101 幽閉と連行
ヘーバイン公爵の屋敷で、アークは幽閉されていた。
アークへの嫌がらせのために設けられた部屋は、窓に頑丈な鉄格子が内と外に二重に張り巡らされ、身動きが取れない状態となっていた。
誰との会話も許されず、当然武器も没収されている。
食事は、入り口の横にある小さな小窓から提供され、上部にある複数の窓からは何人もの侍女が見張りをしている。
声をかけようとも無視され、じっとただ軽蔑した眼差しを送ってくる。
「これはどうしたものかな……」
ここから出るのは、アレスが帰還するか、ローバン家からの使者でも来ない限り無理であった。
後者は間違いなく訪れることはなく、残すはアレスがダンジョンを攻略することに託されている。
「アレス。できるだけ早く頼むよ」
硬い椅子に腰を下ろし、柵の向こうに見える空を眺めて祈ることしか出来ない。
そんな日が既に三日は続いていた。
* * *
一方アレスはと言うと、順調にダンジョンを下へ下へ進み、最下層らしき広い空間へ辿り着いていた。
「この空洞は……ベルフェゴルとの戦いを思い出すな」
索敵による反応からしても、ここの階層はドーム状の空洞だけになっているな。
ダンジョンの明るさは、天井の高さによって変わる物なのか?
ベルフェゴルの時は、こんなにも明るい場所ではなかった。
上空から見下ろしここの広さが再確認できた。町一つ分ぐらいの広さがあるからか、この明るさがあるからかダンジョンだと言うのに木々が生い茂り、前人未到の樹海のようだった。
その木々の間には多くの魔物が潜んでいる。
試しに、風球を放って木々を攻撃してみると、次々となぎ倒されしばらく待ってもそのまま消えることは無かった。
「ここにある木は、自然に生えた物なのか? だとしたら……どれだけの時間ここは放置されていたんだ?」
ゲームでもこういう一室になっている場所はあるが、四角で区切られたマス単位で進んでいた。
だけど、ここでは全部が見渡せる。
遠くに見えるダンジョンの壁は確認できるし、奥へ続くあの扉も見える。
「全部がこういう所なら、意外と楽かもしれないよな」
それよりも、中央には大きな反応があるし、あれがボスになるんだろうな。
もしあれがボスだというのなら、あの扉はコアの部屋ということか?
上空から見下ろせるとしても、これだけの広さだ。バーストロンドを打ち込むよりもっと確実に終わらせるとするなら……。
「雑魚も多いし……アレを試してみるか」
上空を攻撃してくる魔物も居ない、実験をするには丁度いい。
火魔法最大の攻撃魔法。両手の間に魔力を込めていく、中心には灼熱の小さな火の玉を作り出す。
最上位ともなれば、これを作り出すだけで膨大な魔力。そして、その魔力を魔法へ変換していくのに時間がかかる。
火の玉はどんどん膨れだし、この樹海の中央に照準を決め、腕を前に突き出しさらに魔力を加速させていく。
作り上げた魔法は、直径五メートルぐらいに大きく膨れ上がっていた。
「これがエクスプロードだ!」
巨大な火球を飛ばし、爆風に備えるために、五重の氷の壁を作ってどうなるのかを見ていた。
ボスらしき奴が居るところで、巨大な爆発が炸裂し木々は燃え上がりながら四方八方へと飛んでいく。
広がる爆風は、もう一度収束し更に大きな爆発へと変わっていく。
その爆発は巨大なこの空洞の半分以上に広がり、爆炎は天井に到達していた。
「おいおい、洒落にならなく無いか? ゲーム内ではこんなものを平然と使っていたのか?」
俺は強化版のシールドを張りコア扉の近くへ移動していく。
そのあまりにもおかしな光景を前に、こんな物を使うような相手をパーティーとして迎え入れたくはないよな……。
ボスが倒されたことで、コアの扉が開くものの後ろでは未だに灼熱の球体から発せられる爆発が続いていた。あの球体が収束されてから最後の爆発の前に、扉が開いてくれたのが幸いだ。
