NO HIRO , NO LIFE !!
「だあいじょうぶだって!なんかあったらおれが助けてやるから、なー!」
はじける笑顔でそう得意げに弟が私に宣言したのは一体いつのことだっただろうか。
もともと集団生活も幼稚な考え方で動く周りも好きではなかった私が学校に行かなくなるのはある意味必然だった。
勿論私自身もそんな彼らと同じ年齢の人間なので、彼らを幼稚というのは本来間違っているのだろう。
しかし捻くれていた当時の私にはそんなことは気付けていなかった。
だから通学中も当然友達もいなかったし――なんなら嫌われていて裏で陰口を言われていたと思う。
勉強自体は嫌いではなかったが別に自学自習で事足りるだろうし今時家庭教師だっている。
モデルの仕事を始めたのだって学校に行かないのを心配した保護者達の配慮だった。
今でこそ普通に学校に通えているが、それはひとえに弟のおかげだといって間違いないだろう。
「なあなんでアイスは学校行ってないの?ずるいじゃん、おれだってもう勉強やだし行きたくない!」
学校の宿題をしていた弟――マカロンが突然そう言いながら勢いよく大の字に寝転がった。
「勉強ぐらい家でしてるじゃない。わからないなら教えるけど」
それ、とほぼ白紙に近いプリントを指さすとマカロンはすでに膨らせていた頬を更に大きく膨らませた。
いつもならここで仲介に入る兄弟たちは今うちにいない。
学校が休みの今日、タルトとドロップはモデルのお仕事で夜まなせさんが迎えに行くまで帰ってくる予定はなかった。
迎えに行くのが遅い時間なので方向音痴の彼が迷子にならないかは不安だけど、タルト達がいるからきっと大丈夫だろう。
他のみんなも学校や仕事など何かしらでまだ当分帰ってくる様子はない。
なんといっても今日は私達の小学校が偶然創立記念日で休みなだけで世間一般は平日なのだから。
「んんん……わっかんないからあとで教えて!でも今は休憩!おやつ取ってくる!」
そう言って冷蔵庫まで跳ねるように走っていくのを見送りながら私はテーブルの上のプリントを手に取った。
割り算の計算か――確かに弟の苦手そうな分野だ。
「アイスそれわかる?」
マカロンが両手にケーキの乗ったお皿を抱えて戻ってきて早々眉を顰める私を見て首を傾げた。
「わかるわよ、ただまっかはこれ苦手そうだなって」
「そうなんだよな~算数ってキライでさあ」
そう言いながら持ってきた二人分のチーズケーキとジュースを机に並べていく。
目の前に置かれた少し焦げたベイクドチーズケーキは菜々川さんのお手製だ。
まなせさんの作るものに比べるとどうしても完成度が劣るけれど逆に手作り感があってとても美味しい。
「でもさあ」
ケーキを口いっぱいに頬張りながらふと弟が話し出す。
行儀の悪さを咎めると自分で効果音をつけながら口の中のものを飲み込んで話を続ける。
「もぐもぐもぐ、ごっくん――でさ、どーせ勉強するなら学校行くほうが友達と遊べるし楽しーよ!家じゃ退屈じゃね?」
「……だいぶ話が戻ったのね?」
一瞬なんの話をされたのかわからなかった。
彼のなかでは何故学校に行かないのかという話はまだ終わっていなかったらしい。
「人が多いところ私苦手だから。それに友達もいないし――幼稚な人達と仲良くしたいと思わないから」
「ようち?」
「子どもっぽいってこと」
「えーそれはアイスだって子どもじゃん!」
それはまさにそう。
ある意味当たり前のことに突っ込まれるも弟を誤魔化すなんて造作もない、言葉を濁しつつも適当なところで話を強制終了する。
空気の読めない弟だが今回は察することができたのだろう、しばらくその話題を私や家族に振ってくることはなかった。
だから気付かなかったのだ、実はこっそり彼の計画が進んでいたなんて。
