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◇◆十九話 皇帝陛下お出迎えの準備◆◇


 ――遂に、皇帝の訪問が決まった。

 この事実に、陸兎宮内は当然色めき立つ。

 楓花妃(ふうかき)も宮女達も、興奮と緊張の入り混じった雰囲気に襲われ、浮足立っている様子だ。

 早い話が、ふわふわしている。


「と、とととと、当日はおめかしせねばならぬのう!」

「あ、ああああ、当たり前ですよ楓花妃様! なんといっても、こここここ、皇帝陛下が来られるのですから!」

「そ、そそ、そうじゃのう、えへへ」


 この始末である。

 そんな感じで、なんだかよくわからないけど笑っている彼女達を前に、小恋(シャオリャン)は嘆息をすると――。


「はい、皆さん、まずは一旦落ち着きましょうか」


 パンパン、と手を鳴らし、今一度冷静になるよう促す。


「皇帝陛下が来られるのは、そりゃ凄い事です。けど、それならそれで、こちらもちゃんと気合を入れてお出迎えの準備をしないといけませんよね?」

「そ、そうじゃ、ちゃんとせねば」

「小恋の言う通りよ」


 そこで、宮女長の紫音(シオン)がいち早く平静を取り戻し、皆に指示する。


「当日は皇帝陛下だけではなく、地位の高い側近の役人の方々も来られるわ。当然、失礼の無いように出迎えなければ」

「そうね。特に、古参の重役達はしきたりや礼儀を重視する。楓花妃様が入宮してからの陸兎宮に公式で訪ねてくるのは初めてだし、この日の対応と見栄え次第で、楓花妃様の妃としての印象が一気に決まるわ」


 紫音の言葉を継ぎ、真音(マオン)も言う。

 好印象を与えられれば、当然、楓花妃の妃としての位も上がる可能性がある。

 位が上がれば、各役人達も陸兎州に対する印象を改めて、細かいところで好待遇も望める。


「そういうわけです。皇帝陛下を万全の状態でお出迎え出来るよう、頑張りましょう」


 小恋が言うと、皆が「おー!」と掛け声を上げた。

 気合は十分だ。




◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆




 というわけで、皇帝を招くための事前準備が開始された。

 陸兎宮の内装や治安等に関しては、既に改善されたと宮廷内でも噂になっている。

 となれば、そこからの更なる飛躍に挑まなければならない。

 まずは、格好。

 楓花妃の服は勿論、仕える女官の服等、皆の身なりを整える必要がある。

 何せここ数日、掃除作業でいくら汚れてもいいような恰好をしていたので。

 おもてなしは正装で行う以上――きちんと制服を着こなさなければならない。


「あ、こんなところにも! 服に虫食いの穴が空いてる!」


 で、陸兎宮内にあった衣装をみんなでチェック。

 不備が無いように確認をしていたのだが……。

 予想以上に、虫食いの穴が多く見付かってしまった。


「楓花妃様の服だけじゃなく女官の制服にまで、こんなにいっぱい……どうしよう」

「直すのは簡単だけど、継ぎ目の跡が目立っちゃうし」

「交換してもらう?」

「でも、陛下がやって来る直前に纏めて仕立て直しなんてしたのがバレたら、『普段どれだけ大雑把な仕事をしてるのか』って嫌味を言われそう」


 うーん……と、悩む宮女達。


「じゃあ、こんなのはどうでしょう?」


 そこで、小恋が提案する。

 裁縫用の糸を刺繍用の色鮮やかな糸に変え、その糸で虫食いの穴を縫い合わせていく。


「小恋、それじゃあもっと目立っちゃうわよ?」

「いいんです。目立たせましょう」


 数秒後、小恋がぎゅっと糸を絞ると、虫食い穴のあった場所に綺麗な刺繍の花が咲いていた。


「あら、かわいい!」

「綺麗ね」

「赤色や黄色とか、縁起のいい色の刺繍糸を使うんです。で、こんな感じで円を描くよう縫っていくと……お花の形になるので」


 これなら服の模様にもなるし、穴も隠せて一石二鳥。

 しかし、流石は絹の服だ、針がするする入る。

 ごわごわの麻では、こうはいかない。

 と、別のところで感動している小恋の一方、彼女の提案した穴埋め法で、衣裳の虫食い問題は改善に向かっていった。




◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆




 衣服補修の改善提案を終えた小恋は、続いて陸兎宮内の各所を見て回っている。

 修繕した箇所に不備等が無いか、を確認しているのだ。


「……うーむ」


 しかし、綺麗になったのは良いのだけど――その分、不要なものやゴミを色々と排除したので、逆に何もない殺風景な場所が増えたような気もする。


(……ここら辺の無駄空間は、収納とかに改良できないかな?)