氷の大剣を作り出し、爆発が起こる前にコアを破壊した。
「なんとか間に合ったな……」
とりあえずダンジョンは無くなった。
試しに使った魔法だけど、下手をすれば自滅になりかねないな。
ゴロンと仰向けになり、少しだけ落ち着かせるようにとぼーっと空を眺めていた。
「おい、どうなっているんだ?」
「そんな事私に聞かないでよ!」
ダンジョンに居た全ての人間は、地上へと戻される。
彼らは俺よりも後からダンジョンの中に入ってきたのだろう。そのため、何が起こったのかわからない冒険者達はしきりにあたりを見渡していた。
当然俺としては攻略者であることを知られたくはない。
面倒になる前にさっさと身を隠すか……。
「あれ? この剣は何でしょうか?」
「かなり価値がありそうじゃねぇか……でも、どうするよ?」
男女の三人のパーティーが、足元に落ちていた武器に気を取られている間。
俺はゆっくりと森の中へ進み始めていた。
小枝を避け、音を立てず……。
「おおい、あんちゃん」
きっと俺ではない……そうに違いない。
だけど、ドカドカと音を立てて向かってくるがきっと違うはずだと思いたい。
そのままゆっくりと森の中へと突き進んでいくが、後ろからは俺よりも速い速度で足音なんか全く気にしていない。
「待てよ、あんちゃん。もしかして、アレス・ローバン殿か?」
「い、いえ。ケイン、俺の名前はケインです」
後ろから肩を捕まれ、俺は振り返ることもなくそう答える。
「そっか、人違いか。なら、悪かったな呼び止めて……」
ほっと胸を撫で下ろし、先に進もうとするが、肩に置かれていた手が離れると襟元を捕まれこの大男は「行くぞ」とだけ言って、有無もなしに引っ張られていく。
「彼が、公爵様が言っていたアレス・ローバン殿かな?」
「いや、違うってよ、こいつの名前はケインだそうだ」
「ケインくんっていうのねよろしく。私はアーチェ。こっちがウィル。その大きい人も同じくケインだよ」
「ほほぅ。なるほど」
まじかよ、嘘だろ?
この大男と同じ名前とか偶然すぎる。同じ名前ということで嬉しいのか?
公爵様っていうのは……父上でなくて、ヘーバイン公爵のことだよな?
父上が話を通しているとなると……あまり考えたくもない話だ。
「さっきのは一体? 急にみなさんが現れたようでしたが……」
俺は他人の振りをするべく、ここに来た所というていで話をしてみた。
面識がないし、学生と冒険者ではそう接点もないだろう。
しかし、気になるのは俺の名前を知っているということ。
「俺たちはヘーバイン公爵に頼まれたんだよ。まるまると大きな学生を探すためにな」
ケインがそういうと、二人もニヤニヤと笑っている。
これは完全にアウトのやつだ。
父上と一体どんな話し合いになったんだ?
まるまるって、せめてふくよかと言えよ。
「ああ、もしかして……バレていたりします?」
「逆に聞いて悪いのだけど、バレないと本気で思っていたのかな?」
アーチェはケラケラと笑いながら話していた。
体格の特徴からして、学生でこんなにも太っているのは俺ぐらいなものだしな……。
今になってこの体が憎いぞ。
「ですよね……アレス・ローバンです。それで皆さんの依頼というのは?」
ダンジョンの一階層で、魔物を倒しつつ待機をしていたらしい。
よりにもよって、ほぼ入り口で……。
「攻略したら、ダンジョンは当然消えてなくなる。それを利用されたというわけか……」
「そういうことですよ。でも、偽名を名乗られるとは思いませんでした」
「これは公爵様に報告する必要がありそうだな?」
そう言われ項垂れていると、ケインから背中をバンバン叩かれた。
報告は必要ないんではと言ったが誰も、聞き入れては貰えずケインに引っ張られて屋敷へ連行された。
悪い人ではないのだろうけど……。
アーチェさんは、お願いだからお腹を突っつかないでくれよ。