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【書籍化】ループ中の虐げられ令嬢だった私、今世は最強聖女なうえに溺愛モードみたいです(WEB版)  作者: 一分咲
本編

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29.未来を見ようとしたのにフェンリルが来ました

 私の目の前には、真っ白くて大きなふわふわのたぶんフェンリルな神の使いが一頭。


「……どういうこと」


 呟くと、しっぽを振ってくれた。かわいい。しかも笑ってるなにこれ愛しい。……違うそうじゃない。


 困惑していると、フェンリルはもこもこの身体をぐるんとひっくり返して、お腹まで見せてくれた。こんなにあっさり人間に服従する姿勢が心配だ。エイムズ伯爵家のライムちゃんを少し見習ってほしい。


 けれど改めてどうして、こんなことに。


 さっきまでの私は、ドキドキしたりいらいらしたりしながら物思いにふけっていたはずなのに。


 とりあえず、今朝からの出来事を振り返ろうと思う。



「手紙だわ……」


 エイムズ伯爵家のお茶会に参加した翌朝。寮の部屋のポストに届いていた魔法郵便に、私は顔を顰める。


 差出人はお父様。きっと、昨日のことを継母と異母妹に言いつけられて送ってきたのだろう。私への謝罪なら受けようと思う。けれど直感的に違うと思った。


 なんだか封を開ける気になれなくて、そのまま机の上に放置する。



 聖女用のドレスに着替えた私は神殿に向かった。


 ここの朝は早い。陽が昇るのと同時に、神殿じゅうの掃除が始まるのだ。


「おはようございます。窓拭きをご一緒してもよろしいでしょうか」

「! せ、聖女様、おはようございます。掃除は私たちの仕事ですので」


 別棟の窓を拭いていた数人の巫女に声をかけると、断られてしまった。新鮮な反応に私は目を丸くする。


 この神殿には聖女が8人。神殿の掃除はそれをサポートする巫女たちの仕事だ。


 もしこれまでのループでこんな申し出をしたら、絶対にすべての窓拭きを押し付けられていた。……ううん、というか手伝いを申し出なくても押し付けられていた。掃除は嫌いではないけれど、一人で窓を延々と拭き続けるのはつらかった。


 けれど、今朝の私は何としてでも掃除をしたい気分で残念な気持ちになる。もやもやしているときには、一心不乱に何かを磨くのが一番だと思う。


 ……昨夜は全然眠れなかった。


 目を瞑るたびに、どこかから必殺のセリフ「一方的に想うだけならいいだろう。君は好きにならなければいい」が聞こえてくる気がするのだ。


 あんなに恥ずかしい言葉、顔色一つ変えずにさらりと伝えてくるのは反則だと思う。けれどこれでわかった。トラヴィスには特に注意して接しないといけない。


 というか、もし私が彼のことを好きになってしまったら、私はトラヴィスに殺されることになるのだろうか。……つらい。もしループしたとしても心に相当大きい傷を負う気がする。


 とぼとぼと神殿の敷地内を歩いていた私は、祈りに使われる聖堂の前で立ち止まった。扉が開いている。


 もう既に誰かが掃除をした後のようだったけれど、ここの掃除は窓・壁と床で一日おきにローテーションすることを私は知っている。床がピカピカに濡れて光っているので、窓はまだ磨いていないはずだ。


「窓を磨かせてもらおう……」


 雑巾を手に忍び込む。


 この聖堂は『先見の聖女』『豊穣の聖女』が使うことが多い。未来を見たり、何かを召喚したり。聖堂内に足を踏み入れると、急にいろいろなことを思い出した。


 そういえば、一度目の人生はここで彗星の到来を見たんだっけ。何日もここに籠って祈って、やっと見られた未来だった。


 聖堂には『はじまりの聖女』の絵が飾られている。宝石のように輝く小さな石を無数に並べて表現された絵。そこにいるはじまりの聖女様は、偶然にも私と同じライラック色のドレスを着て、大きなフェンリルを従えていた。


 祭壇の前に立つ。高くて丸い天井を彩るステンドグラス。朝日がそこから差し込んで、真っ白な床も鮮やかに色づいて見える。懐かしい場所を見つめていると急に閃いた。


「あ。というか、これ私の未来も見られるんじゃない……?」


 ――未来は選択肢によっていくらでも変わる。くり返したループでもちろんそのことは知っている。


 未来を見るのにはたくさんの魔力を消費するし、精度も高くない。けれど昨日ライムちゃんを探したときの感触を思い返すと、5回目の私にはそう難しいことではないような気がした。


「少しやってみようかな」


 単純に興味があった。ループ5回目の聖女が大仕事のはずの未来予知をどれぐらいの負担で行えるのか。現時点での自分がどんな結末を迎えるのか。

 

 そうと決めたら雑巾を置いて祭壇の前に跪き、手を組んで目を閉じる。


 従来なら、この姿勢のまま何日も祈り続ける。ちなみに本当の仕事のときも祈りっぱなしというわけではない。魔力が尽きないように適宜食事ぐらいはとれるから安心してほしい。


 心を『セレスティア・シンシア・スコールズ』に集中し、聖属性の魔力を流す。まぶたを閉じた向こうの世界にざあざあとノイズが入りはじめた。


 本来なら、この姿勢で何日も祈ると何らかの映像が見えてくるはずだった。


 失敗したときでさえ全然関係ない未来が見えた。翌日の食堂のスペシャルメニューとか、一週間後の朝礼で大神官様がお話しになるネタとか、本当にどうでもいいものが。


 けれどいまは何も見えない。時間こそ数分だけれど、魔力はそれに匹敵するほど流しているはずだった。それなのに暗闇すらもなくて、ずっと砂嵐が続いている。


 ……何これ? 困惑していると眩暈に襲われた。急激に聖属性の魔力が消費されていっているらしい。


 ううん。消費されている、というよりは何かに奪われているような。怖くなってきて、祈りを止めようかと思った。でも、初めての感覚。私から魔力を奪っているものの正体を知りたい。


「……!」


 そう思った瞬間に、私の意識は途切れた。





 ふわふわの何かが、私の頬に触れている。


 柔らかくて温かくて気持ちがいい。


 目を開けると、丸い天井にステンドグラス。そっか、私は魔力が切れて気を失っていたらしい。どれぐらいの時間が経っているのだろう。


 体を起こそうとすると、頭の中に声が響く。


『……おきた?』


「え」


 なにこれ。私の目の前にいるのは、大きな白い……犬?


 絵画の中の、はじまりの聖女様が連れているフェンリルそっくりの、……ううん、いやこれは確実にフェンリル、だった。


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