33.『癒しの聖女』と魔石ブレスレット②
「気分が悪くはないですか」
「大丈夫ですわ、シンディー様」
少し離れた場所で、シンディーがアリーナの手を握り体調を確認している。少し時間がかかるものらしく、私たちは窓辺に座ってお茶をいただいていた。
このミュコスの町で採れるレモンを使ったレモンティー。冬でもアイスで飲むのがミュコス流よ、と言ってバージルが淹れてくれた。
グラスにたくさんの氷と輪切りにしたたっぷりのレモン・氷砂糖をいれ、そこに濃いめの紅茶をあわせる。爽やかなレモンの酸味の中に氷砂糖の甘さが溶けていく。とてもおいしくって、私はお代わりをお願いしてしまった。
「アンタ……よく飲むわね?」
「す、すみません! おいしくて……」
「もっと飲んだら? 淹れてあげるよ」
「と、トラヴィス! 置いてください、自分でやりますから!」
トラヴィスがニコニコしながらレモンティーの入ったピッチャーを持ち上げたので、私は慌ててそれを取り上げた。すっかり忘れているけれど、彼は私を殺す可能性があるだけでなく王族なのだ。『殺す』にインパクトがありすぎた。
「そう?」とつまらなそうにするトラヴィスをバージルがにやにやと眺めている。初対面のときはトラヴィスを見るな、と叱ってきたというのに。大神官様といい、バージルといい、一体何なの。
『す、すっぱい』
「あ、リル、ごめんね。こっちを舐めて」
と思えば、神獣のリルは余ったレモンを舐めて泣きそうになっていたので氷砂糖を手渡した。かわいそうだけど、かわいい。
「アリーナはね、魔力が強いのよ。身体が弱くなければ魔物を退治する騎士にだってなれていたはずなんだから!」
「だから魔石の加工ができるのですね」
「そうよ! デザインのセンスもすごいけどね」
得意げなバージルに思わず笑ってしまう。アリーナは本当に自慢の妹さんなんだろうな。お茶を飲んでまったりしていた私たちのところに、シンディーが顔を出した。
「体調の確認、終わりました。問題なさそうです」
「ありがとう。じゃあ、始めましょうか!」
「……私は別の部屋で休んできます」
魔石の加工はこれからなのに、シンディーは作業場を出て行ってしまった。どうしたのだろう。
「ちょっと! シンディー? ……あら、神力の使いすぎかしらねえ」
「あの、私様子を、」
「大丈夫。そっとしておいた方がいい」
立ち上がってシンディーを追おうとしたら、トラヴィスに手を引っ張られてしまった。バランスを崩した私はそのまま椅子にぽすんと座り直す形になる。
「……神力の使いすぎでお疲れだったら歩くのを手伝わなくては」
「そういう感じじゃなさそうだった。大丈夫」
「……」
聖女と神官では、力の出所が違う。私には神官のことがよくわからないから、トラヴィスに言われるとそうなのかな、という気になる。けれど。
私はあの顔を知っている。2回目のループ、異世界から召喚された勇者一行に加わって黒竜退治に向かっていたとき、シンディーはたまにあんな表情をしていた。
いつもクールな彼女が稀に見せる、温度を感じさせる顔があれなのだ。どうしたのだろう、と思っていたけれど、私たちの関係ではその問いは許されなかった。
ああ。バージルと仲良くなれたみたいに、シンディーとも友人になれたらいいのにな。
その後行われたアリーナによる魔石の加工は本当に素晴らしいもので。
魔力で特殊な処理をした魔石を、あらかじめ作っておいたブレスレットのフレームにはめていくのだ。
加工作業中、アリーナの額に汗が滲むことはあったけれど、回復魔法が必要になるようなことはなかった。けれど、彼女は不思議なことを言っていた。
『このブレスレットは、使用者の力を最大限に発揮してくれるものです。ただ、魔石の組み合わせや加工方法から言って……本当に強い効果を発揮するのは使用者が本当に困った時です。めったに発現しない分、そのときは特に強い力を使えます。よく覚えていてくださいね』
ブレスレットは数時間でできあがり、私は憧れの魔石アクセサリーを手にした。
ところで、王都よりもずっと暖かいこの町では一年中レモンが生っている。
「……だっ! また落ちちゃった……」
『ぼくがひろっておくからだいじょうぶだよ』
「リル、ありがとう」
私の手をレモンがごろんごろんと滑り落ちていく。ああ、これで何個めだろう。
バージルから「庭のレモンをお土産に持っていっていいわよ」と許可をもらった私は、リルと一緒に庭に下りレモンの木と格闘していた。
もちろん、お土産はスコールズ子爵家にではない。神殿の食堂に、である。あのレモンティーをなんとしてでも日常的に飲みたい。おいしいレモンがあれば私にも作れる気がする。
レモンの表面はつるつるとしていて、木の上にいて不安定な状態ではうまく掴むのが難しい。私は、もうひとつ大きなレモンをがっしりと掴む。よし、きっとこれなら。
……あれ? レモンの木の隙間にブロンドヘアが見えた。ウエーブのロングではない、サラサラのショート。
「シンディー……さん?」
声をかけると、シンディーは驚いたように顔を上げる。
「聖女・セレスティア様。そんなところで一体何をしておいでですか」
「……お土産にレモンを採ろうと思って」
「トラヴィス殿下はどうしたのです」
「ええ、トラヴィスには内緒で梯子に登っています。ですので言わないでください」
気まずくて愛想笑いを浮かべると、シンディーははぁとため息をついた。
「……危険です。下りるのを手伝います」
「……すみません……」
なんか、ごめんなさい。
シンディーに梯子を抑えてもらい、レモンの木を下りた。それを見つめるリルの周囲にはレモンが6個。これだけあればまぁ十分かな。
……と気がついた。シンディーの目が赤いことに。
「お疲れでしょうか? 私にも回復魔法が使えます。もしよろしければ」
手を差し出すと、シンディーは目を見開く。
「……聖女様の魔力で神官を治癒するなんて、なんてことを。そんな大それたことできません」
「ですが……能力鑑定の場にはシンディーさんもいらっしゃいましたよね。私には普通の聖女の5倍、聖属性の魔力があるようですので。せっかくこんなにたくさん魔力があっても使わなければ意味がないのです」
「大丈夫です。その前に、別に私は疲れているわけではありませんから」
「……」
突き放すような言い方に、そっか、と思う。シンディーはこれ以上人に踏み込まれたくないのだ。誰にだってそういう一線はある。
諦めよう、と思ったとき。がくん、とシンディーの膝から力が抜けた。
 





