21.異母妹からの誘い
「トラヴィスは大勢の前に出たくないということでしたが、食堂に行っても大丈夫なのですか」
「ああ。この時間はまだ人が少ないしね」
そっか、と納得する。
平静を装えば意外となんとかなるものだ。むずむずするような感覚は収まったし、不自然な頬の熱も引いてくれた。
私は食堂へと先導してくれるトラヴィスの少し後を歩く。こうして歩くのはひさしぶりで、ちょっと楽しい。
神殿の敷地は本当に広い。真ん中にそびえ立つ神殿の周りに、聖女や神官の寮、実務を行う別棟などが配置されている。儀式を行うときのために不思議な石像や泉なんかもあったりする。
「神殿の食堂って各国のメニューが豊富ですよね」
「俺みたいに外国から来ている人もけっこういるからな。ここに国の違いは存在しない」
そんな話をしながら、私とトラヴィスは料理を取って席に着く。私はポタージュスープにパン。刺繍のしすぎで、お腹が空かないのだ。
「……それだけ?」
「あ、はい。実は少し寝不足で」
そう答えると、彼の表情が曇った。
「困ったことがあったら何でも言って。力になる」
「あ、ありがとうございます」
きっと、継母のまき散らした噂で私が落ち込んでいると思っている気がする。まさかただ夜ふかしのしすぎだなんて言えなかった。
ほとんど人がいない食堂の窓側の席。外からの光で、彼の美しい顔にまつげの影ができる。他意はなく、それが純粋にとてもきれいで。ふと思って聞いてみた。
「……トラヴィスはいつまでルーティニア王国にいられるのですか?」
「気になる?」
「まぁ、わりと」
「比類なき力の聖女のお側にいたい、と申し上げたはずなんだけどな?」
「もう、ふざけないでください」
こんな言い方はしていなかった。『相棒になることを前向きに検討する』がどうしてこうなるのだろうか。
これまでの人生でもこうして初期研修を受けた。けれど、トラヴィスのことは目にしなかった。ということは、本来はトキア皇国に帰っている頃なのだろう。
でも人生に絶対などない。誰かの決断が変わればそれが波及していろいろな結果が変わる。身をもって私はそれを知っている。
「聖女様、ごきげんよう」
私たちがついているテーブルの真横に人の気配がして、声をかけられた。
顔を上げると、この前のアンナがいる。巫女グループの午前中の研修が早めに終わったのだろう。
「アンナさん、こんにちは」
「私、名乗っていませんわ。巫女殿、とお呼びくださいませ」
刺々しい言い方に悲しくなる。アンナの向こうにはほかの取り巻きの陰に隠れるクリスティーナが見えた。そっか、少しは誤解が解けたかもしれないと思ったけれど、現在進行形でさらなる悪評が広まっているところなのかもしれない。でも。
「聖女様への取次は私が承ります」
「!」
トラヴィスが神官らしく立ち上がったので、アンナからクリスティーナまでが息を呑んだ。
そう、聖女の数は少ない。私はこんな扱いだけれど、本来は巫女が軽々しく話しかけられる存在ではないのだ。
「どんな御用でしょうか?」
「あ、あの。今度お茶会があるので、その招待状を預かってまいりました」
「お出ましになるかは聖女様がお決めになります。私が受け取りましょう」
トラヴィスは極めてにこやかに対応しているけれど、美形かつ高貴な人の威圧的な振る舞いってこわい。有無を言わさぬ物言いに怯んだアンナは、私ではなくトラヴィスに招待状を手渡した。
というか、お茶会。マーティン様やクリスティーナのおまけとして数回しか参加したことのないお茶会。この場で断りたい。辞退のタイミングを窺っていると、異母妹が一歩進み出た。
「あの……。セレスティアお姉さま。このお茶会はエイムズ伯爵夫人主催のものなのです。私はクロスに刺繍をしていますし、皆さま心を込めて準備をなさっています。もしいらっしゃるのなら、きちんと準備をなさってくださいませ」
「……わかりましたわ」
なるほど。このお茶会は私が今寝不足になりながら刺繍しているクロスが持ち込まれるものらしい。願ってもない展開に私は決意を翻す。
「このお茶会にはドレスコードがあります。エイムズ伯爵夫人はライムグリーンのアイテムを何か一つでも身につけてくるように、と仰せです。セレスティアお姉さまなら、ドレスなんかがいいかもしれませんね」
……ドレスコード。バージルに相談しなきゃ。
◇
「ということで、お茶会当日のコーディネートをご相談してもよろしいでしょうか」
「アンタ、本当に世話が焼けるわね!?」
といいつつも、バージルはドレスと装飾品のカタログを楽しそうに眺めてくれている。きっと、数日後には神殿御用達の高級店からドレス一式が届くと思う。
ちなみに、聖女にはきちんとお給金が出る。だから予算に心配もない。
「エイムズ伯爵夫人主催、ねえ。……ドレスコードがライムグリーンってありえないんだけど本当? 誰が誘ってきたのよそれ」
「私の妹のクリスティーナです」
「あー、なるほど。……ま、いいわ。ドレスだけじゃなく当日のエスコートもアタシにまかせて。継母と異母妹をぎゃふんと言わせてやりましょう」
ぎゃふんですか。
それよりもエスコートを引き受けてくれるというバージルにありがたいという気持ちになる。こういうお茶会へは男性のエスコートなしには参加できないのだ。
せっかくなら私が寝不足でつくるクロスの行く末をこの目で見たい。バージルがエスコートしてくれると言ってくれて、本当によかった。
このときは、そう思っていた。
◇
アンナ率いるクリスティーナを守る会に絡まれることはあったものの、何事もなく十日間の初期研修が終了した。
巫女軍団もそれぞれの家に戻り、ここからは聖女と神官だけが神殿の敷地内で暮らすことになる。
私の刺繍も何とか仕上がった。豪華にしてよね、との仰せだったのでこれでもかというくらいにがんばった。
そして、お茶会の日のお昼過ぎ。バージルが手配してくれたドレスを着た私は神殿前の馬車回しに向かう。そこには神殿のものではない豪奢な馬車が止まっていた。
バージルのお家のもの? と気になって覗き込んだ私を待っていたのは。
「セレスティア」
「……!」
そこにいたのはトラヴィスだった。いつもの軽装ではなく、スーツ姿。袖口から覗くカフスボタンやハンカチーフのひとつまで洗練されていて、まるで絵画から出て来たかのように美しい。
彼のこんな姿、見たことがない。
「行こうか」
「どうして、」
「今日の立ち回りは、バージルから聞いてる」
トラヴィスは自然にエスコートしてくれようとしているのに、私は動揺してしまって言葉が出ない。
マーティン様も夜会やお茶会では正装をしてそれなりにかっこよくなっていた。けれど、彼は格が違っていて。
私にはもったいない、そんなことを考えながら彼の手をとったのだった。





