39.近況報告とはじまり
前半はゆるいですが後半まじめです。
シャンデリアの落下と同時に自分がループを重ねていることを思い出し、啓示の儀で聖女5回分の力を持っていることを知ってしまってからもうすぐ一年が経つ。
スコールズ子爵家の別棟で一人、かたいパンとスープを啜っていた頃が懐かしい。まぁ、ループ中だということを思い出してからは記憶から薄れてしまったけれど。
ということで、最近、賑やかになりつつある私の周りを紹介したいと思います。
今日の朝食メンバーは、左にはトラヴィス、右にはシンディー、向かいにはバージル、その隣にはエイドリアン。そして真ん中に私。忙しいはずの神官が勢ぞろいです。
クリスティーナをはじめとした巫女の集団はまた私に関する妙な噂を広めているようで。もう気にすることはないけれど、人ってどこまで行っても変わらないんだなぁと思います。
「そういえば、セレスティアってトキア皇国の料理が好きだよね?」
「そ、そうでしょうか」
「だって、グルナサンド……ベリーソースとチキンのサンドイッチをよく食べているだろう?」
「たっ……ただ、おいしいなぁって」
トラヴィスからの指摘に、私は手もとのサンドイッチを口の中に押し込みます。なお、偶然にも中身はベリーソースとチキンでした。
グルナサンドと呼ばれるトキア皇国の郷土料理を、このルーティニア王国から一歩も出たことがない私が好んでいるのは確かに変な話で。でも、一度目の人生で好きになってしまったのだから仕方がないと思います。
ちなみに、グルナサンドは神殿の食堂の朝食メニューとしてレギュラー化しつつあります。お茶の時間にはミュコス産のレモンをたっぷり使ったレモンティーも出て、大変な人気を博しています。食堂の柔軟な対応に感謝しつつ、毎日を過ごしています。
「そういえばそうよねえ。でもいいのよ。ベリーソースはお肌にいいしアンチエイジングに効果があるんだから……ってアンタにはいらないわね! それよりも肉食べなさい肉! ガリッガリの身体じゃドレスが映えないのよもったいないわ! 王宮の夜会に呼ばれたときに肩回りを出せないドレスを選ぶなんて嫌だからね!? せっかくこんなにお肌がぷるぷるなのに人に見せないなんてどうかしてるのよ!」
「バージルさん、私そんなイベントに呼ばれていません」
「そのうち呼ばれるでしょう! 規格外の聖女なんだから」
呼ばれたくないです。
「はい」
なけなしの理性で不遜な言葉を呑み込んだ後、トラヴィスから差し出されたスプーンに私は目を見張ります。
たまご色のおいしそうなプリンと少しの生クリーム、ラズベリー。
え、これを食べるの? ていうか、朝食でこのメニューって何? 視線で聞くと、トラヴィスはものすごくさわやかな笑顔をくれます。
「大丈夫、スプーンは新しくてきれいだから気にしないで?」
違うそうじゃない。
バージルがにやにやとこちらを見ている気配がしたので、やけになった私はそのままスプーンをぱくりと口に入れました。
甘い……はずなのに味がしません。だって、トラヴィスがこのプリンなみに甘い微笑みを返してくるのだから。当たり前だと思います。
「おいしい?」
「……味がしません」
「そう? おかしいなあ」
『セレスティア、かおがあかいよ?』
リルは黙っていてほしいです。
ここのところの私は、前にもまして好意を示してくる彼に面食らっています。でも、私に応えてほしいというエゴのようなものは感じられなくて。ただ傍にいたいだけに思えるのがまたきついところで。
優しくて頼れておまけに顔もいい。こんな人からの好意をはね返す方法があったら、教えてほしいです。
「セレスティア様、どうぞ」
「あ、ありがとうございます」
そうしているうちに、エイドリアンがナプキンを差し出してくれました。口の端に生クリームがついてしまったみたいです。
エイドリアンにはすっかり懐かれてしまいました。彼は、実は私よりも5歳も年上で。それなのに逐一私の動向を気遣って何かと助けてくれる姿は、リルよりも犬のように見えてしまうことがあります。あ、リルはフェンリルだけれど。
4回目のループのときはもっと大人っぽい人だと思っていたのに、ギャップにびっくりします。クリスティーナに騙されて、私をバルコニーからぽいっと投げたのにもなんだか納得してしまいました。
「セレスティア様。今日は癒しの聖女様方の研修に参加することになっていると伺いました。会場まで私がご案内しましょう」
「シンディーさん、ありがとうございます」
こんな私たちをいつもニコニコと見守っていてくれるのがシンディーで。バージルの私の外見に関する評価が厳しすぎるときなんかは、裏で一言言ってくれているみたいです。もう好き。あ、好きになってはいけない。
私の近況はこんなところです。おしまい。
「聖女・セレスティア様」
最近、異母妹のクリスティーナとは別行動をしているらしい巫女のアンナに呼ばれて、私は振り返った。
「おはようございます。何かありましたか?」
「至急、聖堂に来るようにと大神官様がお呼びです」
この時期、このタイミング、この緊迫感。
あ、この場面知ってる。
そう思った私は、慌てて呆けていた頭を切り替えると、聖堂へと向かったのだった。
◇
「セレスティア。こっちじゃ」
聖堂にはすでに私以外の聖女が何人か先着していた。その真ん中、祭壇の前で倒れているのはもう一人の『先見の聖女』であるクラリッサ。
心配そうにして彼女を介抱するペアの神官と、深刻な表情の大神官様、回復魔法を試みる『癒しの聖女』。
「大神官様。クラリッサ様は……」
「未来予知をするのに力を使いすぎたようじゃ。まだ本人から何を見たのか聞けていないのじゃが、大きな予知をした可能性がある」
ぴんときた。きっと、彼女は彗星を見たのだ。
――この日から三日後に、王都から離れた辺境の町に彗星が落ちる。
一度目のとき、私は『先見の聖女』の力を使い町が一瞬にして消えるのを見た。そのときはなぜそうなるのかはわからなかったけれど、とにかく住人を避難させ、大事には至らなかった。
二度目から四度目のとき、ルーティニア王国には『先見の聖女』はクラリッサひとりきり。彼女から『星が切り離されるのを見ました』という予言があって。
私はそれが辺境の町ではないかと進言したけれど、当然信じてもらえるはずはなく。けれど、学者たちが必死になって場所を突き止め、避難は間一髪のところで間に合った。
「先見の聖女として長年務めるクラリッサが気を失うほどの未来じゃ。きっと、余程のものに違いない。彼女には無理をさせるが、回復魔法を施して一刻も早く何を見たのかが知りたいんじゃ。手伝ってくれるかのう」
どうやら、私が呼ばれたのはクラリッサを回復させて目を覚まさせるためのようだ。周囲を見回すと、ここに集まっているのは『癒しの聖女』ばかり。
けれど、どうしてもそれが最善策とは思えなかった私は口を開いた。
「あの。私もここで未来を見てみてもいいでしょうか」





