37.4回目のループで私を殺した人
4回目のループ。それは、それまでの繰り返しの中で最も平和な始まりだった気がする。
お父様が強盗に襲われて死ぬことはなく、マーティン様に婚約破棄をされることもなく。思えば、婚約破棄だけはこちらからしておけばよかったかな。
啓示の儀で『豊穣の聖女』の力を持つと言われた私は、すぐに神殿に入ることになった。異母妹のせいで支度金泥棒とか騒がれたけれど、もういつもの流れなので触れない。
その先で出会ったのが神官・エイドリアンだった。
頭の回転が速く非常に理知的な神官として知られていた彼は、その時点で『豊穣の聖女』の先輩がいない私の勉強相手として最適だと思われたのだと思う。
彼はクリスティーナが広めている噂のことを知ってはいたけれど、割と早い段階で味方になってくれた。そして頼る相手がいなかった私は、親身になって接してくれるエイドリアンのことを「一度目の人生で会ったトラヴィスみたい」と思った。
私たちは割とうまく行っていて。3年が経ち18歳になったある日、王宮で舞踏会があった。そこで私は彼にバルコニーから突き落とされ、死んだ。
「……いや、なんで?」
自室で回想していた私はパッと顔を上げる。意味がわからなすぎた。
「どう考えてもおかしいと思う。普通、相棒をいきなりバルコニーから突き落とす……っていうか、投げ捨てられたのかなあれは? こう、ぽいっ、て」
『へんだねえ。でも、セレスティアはあまりひとをみるめがないんだねえ』
「……」
リルこそ、と言おうと思ったけれど、クリスティーナにはお腹を見せていなかったことを思い出した。うん。私より人を見る目は優秀かもしれない、反論はできない。
『ねえ、ループ、ってなあに?』
「私は人生をくり返していてこれが5回目、ってこと。でも大体、好き……まで行かなくても、好意を抱いた相手に殺されている気がするの」
『じゃあ、エイドリアンのこともすきだったの?』
「まあ、15歳で組んでから18歳で殺されるまで一緒にいたわけだし……」
『ねえ、もっとくわしくおしえてよ』
「ええ」
回想が少し雑過ぎたので補足しようと思う。
バルコニーから落とされる数分前、私は舞踏会の会場でマーティン様から婚約破棄を告げられた。ループの中で、婚約期間最長だった。ただ面倒だから放置していただけなのだけれど。
4回目のループともなると、私のメンタルはわりと鍛えられていた。
マーティン様の背後でクリスティーナがにやりと笑うのを見た私はキレた。言いたいことを言って、ずんずんと退場してやった。
それから、頭を冷やすためにバルコニーへと向かった。それを追いかけてきたエイドリアンの表情はいつもと違っていた。そしてひどく冷たい目をした彼は言ったのだ。
“君がクリスティーナ嬢に危害を加えないよう、ずっと見張っていた”――と。
そして、彼はポケットから蝶の刺繍が入ったハンカチを取り出した。それはかつて、クリスティーナに頼まれて私が刺したもので。
それを愛おしそうに見つめながら、エイドリアンは
「クリスティーナ嬢がこの神殿に通うようになって半年ほどした頃に貰った宝物だ。賢さしか褒められたことのない自分に優しい言葉をかけ、心配してくれたのは彼女が初めてだった」
と呟いた。
その後、彼はバルコニーから私を放り投げるという暴挙に出た。おしまい。
「なんというか……エイドリアンはクリスティーナのような手練れにかかったら、一瞬で落ちてしまうと思う」
さっき、図書館で見た光景が蘇る。楽しそうに顔を寄せ合う二人。面倒なことにならなければいいなと思ってしまう。
『だいじょうぶだよ? セレスティアはぼくをよびだせるぐらいつよいせいじょなんだから』
一通り話を聞いて納得したらしいリルは真ん丸のうるうるした瞳でこちらを見つめてくる。うれしくて、顔の周りを撫でるとゴロゴロと言った気がした。かわいい。猫かな。あ、犬だった。
『フェンリルだよ、ぼく』
「あ、ごめん、声に出てた」
『でもほんとうに、ぼくはいつだってほんらいのすがたにもどれるからね。いくらしんかんでも、ひとひねり。あるじがこまっていたら、ぼくがかわりにやる』
……ひとひねり? やる? なんだか物騒な話になってきたので、そろそろこの会話を切り上げようと思う。
でも、リルのおかげでエイドリアンへの怖いという感情は少し薄まった気がする。思い返してみると、人からの愛情に飢えた不器用な人だったのかもしれない。
「ありがとう、リル」
『たよりにしてね』
リルはふかふかのしっぽをぶんぶん振ってくれた。
その後、夕食を食べようと訪れた食堂でガシャンと音がした。
音のした方を見るとエイドリアンがいた。なるべく関わらないようにしよう、と思ったけれど彼の足から血が出ていることに気がついて、私は彼のもとに向かう。
「どうかなさいましたか?」
「……セレスティア様。割れた食器をうっかり踏んで、足に刺さってしまいまして」
どうやったらそんなことになるの。靴を履いているのに。
そういえば、頭は切れるし知識は豊かだったけれどこういう人だった。
思わず苦笑してしまった私は彼の足に手をかざす。足に怪我をしているのだ。すぐに治るのにこしたことはないだろう。
「な、何を」
「エイドリアンさんもご存じの通り、私には回復魔法が使えますから」
「私ごときに聖女様の魔法をお使いいただくわけにはまいりません」
神官たちは皆こういうことを言う。すんなり回復魔法をかけさせてくれるのは、顔に怪我をしたバージルぐらいな気がする。食い下がってもきっと無駄だ。
「……ではこれで止血を」
私は一枚のハンカチを取り出した。白地に、端には蝶の刺繍が入っているものだった。
「こんな綺麗なもので血をふくわけには」
「たくさんありますから問題ありませんわ」
にっこりと笑って見せると、エイドリアンの頬には少しだけ赤みが差した。
「大切に……使わせていただきます」
「大したものでは」
私は軽く頭を下げると自分のテーブルへと戻った。
そういえば。
4回目のループでクリスティーナへの歪んだ愛を告白したあと、エイドリアンはポケットから刺繍入りのハンカチを取り出して見せてくれた。それにも蝶の刺繍がしてあった気がする。
クリスティーナはまだ彼にハンカチをプレゼントしていないのだろうか。でも、今回のループで私はもう彼女の嘘に協力していない。彼女は刺繍が苦手だからほかのものをあげるのかも。
些細な引っ掛かりをやり過ごしたのだけれど。
翌朝、大神官様に呼び出された私は、エイドリアンが相棒に立候補したことを知った。その背後には、すっごく不満そうなトラヴィス。
……いや、どうしてこうなった。





