表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

7/57

◇◆六話 宮女連続怪死事件の犯人◆◇


「……遅い」


 暗い部屋の中で、何かを待つ者が一人。

〝彼女〟は、いつまで経っても帰ってこない仲間に違和感を覚えていた。

 仕事は迅速、的確に。

 遊びや余興は必要ない。

 宮女を一人殺したら、即座に戻ってくる……意味も無く、痕跡を残す可能性がある事はしない。

 この役務は、そう決まっているはずだ。


「……まさか」


 ……何かあったのだろうか?

〝彼女〟は、目前の床に横たわった、首の無い胴体を見下ろす。

 もしも、何かのミスで頭部の方がここに帰ってこられないのなら……早急に、この体を回収して去るべきだ。

 そう思った――その時。

〝彼女〟が息を潜めている部屋の扉――内側から細工をして、外からは開けられないようにしているはずの扉が、強引に開けられた。


「!!」


 いや、開けられたのではない――破壊されたのだ。

 何か、途轍もない力で、廊下側から室内に向かって、扉が吹き飛んで来た。


「ひっ……」


 跳ね飛ぶ扉から身を守りつつ、〝彼女〟は、入口の方を見る。


「やっぱり、ここだった」


 そこに立つのは、小恋(シャオリャン)爆雷(バオレイ)

 小恋は、部屋の中を見て――そこにいる〝彼女〟を見て、眉を顰める。


「あなただったんですね……〝副宮女長〟」

「お、お前は……」


 月光に照らされた小恋の姿を見上げ、〝彼女〟――炎牛宮の副宮女長は、驚きを露わにする。


「………」


 小恋は、改めて今自分達が辿り着いた部屋を見回す。

 炎牛宮の外れにある、遂昼間までは誰も寄り付かない物置として放置されていた部屋――。

 そう、ここは、小恋が掃除をして生き返らせた、あの部屋だ。


「……爆雷さん」

「ああ。あの服、宦官だな」


 副宮女長の脇に寝かされた首の無い体は、宦官の服を着ている。

 あの飛頭蛮(ひとうばん)の本体だ。

 なるほど、宦官としてこの宮廷に忍び込んでいたのか。

 もしくは、宮廷に仕えた後に妖魔となったのか……。


「そうか……犯行の拠点に、この部屋を使っていたのか」

「身を隠して何かをするにはちょうど良かったんでしょう。人も寄り付かない、汚い物置になってましたからね」

「ど、どうしてここがわかった!」


 そこで、副宮女長は焦燥を露わに叫ぶ。


「まさか……こいつを尋問して吐かせたのか……」

「いいえ、その人は私達が何かを聞く前に自害してしまいました」


 横の宦官を一瞥した副宮女長に、小恋が説明する。

 先刻の言葉通り、この部屋が連続宮女怪死事件――その犯人である飛頭蛮の体の隠し場所、つまりは拠点として使用していた場所だったのだろう。

 この倉庫を、あえて小恋に掃除させたのも、活動の拠点だと疑われないようにするためだったのかもしれない。

 使われていない、誰も人の出入りがない場所――捜査対象としてそういう場所が真っ先に疑われるのなら、適度に気に掛けられている場所という印象を、宮内の人間達にも持たせたかったはずだ。

 だから、適当に下女を使って、本来なら一人でどうこうできるはずもない掃除仕事をさせようとした。

 しかし、誤算は、小恋がやって来た事。

 小恋がたった一日で、ごみ溜めだった倉庫を綺麗にしてしまったのだ。

 と言っても、今まで滞りなく使っていた場所を、即座に変更するわけにもいかない。

 今夜も、活動拠点として使わないわけにもいかず、この部屋に身を潜めていたというわけだ。


「自害……なら、どうやってここを突き止めた!」

「その飛頭蛮の頭部を捕まえ、自害されてしまった後、飛頭蛮の首筋の一部に妙な汚れが付着していたのを見たんです」


 小恋は、自身のうなじを示しながら言う。

 飛頭蛮のうなじに、少し茶色い色素が付着していたのだ。


「私は昼間この部屋で、日ざれた床の補修にと、胡桃(クルミ)で床板を磨いたんです。いつものようにここで仰向けに寝て、首を取り外した結果、その時のクルミの色素が首に付着してしまっていたんでしょう」

「………そんな、ことでっ」


 それを聞いて、副宮女長は歯噛みをして下を向く。


「目的は……宮女を襲い続け、皇帝に対し炎牛宮に不穏で危険な印象を持たせる。そうすることで、皇帝による金華妃への〝お渡り〟を阻止しようとしていたとかか? で、あわよくば金華妃自身の暗殺も狙っていたとか」

