる高熱と爆風に耐えるには、何重に張り合わせたシールドでないと耐えることは出来ない。と、思いたい……。
アイツはこの攻撃に耐えるのか、それとも全くの無傷なのか?




