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◇◆一話 新人宮女、妃を張っ倒す◆◇


「し……新入りの宮女が、第一妃様を張り倒したぞぉっ!」


 小恋が月光妃にビンタを食らわせた直後、廊下の中は混乱状態に陥った。

 一瞬、何が起こったのか理解できなかった女官や宦官達の間から悲鳴が立ち上り始め、皆がパニックを起こす。


「あなた、一体何者?」


 その中で、小恋は動き続ける。

 廊下の上に倒れ、呆然とした目で見上げてくる月光妃を見下ろし、問い掛ける。


「な、なに……」

「あなた、〝妖魔〟でしょ?」


 小恋の質問に、月光妃は目に見えて動揺を見せた。


(……当たりだ)


 小恋はすぐさま、更に追撃を加えようと月光妃に飛び掛かろうとする。


「月光妃様!」

「お前、何をしてるの!?」


 しかし、そんな月光妃の前に、彼女に付き従っていた侍女達が立ちはだかり邪魔をする。

 更に――。


「こっちか!」

「第一妃を襲ったという女官はどいつだ!?」

「暗殺者か!?」


 そこに、武装した兵士達が駆け付けてきた。

 彼等は、宮廷内の警備を行っている衛兵だ。

 誰かが通報し、駆け付けたのだろう。


「あれです! あの、宮女が!」

「まだ月光妃様を襲おうとしています!」


 何人かの宦官達が、必死に小恋を指さす。


「貴様!」


 衛兵達が、脇に下げた曲刀を抜き、小恋へと飛び掛かる。


「………」


 対し、小恋の対応は恐ろしいほどに冷静だった。

 彼女は、最初に切りかかってきた衛兵の刃を最低限の身のこなしで回避すると、そのまま、その曲刀を奪い取った。


「な!?」


 奪われた衛兵も、あまりにも自然な動きに困惑する。

 そのまま小恋は、二人目、三人目と切りかかってくる衛兵達の剣戟を次々に躱していく。


(……遅い)


 まるで舞うように刃の襲来をすり抜けていく小恋は、その中で思考する。

 これが、皇帝の居城……宮廷に仕える兵士?

 動きが遅すぎる。

 幼い頃、チャンバラごっこの相手だった父の方が遥かに速かった。

 瞬く間、小恋は襲い来る衛兵達を背中に、月光妃へと再び迫る。


「くっ!」


 護身用の体術を会得しているのだろう――侍女の一人が小恋へ腕を伸ばしてくる。

 小恋は素早い足払いで、その侍女を転がす。


「きゃんっ!」

「月光妃様!」


 もう一人の侍女が、月光妃に抱き着き、壁となる。

 即座、小恋は曲刀の柄――柄尻で彼女の脇腹を殴打した。


「うっ……」


 痛みに意識を朦朧とさせ、侍女が崩れ落ちる。

 月光妃の体ががら空きになった。


「ま、待って!」


 顔を青褪めさせ、叫ぶ月光妃。

 しかし、小恋は止まらない。


「ふっ」


 手にした曲刀を、月光妃の首筋に向かって躊躇無く振るう。


「ひっ」

【まずいっ!】


 ――声が、二つ重なって聞こえた。


 瞬間、月光妃の体が空中に浮かびあがり、小恋の剣戟をギリギリで回避する。

 その体から、黒い瘴気がにじみ出し、まるで彼女を包む着物のように纏わり付いている。


「な、え?」

「月光妃様が、浮いて……」


 いきなり起こった現象に、女官や宦官達、侍女、衛兵達も理解できず、ぽかんとしている。

 そんな中、小恋だけが依然冷静に月光妃の姿を見上げていた。


「……とり憑かれてたんだ」

【貴様……何者だ……】


 月光妃の体から浮かび上がった黒い瘴気の奥から、何かが姿を現す。

 それは――狐だった。

 しかも、ただの狐ではない。

 人間ほどの大きさの、尻尾が九本に分かれた魔獣だ。


「そっちこそ、何? どうして、月光妃様にとり憑いてるの?」

【くっ……この小娘、《退魔士》か? 否、並の《退魔士》では妾の気配を感知できるはずが……クソっ、妾の謀りが、こんな所で……!】

「な、何か方法はないのですか、妲己(だっき)様!」


 九尾の狐はパニックを起こし、月光妃の方はそんな狐に縋りつく様に上ずった声を上げている。


(……ん? とり憑いて操られてたと思ってたけど、月光妃様も協力者っぽい感じかな?)