 と、デッドスペースの活用法を考えていた――その時だった。


「きゃっ!」


 近くで、誰かが悲鳴を上げて転ぶ音が聞こえた。

 小恋は、その音がした方へ向かってみる。


「いたたた……綺麗になったのは良いけど、廊下が滑って仕方がないわ」


 行ってみると、そこには転がったお膳や椀と共に、床に尻もちをついている宮女がいた。


「何してるんですか?」

「あ、小恋ちゃん」


 なんでも、彼女達はお膳を運ぶ練習をしているのだという。

 皇帝陛下が来られる日には、当然だが宴も催す。

 その時に恥をかかないため、今の内から練習をしているらしい。


「ああ、ダメ! またこぼしちゃったわ!」


 陸兎宮付きの宮女達は、比較的若い者が多い。

 加えて、やはり緊張しているのもあるのだろう――料理やお酒の運び方を練習しているものの、まだ慣れないようだ。

 楓花妃とは家族のように接してきた彼女達だ。

 こういう細かい所作は、あまり気にしてこなかったのだろう。


「どうしよう……」

「だからと言ってお盆や膳に滑り止めを敷くと、難癖をつけられそうだし」

「昔の人はそういうのに厳しいからね」

「あ、じゃあ」


 悩み、思案する宮女達に、ここでも小恋が提案する。


「お盆そのものを変えてしまうってのはどうでしょう」

「え? お盆そのものを?」


 早速、小恋は工作用の小刀(自前)を取り出すと、お盆の表面に刃を立てて、何やら削って模様を入れていく。

 一見は、何の変哲もない、ただの丸型や波模様だ。


「実は、この模様はちょっとした細工を施してあって……」


 小恋がお盆の上にお皿や碗を置くと、ちょうど、その彫り込みの模様の溝にはまるようになっていた。

 おお! と、宮女達が感嘆の声を上げる。


「こうすれば、食器の滑り防止にもなりますし、万が一何か言われても『彫刻の施された芸術性の高いお盆です』って言って言い逃れできますしね」

「考えたわね」

「やるぅ!」




◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆




 ――というわけで、小恋のアイデアも相俟って、準備は順調に進められていっていた。


「真音さん、当日の楓花妃様の身支度ですが……」


 夜、楓花妃と一緒に調理場にやって来た小恋。

 そこで、色々と確認作業を行っている真音を発見する。


「どうしたの? 小恋」

「あ、忙しそうですね。また後にしますね」

「ごめんなさい。当日の料理や、お酒なんかの仕入れの準備もあって、色々とね」


 加えて、食器等、道具が人数分揃っているかなど、確認作業もしているようだ。


「大変じゃのう、真音」

「いえいえ、皇帝陛下が来られるのですから、これくらい当然です」


 あ、そうだ、と。

 そこで真音が、机の上に置かれていた封のされた(カメ)を見せる。


「ほら、これ。陸兎州で作られた地酒を取り寄せたの。当日は、これを皇帝陛下に味わってもらおうかなって」

「あ、いいですね。うちの父親も好きだったんですよ、これ」


 だから陸兎州に住むことにしたんだ――とか、そんな事も言ってたっけな。

 などと、昔の事を思い出す小恋。


「それに、当日は当然、銀食器を使わないとね」


 言って、真音は綺麗に梱包された状態の、銀製の食器一式を見る。

 そうか、なるほど。

 毒見の意味もあるだろうし、これは必需品だ。


「あ、それは……」


 そこで、真音の用意した銀食器を見て、楓花妃が反応する。


「この銀食器は、珊瑚妃(さんごき)様から頂いたものじゃ」

「珊瑚妃様から?」

「入宮した当初、贈り物としていただいたのじゃ。皇帝陛下をお招きできるように頑張って……と。懐かしいのう」

「………」


 珊瑚妃――ここ数日の、彼女の気に掛かる行動の数々を、小恋は想起する。

 すると、そこで。


「楓花妃様」


 調理場の外から、声。

 振り返ると、そこに立っていたのは珊瑚妃だった。


「珊瑚妃様、どうされたのじゃ? こんな夜更けに」

「ちょっと、よろしいかしら?」


 珊瑚妃に声を掛けられ、楓花妃と小恋は外へと出る。

 廊下に立つ彼女の後ろには、以前の宦官は居ない。

 お付きの侍女達が数名、一緒にいるようだが。


「どのようなご用件ですじゃ?」

「皇帝陛下御来訪の話、小耳に挟みましたわ」


 珊瑚妃は言う。

 既に宮廷内に出回っている話だ。

 彼女が知っていても、別におかしなことではない。


「はい、とても光栄な事ですじゃ」

「そこで、一つ、楓花妃様にご提案があって来ましたの」


 小首を傾げる楓花妃に、珊瑚妃は告げる。


「よろしければ、その陛下来訪の日、ここ陸兎宮でわたくし珊瑚妃も同席させえていただき、合同で宴を催すというのはどうでしょう」

「珊瑚妃様と、合同で?」


 珊瑚妃からのいきなりの発言に、楓花妃も目を丸める。


「ええ、別に妃が複数人で陛下をお出迎えさせていただくのは、おかしい事ではありませんわ。楓花妃様も、陛下を招いての酒宴の席は今回が初めて。何分、何かと知らないことも多いでしょう」

「それは、確かに……」

「私は、今まで様々な宮を歩き回り、各妃様達から色々と情報をいただいておりますの。自分で言うのもなんですけど、耳年増ですので、知識だけは豊富に取り揃えておりますわ」


 だからぜひ協力したい、と、珊瑚妃は真っ直ぐな眼差しで言う。


「無論、今回の主催は楓花妃様。私は、あくまでも協力者。その立場である事は、重々自覚して言動を慎みますから」

「……珊瑚妃様」


 珊瑚妃の言葉に、楓花妃は徐々に顔を綻ばせていく。


「それは、願ってもいない事! 信頼する珊瑚妃様が一緒にいてくれれば、妾も安心ですじゃ!」


 珊瑚妃の手を取り、是非! と、了承する楓花妃。

 珊瑚妃も、笑顔で手を握り返す。


「………」


 一方、小恋は、そんな珊瑚妃を怪しむように見ていた。



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