こんな話をしたことなんてとうも忘れ去ったある夏の日。
その日は澄んだ青空に真っ白な入道雲が沸き立っていて、朝から嫌に弟のテンションが高かった。
その時点で何か変だと気付いておくべきだったのに気付くことが出来なかったのは本当に誤算だったと思う。
本来だったら仕事もオフだったはずの日曜日にどうしても外せない予定が入ったと言われ、ほぼ無理矢理連れてこられたのは私達の小学校だった。
到着したグラウンドでは軽快な音楽が流れ、子ども達の楽しそうに騒ぐ声と家族の熱の入った応援の声が響いている。
これこそが運動会だ。
実は私は運動会や文化祭といった学園行事には一度も参加したことがなかった。
だってみんなで協力して頑張りましょうだなんて――そんなの想像するだけでめんどくさい。
勿論うちも毎年参加している私以外を応援しに総出で応援に行くのが定番だ。
今年は紅が入学したから今まで不参加だった唯さんでさえ来たようで、一角に統一感のない目立つ応援集団が居座っていた。
どうやら今日が運動会だと知らなかったのは私だけらしい。
久しぶりの学校に混乱して右往左往しているうち、気付けば隣に笑顔で立っていた弟に腕を掴まれ引かれていく。
そんな我が道を行く弟に比べ力のない私は為す術もなかった。
「えっ ちょ いや なんで――」
「だーじょうぶだって!アイスおれと同じクラスだから一緒に勝とうな!」
「いやいやいや何が大丈夫だっていうの!?」
もう何年も通っていないのだからきっと誰も私のことなんて覚えてなんかいないだろう。
連れていかれたところでお互い困るのは目に見えているじゃないか。
クラスのテントに到着すると周りから困惑の雰囲気と囁きあう声が聞こえて泣きそうになるのを我慢しながら俯く。
「――ねえあれ誰?知ってる?」
「わたし知ってるよ、マカロンの兄弟でしょ」
「ああ!もしかしてあの不登校の――」
「最初同じクラスだったけどなんか怖い感じの子だったよ」
ほらやっぱり――ここに私の居場所なんてないのよ。
自業自得の部分もあるけど悪口なんて聞いてて楽いことなんかない。
早くこの場から離れたくて弟の手から逃れようと手元で精一杯暴れるも、より強く握って手を離してはくれなかった。
「これアイス、俺のねえちゃんなんだ!あんま笑わないから怖く見えるかもしんないけどすげー頭良くて!おれの宿題とかも見捨てず教えてくれんだ!あと料理もうまいし、それで それで――よろしくな!」
泣きそうな私とは正反対ないつも通りのあどけない笑顔で弟は私を紹介する。
その明るい声のなかにきっと私を馬鹿にされた悔しさをすべて丸めて覆い隠して――そんな声色だった。
これはきっといつも一緒にいる私達にしか分からないくらいの違いだろう。
勢いのいい弟からの紹介にクラスメイト達もしばらくきょとんとしていたが、すぐ我に返ったようで今まで接点のなかった子を中心にわらわらと私達を取り囲んできた。
料理って何作るのとか運動会頑張ろうなとか、まるで転校生にでもなったような気分だ。
まあ立ち位置はあながち間違ってはいないだろうけど。
「あ、おれこの後走るから!タルトも出るけど敵だからおれのこと応援しろよな!」
「あっ うん」
きっと私に言った言葉なのだろうけど、ほかのクラスメイト達からもたくさん声を掛けられている。
できるなら私だって、本当は
「――みんなと仲良くなりたい」
なんて誰とでも仲良くなれる素直なまっかが羨ましい。
照れくさいし癪だしで実は未だにこのことについて弟にお礼を言えずにいる。
だけど彼がいなかったらきっと私はいまだに仕事以外ずっと他者と関わらないように生活していただろう。
そう――あのときから弟は私にとってのヒーローになったのだ。