「……っ……っ」

「黒幕は誰だ。他の妃……いや、炎牛宮以外の州公の差し金か何かか?」

「……くっ!」


 瞬間、にじり寄る爆雷に向かって、副宮女長の頭部が飛んだ。

 どうやら、彼女も飛頭蛮だったようだ。

 鋭い牙を剥き、爆雷に向かって飛来する副宮女長の頭部。

 しかし、小恋は既に想定していた。

 爆雷の前に立ちはだかるように跳躍し、大きく腕を後ろに引き――。


「っせい!」


 襲来した副宮女長の頭部に向かって、思いっきりビンタした。


「ぶぇんっ!」


 一撃を食らった彼女の頭部は、昼間に小恋が作った簡易棚に命中し、そのまま落下。

 収納してあった荷物が崩れ落ち、下敷きになった。


「よし」


 爆雷は、荷物の山の下から、気絶した副宮女長の頭部を引きずり出し、両手でがっしりと捕まえる。


「捕獲完了だ」




◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆




 こうして、炎牛宮を震え上がらせていた不審な連続宮女怪死事件の犯人は、無事逮捕するに至った。

 と言っても、まだ一件落着というわけではない。

 捕らえた後、副宮女長の口を割らせ、目的、黒幕の有無を吐かせないといけない。

 しかし、それら尋問は専門の機関の仕事。

 小恋と爆雷の仕事は、ここまでだ。


「……二人ともご苦労だった」


 早朝。

 小恋と爆雷は、内侍府長の執務室に来ていた。

 内侍府長の(スイ)へと報告を行うためだ。

 報告を聞いた水は、机の上の書類にサラサラと筆を走らせると。


「今回の件の報告書の控えだ」


 と、二人にそれぞれ書類を渡してきた。

 昨日の小恋の掃除の時もそうだったが、宮廷内では、個人の仕事や実績はちゃんと記録されている。

 それは、雑用仕事を行う下男や下女に至るまでだ。


(……おお! 星5評価だ!)


 今回の一件は大手柄として、水から星5評価がされていた。

 この評価システムによって、昇給や昇格が決定されるという仕組みだ……まぁ、小恋にとっては関係の無いことだが。


「やりましたね、爆雷さん」

「……ああ」


 二人は執務室を後にし、廊下を歩いている。

 時間は、もう朝。

 宮廷も既に動き出している。

 小恋も、もう少ししたらまた下女としての仕事が待っているのだ。


「しかし、一日で星5評価を二回ももらえるとは思いませんでしたよ。ああ、でも、最初の方の評価は副宮女長が行ったものなんですよね。あれは有効なのかな?」

「なぁ、お前、歳いくつだ?」


 そこで不意に、小恋は爆雷にそう尋ねられた。


「え?」

「歳だよ、何歳だ?」


 何故、このタイミングで年齢を?

 そう思ったが、小恋は自身の歳を伝える。


「16です」

「なんだ、俺とそう変わらねぇじゃねぇか。呼び捨てで良いぞ。あと、敬語もいらねぇ」

「え、でも一応、爆雷さんの方が年上……」

「いいんだよ。今後も、しばらくは俺と一緒に行動するんだから。変に遜る必要もねぇよ」


 爆雷は、前を向いたままそう言う。

 ……どうやら、彼なりに、小恋に一目置いてくれたようだ。

 荒っぽいし単純だし……あとゴリラだけど、素直で基本的には良い人らしい。


「あ、そういやぁ、小恋。あの――」


 そこで、爆雷が何かを思い出したように口を開いた――瞬間だった。


『ぱんだー!』

「ぶわっ!」


 軒先の庭から、何かが飛んできて爆雷の顔に突撃した。


「あ、子パンダ!」


 あの夜、竹藪の中で発見した子パンダだった。

 爆雷の頭を踏み台にし、小恋の体にまた引っ付いてくる。


『ぱんだ~、ぱんだ~』

「そうだよ、こいつだよ、こいつ! こいつは一体何だったんだ!?」

「いやぁ……私にもわかんないよ」


 本当……なんで後宮内の庭に、パンダが?

 野生のパンダ? だとすると、親もいるのだろうか?

 しかも、『ぱんだ、ぱんだ』って鳴くし……。

 疑問は尽きないが、ともかく今は仕事に行かないとなので、小恋はパンダと一緒に下女用の宿舎に帰ることにした。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