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◇◆十七話 姉妹◆◇


 ――キョンシーが陸兎宮を襲った事件の日から、数日が経過した。

 あの後どうなったかというと……。

 まず《退魔士》達。

 彼等は、小恋(シャオリャン)達に運ばれ、ひとまず安静な状態にされ陸兎宮で一夜を明かし。

 そして夜明け前、皆が目を覚まさない内に、烏風(ウーファン)が使役する魑魅魍魎達を使って、皇都の外まで運び出した。

 その際、烏風が彼等に何か釘を刺したようだった。


「彼等がここに来ることは、もう二度とないよ」

「……まさか、始末したりしてませんよね」

「さぁ、どうだろうね?」


 相変わらずの飄々とした口振りで、烏風は言っていた。

 続いて、キョンシーにされていた罪人や衛兵の死体の件。

 小恋と爆雷(バオレイ)、烏風で死体を一通り確認してみたが……残念ながら、これと言って手掛かりになりそうなものは出てこなかった。

 彼等をキョンシーに変えた者がいるのは確実だが……誰が操っていたのか、その人物はあの飛頭蛮とも繋がりがあったのか等、謎は謎のままになってしまった。

 しかし、あの夜から数日、陸兎宮内で目立った怪奇現象は起きていない。

 おそらく、刺客であるキョンシーを退けた事。

 そして、烏風という《退魔士》が内侍府長により徴用され、陸兎宮の護衛として妖魔の悪事を見張っていると――そんな話が、一瞬で宮廷内に広まったのだろう。

 おかげで、向こうも容易く手が出せなくなったのかもしれない。

 そしてそれは、やはり此度の首謀者が、宮廷内……後宮内に潜んでいるという可能性の裏付けとなった。

 ――というわけで、小恋達は今日も気兼ねなく、陸兎宮での仕事を行う。

 補修工事が済み、改善も行われ、陸兎宮も今や、他の宮に引けを取らぬ見栄えとなっている。

 かつて〝呪われた宮〟と言われていたのが、嘘のように。


「ふむ……」

「なんですか? 烏風さん」


 陸兎宮内の特に使い道のない空間を改造し、収納スペースを作っていく。

 材木を担ぎ動き回る小恋を見て、烏風が何やら唸っている。


「いや、皆に指示を出し、テキパキと環境を改善していく……君はまるで、風水師のようだね」

「風水師……」


 そう言われ、小恋は思い返す。

 風水……確かに、自分は父から多くの事を教えられたが……風水という学問についても聞いた記憶がある。

 悪い気を溜めず、良い気を送り込む。

 町や砦、城を作る上で、土地を選定したり、環境を改善したりするための思想、技術。

 龍脈、龍穴、隠宅、陽宅、巒頭、理気、ナンタラかんたら……。

 風水術……それ自体は別にどうでもよかったのだが、話の中で出てきた、生活を豊かで便利にするために、家相を見て機能を改善したり改造したりするといった行為に心が惹かれた。

