◇◆八話 武官の模擬試合◆◇
「武官の世界ってものがどれだけ厳しいか、教えてやる」
来い――と、その巨漢は小恋を手招きする。
どうやら、自分達が舐められていると感じたのだろう。
「相手は後宮仕えの女だぞ? 最悪の事があったら――」
「最悪どうなろうが、たかが下女一人だろう? 話は通せる」
「いいじゃねぇか、あいつも乗り気みたいだし」
なぁ、小恋――と、爆雷は軽快に言う。
そんな爆雷を、丸牙はギロリと睨む。
「爆雷、その小娘を捻ったら、次はテメェだ。常日頃からテメェの態度は気に入らねぇ。しょうもない時間を俺達に使わせたことを詫びさせてやる」
「ああ? やってみろよ、筋肉達磨」
「……まったく」
ということで、試合をすることになった。
小恋は、舞台の中央に立つ。
周囲を囲う衛兵達が、いまだに怪訝な顔で向かい合った丸牙と小恋を見比べている。
身長差は大人と子供。
体重差に至っては、見た目だけで何倍も違うとわかる。
「はじめッ!」
審判が声を上げた。
まるで兎に獅子が襲い掛かるがごとく、丸牙が小恋へと飛びかかる。
「ふんっ!」
服を掴んで、そのまま押し倒して終了――を狙ったのだろう。
しかし、丸牙の伸ばした手の平は、小恋の体を捕まえることはなかった。
可能な限りまで接近を許すと同時に、小恋は身を屈める。
頭上で、空を切る丸牙の巨掌。
それを後目に、小恋は俊敏な動作で丸牙の両膝に蹴りを放った。
「ぐッ!?」
打撃自体のダメージは然程でもないだろう。
しかし、関節を攻撃されたことにより、丸牙はその場で体勢を崩す。
瞬く間、小恋は丸牙の背中側に回り込むと、背後から彼の首に腕を回した。
「っ!」
丸牙とて、普段から首の鍛錬は行っている。
生半可な力で拘束されても、振りほどける自信があった。
しかし、小恋のチョークはほどけない。
その上、的確だ。
首を絞められ数秒、丸牙の意識が明滅する。
「――!」
慌てて、丸牙は自身の首を絞めている小恋の腕をタップした。
小恋は拘束を解き、審判が呆気に取られながら「や、止め!」と試合終了の声を上げた。
勝者は、小恋。
場内にざわめきが起きる。
「大丈夫ですか?」
「……お、お前、一体……」
自身の首を摩りながら、丸牙はまだ判然としていない顔で小恋を見る。
「な、言っただろ」
と、場外から爆雷が言った。
「そいつは強いぞ。お前等じゃ歯が立たないくらいにな。なんせそいつは、妖魔を――」
「うるせぇぞ、爆雷! なんでお前が偉そうなんだよ!」
したり顔で語り始めた爆雷に、周りの衛兵達が口々に文句を言い始めた。
「お前もどうせ、この下女に負けたんだろ!」
「ああ!?」
仲間達になじられ、爆雷も額に青筋を浮かべる。
爆雷、君、全然同僚と仲良くないんだね……。
「よし、次は俺だ!」
「このままじゃ王城武官の名折れだぞ、お前等!」
という事で、他の衛兵達も次々に小恋へ挑戦を申し込む。
しかし、次の相手も、その次の相手も、小恋によって倒されてしまった。
「つ、強い……」
本格的にざわつき始める衛兵達。
「よし、次は俺だ」
そこで、続いて舞台へと上がったのは、爆雷だった。
「え、なんで爆雷まで……」
「このまま俺がお前に負けたと思われてたんじゃ癪だからな、全力でぶっ潰させてもらうぞ」
ええ、なんなのこの男……。
自分から連れてきておいて、自分勝手だな……。
「はじめ!」
審判が開始の合図を上げた。
「くたばれー!」「ぶっ倒されちまえー!」「お嬢ちゃん、ボコボコにしてやれー!」と、何故か一転して小恋を応援する声が渦巻き始める。
そんな中、小恋はじりじりと、爆雷との間合いを測る。
「おお!」
爆雷が飛び出し、攻撃を仕掛けてくる。
それらを回避する小恋。
爆雷の構えや体捌きには隙が多い。
しかし、小恋は彼の持つ規格外の膂力を目の当たりにしている。
抑え込まれたり、打撃を受けたりすれば、それまでだろう。
「ふっ」
早期決着が最善。
そう考えた小恋は、先刻丸牙に行ったのと同じ戦法を取る。
