61.旅に出ました
その数日後、国王陛下と大神官様から正式な指名をいただいて、私たちは黒竜の討伐へと出発することになった。
レイにはしばらく会いに行けない。そのことを伝えるため、私は保護院にやってきていた。
「ということで、しばらく来られないの。いい子にしててね」
「いい子に、って。子ども扱いだなぁ」
「ふふふ」
拗ねたように見えるレイがかわいくて、ついつい笑ってしまう。そんな私を見て、レイはさらに頬を膨らませた後、ぷはっと笑った。
「まぁ、セレスティアが元気になってよかったよ」
「う、うん」
あ、これは反撃を食らうパターンかな?
この前、レイは私とトラヴィスは恋人同士なのかと聞いてきたんだった。油断は禁物。私は表情をきりりと引き締め、座っていたブランコをこぎ出した。
なぜかレイもブランコを漕ぐ。私と競うように、ぐんぐんと。そのうちにレイが叫ぶ。
「あのねぇ! 言おうかどうか迷ってたんだけどぉ~」
「なぁに!」
「僕、大神官様に親代わりになってもらえるかもしれないみたい~!」
え。びっくりしすぎて、私は足を地面に着く。ずざざざざざっと変な音がしてブランコが止まり、おしりが椅子から落ちた。
「どういうこと……?」
レイのブランコは止まらない。
「ヒューズ家のお父様が僕のことを渡したくないって言いだしたみたいでぇ~! 対抗できる強力な保護者が必要ですね~ってなって~! それで、大神官様が名乗り出てくださったって聞いたぁ~!」
そっか。
レイの話を聞くと、極めて順当な話だった。保護院に預けられた子どもたちの行き先はあらゆる面を考慮して判断される。新たに保護者になろうとするのが私みたいな小娘では、貴族には対抗できない。
まぁ……それは本当に当たり前のことなのだけれど。
「でも、そんな大事なこと、どうしてもっと早く話してくれなかったの!?」
「だってぇ~、セレスティアは僕が大神官様のほうをとったらちょっと拗ねるでしょぉ~?」
「……そんなこと……!」
今度、頬を膨らませるのは私の番だった。確かに、あってる。あってるよ、レイ。
でも、レイが幸せになってくれるならそれでいい。大きなお屋敷に住んでいるのに寒さに震える冬も、自分にだけ何も知らされない心細さも、具のないスープも家族からの疎外感も。あなたの中で過ぎたことになってくれるなら。
私の場合、そこから抜け出してこんな性格になるまでループ5回分かかってしまったけど。レイと大神官様ならきっとすぐのはずだから。
ちょっとだけ目が潤んだのをレイに笑われて、激励されて、私は保護院を後にした。
レイがヒューズ家との繋がりを絶てる日はすぐに来る、そう思いながら。
黒竜が住むアルシュ山はルーティニア王国をぐるりと囲む山脈の奥の奥にある。
途中までは鉄道で行けるけれど、その先は馬車での移動になる。そして当然、山脈のふもとに着いたら徒歩。つまり、必然的にこういうことになる。
「あーもう足が痛いのよ! アタシこういうの向いてないって言ってるじゃないの! なんで黒竜討伐に付いていかなきゃいけないのよ!?」
喚き散らすバージルに、私は口を尖らせる。
「だったら、神殿で待っていてもいいのにどうして一緒に来」
「いやよ! アンタが心配だもの!」
「……旅先で簡単にできるヘアアレンジやお化粧はバージルに教わったし聖女用のダサくない服も三枚持ってきたから大丈夫で」
「違うわよ! また無茶をするんじゃないかって心配なのよ!」
「……」
バージルは好きなだけ喚くとずんずんと先に行ってしまった。……いい人。
私が人生をループ中だということはトラヴィス以外知らない。理由は単純明快。私が好きな人に殺されてきたことが濃厚で、しかもその犯人の一人にエイドリアンが入っているから。
ちなみに、4回目のループではエイドリアンに投げ捨てられて死んだと話したとき、トラヴィスはとても微妙そうな顔をしていた。私だって、彼が異母妹に傾倒していたのを見抜けなかった自分が信じられません。
今回黒竜の討伐に向かうメンバーは、王国騎士団の精鋭と勇者リク・聖女アオイに加えて、私とトラヴィス、バージル、シンディー、エイドリアン、ノア。
表向きは、黒竜の住処についたら勇者リクの力に任せることになっている。本当は、隙を見てリルと一緒に対話に持ち込もうと思ってはいるけれどね。
山道をざくざくと歩いていると、アオイに話しかけられた。
「セレスティア様って本当に神官方に愛されているんですねぇ」
「愛されている……」
って言っていいのかなこれは?
神殿でお料理教室を開いて異世界生活を満喫しているように見えるアオイだけれど、それはカラ元気なようで。早く元の世界に帰りたくて泣いているのを私は知っている。
だから、2回目の人生では私を泥棒猫扱いしたアオイでも、どうしても嫌いになれない。計算高いのは知っているけれど、普通に仲良くしていた。
「あーあ! うらやましい! 私も誰かに深く愛されたいなぁ」
「アオイ様もたくさんの方に人気がありますよね?」
「ぇえ~そんな! ただ、異世界から来た存在が珍しいだけです!」
アオイの甲高い声に、周囲が耳をそばだてている気配を感じる。
実際、勇者リクはアオイにデレデレしているし、王国騎士団のメンバーの中にもアオイを気にかけている騎士が多い。休憩の度に違う騎士が誘いに来るものだから、リクは不機嫌になり隊の雰囲気はわりとギスギスしている。
サークルクラッシャー、の意味がちょっとわかってきた気がする。
ちなみに、私の隣にはトラヴィスがぴったりとくっついているのでリクが粉をかけてくることもない。私にとっては、今回の旅は快適だった。
一方、先日私に敵対心全開で話しかけてきたノアは、トラヴィスに対してはにこやかに接していた。
「トラヴィス様、お疲れではないですか。昨夜の宿は相部屋でしたから」
「問題ないよ。誰かの気配がある方が眠れるぐらいだ」
「それはよかったです。何かお困りのことがあったら僕にお申し付けください」
「ありがとう。でも、同じ神官同士でそれはないよ」
アオイとは反対側で繰り広げられる会話が何だか不自然に思えて、私は眉を顰めた。
だって、ノアは普段は神殿にはいなくて、王宮で王妃陛下付きの神官をしている。王妃陛下と言えば、トラヴィスの敵……ではないけれど、あまり良くない関係の人だ。サシェでのトラヴィスの活躍が隠されたのもきっと王妃陛下を刺激しないためだった。
トラヴィスが王宮ではなく神殿で暮らしているのは、年の離れた兄が国王だから。国王陛下の長男――王太子殿下、は今15歳。トラヴィスにそのつもりがなくても、王妃陛下はその存在を脅威に感じているのだろう。
『セレスティア、かんがえごと?』
「ううん、なんでもないの」
『そっかぁ』
「リルはわくわくしているみたいね?」
『うん。ひさしぶりに友だちにあえるからね』
黒竜とはそんなに仲が良かったんだ。
しっぽをぶんぶん振って私の肩からぴょんと飛び降りたリルに、くすくすと笑う。
なんだかんだ言って、山道は自然にあふれていて嫌いじゃない。旅は、とても順調に思えた。





