27.『先見の聖女』とお茶会⑥
私の肩を掴んだのは、お茶会の間じゅうずっと私に妙な視線を送り続けてくれたマーティン様だった。「手紙への返事を」と言っている。どうやら、あれはお返事が必要なゴミだったらしい。
「私たちの婚約は無事に破棄されましたわ。お望み通り、クリスティーナとご結婚なさってください」
「僕は納得したとは言っていない! 大体にして、クリスティーナがあんなに嘘つきだとは思わなかった」
「それは私ではなくクリスティーナにお願いします」
「待ってくれ。君が許してくれないと、僕は家を継げないんだ」
それがわかっているのになぜ私を裏切ったのだろうか。
私のことなんて、その気になればいつでも側に置けると思っていたのだろう。だから、私に婚約破棄を告げられた今世は縋ってくる。
一度目の人生で私を階段から突き落とすマーティン様とクリスティーナの姿がリフレインする。執拗に私を追及する声と、傲慢なマーティン様の表情に異母妹の歪んだ笑顔。
赤い絨毯、心許ない手足の中でふわりと浮く悪夢のような感覚。ああ、何だかぐるぐるして気持ちが悪い。
「放してもらえるかな」
気がつくと私の肩からマーティン様の手が退かされていた。いつの間にかトラヴィスがマーティン様の背後に回り、私の肩にかけられていた手をねじり上げている。
「い……いたいいたいいてててててて!!!」
「……」
情けない悲鳴をあげているマーティン様を見つめるトラヴィスは無言だった。神官としての彼なら『聖女様に触れることは許さない』ぐらいは言いそうなものなのに。
というか、まずい。マーティン様が泣きそうだ。このままでは肩が外れるのではないだろうか。
「トラヴィス。もうその辺で」
「よくない」
「肩が外れてしまいます」
「多少は致し方ないと思うけど」
ああああ完全に怒ってしまっている。
「私、この人のために癒しの力を使いたくはありません。だからどうか」
「……」
そこまで言うと、トラヴィスはマーティン様をぽいと地面に投げ捨ててくれた。よかった。私に跪いてまで謝罪を下さったエイムズ伯爵夫人の顔を立てるためにも、事を荒立ててはいけない。
「!」
安心したら急にふらっときて、よろけてしまった。トラヴィスは、慌てて私のことを支えてくれる。
「大丈夫? やはりいくら規格外の力を持つ聖女といっても、設備の整っていないところで力を使うのは」
「いいえ、違います。聖女の力を使いすぎたからではないのです」
「ではどうして」
「……実は、緊張しすぎて疲れました」
白状すると、トラヴィスは一瞬目を見開いてから柔らかく笑った。
「そっか」
このお茶会の会場に来てから初めて見た、よそ行きではない笑い方。ものすごくほっとする。そう思った途端に私の身体は宙に浮いた。
「何を……」
「歩くのも大変だろう? 馬車まで連れて行く」
私はトラヴィスに抱き上げられていた。これはいわゆるお姫様抱っこと呼ばれる体勢で、神官の力を持つ彼には私なんてどうってことないようだ。手足をばたつかせてみたけれど、びくともしない。
「は、恥ずかしいです。下ろしてください! 歩けますから!」
「いやいい。このまま連れて行くから」
「いやいい、って! それを決めるのは私なのですけど!」
それ以上彼は答えてくれなくて、至近距離にある瑠璃色の瞳にドキドキしてしまう。というか、力強く私のことを抱き上げているはずなのに、手が優しい。大切に扱ってくれているのがわかって、とにかく叫びたくなった。
どう考えても必要ではないお姫様抱っこで私を馬車へと運びながら、トラヴィスは囁くように呟いた。
「……つらい思いをさせてごめん」
抱きあげられ、トラヴィスの心臓に一番近い場所。ここから見えるのは、自信や余裕とは程遠い傷ついているような顔。
今日はいろいろなことがあった。継母と異母妹を『ぎゃふん』と言わせた後、聖女の力を使って精霊を見つけ出した。エイムズ伯爵夫人からの謝罪を受けてマーティン様の肩が外れそうになるのも見た。
どれも自分の尊厳を取り戻すためにしたことだけれど、トラヴィスは助けに入れなくて心苦しかったのかもしれない。
……いや、ライムちゃんの暴言にお腹を抱えて笑っていたっけ。気のせいかなやっぱり。
「オイ! おまえまた遊びに来いよ!」
とにかく、私はライムちゃんの罵声とざわざわするギャラリーに見送られながら、王弟殿下のお姫様抱っこでエイムズ伯爵邸を後にしたのだった。
神殿に到着し、馬車を下ろしてもらった私はトラヴィスに深々と頭を下げる。
「今日はありがとうございました」
「いや。俺も楽しかったよ」
「では、失礼します。また明日神殿で」
「……セレスティア」
くるりと背を向けた瞬間に声をかけられて、私はもう一度彼のほうを見た。
「……何か?」
「どうしてセレスティアは人を好きにならないと決めているの?」
「え」
予想していなかった問いに、私は言葉に詰まる。
「初めて会ったとき、人を好きになったら消えていなくなると言っていたよね。何度考えても、意味がわからないんだ」
「……誰かを好きになるイコール私の死、なのです」
「それは何なの?」
何なのと言われても困る。正直にループしていることを話す……? ううん、普通はそんなの一笑に付しておしまいだ。けれど、トラヴィスなら私のことを手放しで信じてくれる気がしてしまう。
何と説明しようか考えていると、トラヴィスがあっさりと言った。
「俺が一方的に想うだけならいいだろう」
「はあ」
考え中なので、適当に相槌を打つ。
「俺が一方的に想うだけならいいだろう。君は好きにならなければいい」
「はあ」
……ん? 今、なんて?
「三回も言わせないでほしいんだけど」
「……!?」
まって。まってまってまってまって。
何が起こったのかわからなくて驚愕する私に、親切にも彼は三回目を言ってのけた。
「セレスティアが誰も愛さないのはわかったよ。でも、俺が一方的に想うだけならいいだろう。君が俺のことを好きにさえならなければ済む話」
「……な、な、な……!!!」
この瞬間に『無理です!』と叫びたくなった私は、もうすでに危ないのかもしれない。
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