まず、自分に向けて振るわれた爆雷の腕を躱しつつ、手を添え、その勢いを加速させる。
外から加わった力により、意に反して加速した自身の拳撃に、爆雷は思わず体勢を崩してしまう。
小恋は、そのまま爆雷の背後に回り込み、首にチョークを仕掛ける。
「チィッ!?」
最短で意識を飛ばすため、思い切り締める。
呼吸ではなく、止めるのは血流。
血を止めれば、人間の意識は数秒で落ちると父が――。
「ぬぅがあああああああああああああああああああ!」
しかし、そこで爆雷は雄叫びを上げ、首に巻き付いていた小恋の腕を無理やり引き剥がす。
「!」
規格外の馬鹿力。
なんて怪力。
腕を振りほどかれた小恋の体が、無理やり投げ飛ばされた。
「むむ! あれは古代に途絶えたはずの伝説の形象拳、大猩々拳!」
「知っているのか、磊田!」
そこで、観戦中の衛兵達の中にいた、謎の二人組がそんな会話をし出した。
誰だよ、あんた達。
小恋は空中で身を翻すと、床に着地する。
「うおおおおおおおおおおおおおおおお!」
その小恋目掛けて、爆雷が突進してくる。
しかし、チョークが効いていたのだろう。
視界が定まっていない。
体勢が隙だらけだ。
「勝機!」
突っ込んできた勢いを逆に利用し、小恋は、爆雷の顎を蹴り抜いた。
「ぐはッ!」
綺麗に顎先を撃ち抜かれ、床の上を転がっていった後、爆雷は動かなくなった。
審判が試合終了の合図を出す。
観客達の中から歓声が上がった。
爆雷、君、どれだけ嫌われてるんだよ。
「ぬぅ……」
そこで、さっき話をしていた二人組の一方――風変わりな髪形の衛兵が、動かなくなった爆雷の傍にやって来て、しゃがみ込むと――。
「……湾汰漣、死亡確認!」
「勝手に殺すな!」
そして、起き上がった爆雷にぶん殴られ、吹っ飛ばされた。
だから誰だよ、あんた達。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
そうして、なんやかんややっている内に、衛兵達の鍛錬の時間は終了となった。
小恋は衛兵達に囲まれ素性やら何やら色々聞かれたが、明日も仕事があると断り早々に帰ることにした。
「悪かったな」
宿舎まで送っていく――と言った爆雷と共に着いた帰路。
その途中で、彼はそう小恋に呟いた。
「いきなり連れてきちまってよ」
「いいよ、楽しかったし。ただ……」
そこで、小恋は気になったことを爆雷に聞いてみた。
「爆雷、君同僚と仲良くないの?」
「武官なんて、基本どいつもこいつも我の強い連中ばっかだ。舐められるわけにいかねぇからな。生意気なこと言ってくる奴は基本どついてる」
この男、組織人としての自覚が無さすぎる。
……まぁ、私も似たようなものだけど、と、小恋は嘆息する。
そんな会話を交えている内に、下女の宿舎も目の前という場所にまでやって来た。
その時だった。
「ん?」
何か小さな、丸いものが、こっちに向かって走ってくる。
とたとたとたとた、と。
『ぱんだー!』
「あ、パンダ」
その正体は、ひょんな事から小恋が預かり、今宿舎で世話をしている子パンダだった。
走って来た子パンダは、そのまま小恋に飛びつく。
「迎えに来てくれたのかな」
「しかし、本当に何者なんだ、こいつ」
正体不明の謎のパンダに、爆雷も訝り顔を浮かべる。
「爆雷、小恋」
そこで、何者かに背後から声を掛けられた。
小恋と爆雷は振り返る。
そこに立っていたのは、黒色の総髪を首の後ろで一つに纏めた、目つきの鋭い男性。
内侍府長の、水だった。
彼のいきなりの登場に、小恋はびっくりする。
「内侍府長!」
と、流石の爆雷もかしこまる。
「どうして、こんな場所に」
「先日捕らえた副宮女長の件について伝えたいことが……」
そこで、水は小恋の胸の中の子パンダに気付く。
「……まさか、こんな所にいたとは」
「内侍府長、この子を知ってるんですか?」
水が、黙ってパンダの背中を指さす。
白い毛並みの中に、黒い毛で星型の模様がある。
「この模様……このパンダは、先日から行方知れずになっていた、皇帝陛下のペットだ」
「……え?」