【……致し方なし】


 分析していた小恋の一方、妲己と呼ばれた九尾の狐が低い声で囁く。


【こうなったら、この場にいる目撃者達全員を殺して……】

「そ、そんな事をして、隠蔽はできるのですか!?」

【喧しい! それ以外に方法が――】


 言い争う、月光妃と妖魔。

 その隙を突くように、小恋は動いていた。

 腕を振るう。

 彼女の握っていた曲刀が床に突き刺さり、前後に大きく揺れる。

 そして小恋は、俊敏な動作でその曲刀に向けて走り寄り――。

 柄の上に飛び乗る。

 そのまま、曲刀の刃の柔軟性を生かして、バネ仕掛けのようにジャンプした。


【なっ!?】


 瞬く間に飛翔してくる小恋に、妖魔も月光妃も悲鳴のような声を漏らす。


【な、なんだ、小娘、お前は一体!】

「ただの山暮らしの貧乏娘だよ」


 肉薄すると同時に、小恋の右手が唸る。

 相手に何かをさせる前に、彼女の平手が再び、月光妃の横っ面を張り飛ばしていた。


「ぐぇ――」


 クリーンヒット。

 悲鳴を上げて、浮いていた月光妃の体が真っ逆さま、床へと落下した。

 床板の上に、文字通り墜落した月光妃は、そのまま白目を剥いて気を失う。


【ぐ、うぐぐぐ……】


 一方、月光妃と共に床に叩きつけられた九尾の狐は、まだ意識を保っていた。


【くッ……やむを得ぬ……】


 ずるり――と、月光妃に纏わり付いていた瘴気が抜け、それが形を成し、一匹の大きな狐となる。

 九本の大きな尾を揺らし、その顔には苦々しげな表情を浮かべているのがわかった。


【……この傾国の大妖魔、妲己に恥をかかせたこと、いずれ後悔させてやろうぞ……!】


 そう吐き捨て、妖魔は四肢に力を籠める。

 小恋はすぐさま、床に突き立てた曲刀を掴み、引っこ抜く。

 そして妖魔に向けて投げつけようとしたが――既に、九尾の狐はその場からいなくなっていた。


「あ、逃げられた」


 予想以上に逃げ足が俊敏だった。

 その場には気絶した月光妃だけが残され、周囲の人間達は何が起こったのか理解できず、ぽかんとした顔で状況を見守っている。


「こっちか!」


 そこに、増援の衛兵達がやって来る。

 鎧やら矛やらで武装した兵士達が何人も。

 仕方がない――彼等に事情を説明して、早急に妖魔の追跡を……と、小恋が思っていると。


「貴様か! 月光妃を殴り倒したという悪党は!」


 兵士達は小恋を取り囲み、矛の穂先を突きつけてきた。


「……ありゃー、そうなる?」




◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆




「こら! 大人しくしろ!」

「無駄な抵抗はするな!」

「いや、大人しくしてますし抵抗もしてませんけど……」


 小恋は二人の兵士に襟首を掴まれ、まるで首を摘まれた猫のようにどこかへと運ばれていく。

 やって来たのは、宮廷の治安を守る部署――内侍府(ないじふ)

 何やら奥まった部屋の前まで来ると、兵士は扉をノックする。


「内侍府長! 失礼いたします! 件の宮女を連れてまいりました!」


 どこか緊張した声で兵士が言うと、扉を開ける。

 部屋の中には、二人の男性がいた。

 一方は職務用の椅子に腰かけ、もう一方はその傍に立っている。


「……ご苦労」


 座っている方の男性が、そう低い声で言った。

 黒色の総髪を首の後ろで一つにまとめた、目つきの鋭い男性だ。

 年齢は……かなり上だと思う。

 多分、父が生きていたら同い年くらいだろう――と、小恋は思った。

 その双眸やオーラから、凄い威圧感を感じる。

 兵士達が緊張しているのも、この男性のせいだろう。


「よし。以降は我々が話をする。お前達は下がれ」


 その横に立つ男性が言う。

 座っている男性に比べたら、まだ若い。

 鍛えられた体に、精悍な顔付きの武官である。


「しかし、衛兵長……わざわざ内侍府長と、お二人が対応するほどの者では……」


 そこで、椅子に座っている方の男性――内侍府長が、その鋭利な目線を兵士に向ける。

 二人の兵士は、びくりと体を揺らし「し、失礼いたしました!」と叫んで部屋を出ていった。


(……内侍府長……ってことは、この人がここで一番偉い人……)

「……詳しい話は既に報告されている」


 内侍府長が、小恋を見据えながら口火を切った。


「教えろ。お前は、《退魔士》なのか?」


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