 そのせいで、家の増改築(リフォーム)に興味を持ち、色々試すようになったのだ。


「君の〝妖魔を探知する〟という力も、〝悪い気を察知する〟という風水の影響から目覚めた力なのかもしれないね」

「……そう言われると、そんな気もしてきますね」

「ところで、まだ私との間に壁を感じるのだが。爆雷と同じように砕けた口調で接してくれていいのだよ? 名前も呼び捨てで構わない」

「わかりました烏風さんこれからはそうします」

「頑固だね。まあ、それが君の魅力だが」




◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆




 さて――楓花妃に関して。

 色々な事を経て、楓花妃の小恋に対する信頼は、かなり強くなっている様子だ。

 陸兎宮に訪れた日から、楓花妃は小恋に多くの事を助けてもらっている。

 当然と言えば、当然の信頼なのかもしれない。

 いや……信頼というか……。


「おはようなのじゃ、小恋!」

「おはようございます、楓花妃様」


 朝。

 初めて出会った日の約束通り、小恋と楓花妃は早起きし、一緒に運動をするようにしている。

 健康的で美しい体形を保つための運動だ。

 陸兎宮の中の、それなりの広さがある庭を使う。

 そこで、二人で体操をしたり、走ったりもしている。


「はー、今日も良い汗をかいたのじゃ」


 運動用の軽装姿である楓花妃は、胸元をハタハタとさせながら笑顔を浮かべる。


「体を洗って、ご飯にしましょう」


 運動の後、宮女達に用意してもらった朝ご飯を一緒に食べる。


「ありがとうございました」

「はい、お粗末様です」


 食べ終わった食器を片付けに、調理場へと運んできた小恋。

 そんな彼女に、食事係の宮女が言う。


「本当、楓花妃様は小恋の事が大好きなのね。いつもべったり」

「年齢も近いですから。それだけ、心を許しやすいのかもしれませんね」




◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆




 ――時間は少し経過し、昼頃。


「来たね、爆雷」

「おう、約束通り来てやったぞ」


 陸兎宮の庭先で、小恋と爆雷が対面している。

 近くの軒先には、楓花妃がチョコンと座り、そんな二人の様子を眺めていた。


「準備は大丈夫? 怖気づいてない?」

「抜かしてろ。お前こそ大丈夫か? 俺は今日この日のために、鍛錬は欠かさなかったぜ」


 熱意の籠った会話を交わす二人。

 その表情は、真剣そのもの。

 二人の姿を見守っている楓花妃も、ゴクリと固唾を飲む。


「じゃあ、早速やろうか」

「はんっ、後で吠え面かくなよ」

「おや、何事だい?」


 そこにちょうど、宮内の見回りをしていた烏風もやって来る。

 瞬間、楓花妃と烏風の視線の先――小恋と爆雷が、それぞれ手を前へと突き出した。

 二人の手には、(かご)が握られている。

 木を組んで作られた、虫籠だ。

 そして、その中に入っているのは、蟷螂(とうろう)である。


「覚悟しろ! 俺の黒王ヘイワン三号がお前の蟷螂をギタギタにぶっ潰す!」

「甘く見ないことだね。私の育て上げた白花パイファ一号は強いよ」


 そう言って、二人は切り株で作られた土俵を挟み、その上に各々の蟷螂を下ろす。


「行け! 黒王!」

「負けるな、白花!」

「……彼女達は何をやっているのですか?」


 気炎を上げて、手元の蟷螂を応援している二人の姿を見ながら、烏風が楓花妃に質問する。


「蟷螂相撲だそうじゃ」


 蟷螂相撲。

 育成した蟷螂を戦わせる、子供の遊びである。

 土俵の上でぶつけ合わせ、先に相手を土俵から落としたり、土俵の上でひっくり返した方の勝ちだ。

 以前、小恋がひょんな事から蟷螂相撲の話をしたところ(実家の山の中では蟷螂が山ほど捕れたので)、爆雷も蟷螂を育てていると知ったのだ。


「そこで盛り上がった二人は、後日戦う約束をしていたのだそうじゃ」

「……なるほど」


 蟷螂相撲など、所詮子供の遊びである。

 しかし、小恋と爆雷は物凄く熱中している。

 キンキン、と鎌をぶつけ合わせ鎬を削る二匹の蟷螂。

 やがて――。


「やった! 白花の勝ち!」

「黒王んんんんん!」


 土俵の上には、爆雷の黒王三号がグルグル目になってひっくり返っており。

 その黒王三号の上に足を乗せて、ドヤっとふんぞりかえる白花一号の姿が。


「ふふふ、鍛錬不足だったね、爆雷」

「くそっ! 今日はこのくらいにしといてやる! 次会う時も、同じ俺達だと思うなよ! 帰って特訓だ、黒王!」


 爆雷に言われ、黒王三号も両手の鎌をシュバッと持ち上げ気合を見せる。

 そして爆雷と黒王三号は、一緒にうさぎ跳びしながら帰って行った。

 その特訓意味ある?


「あー、楽しかった。こういう馬鹿なことで盛り上がれる仲間がいて、本当に良かった」

「勝ったのじゃな、小恋」


 虫籠に白花一号を入れ、小恋は軒先へと戻る。

 やって来た小恋に楓花妃も、ふんすふんすと興奮気味だ。


「楓花妃様、退屈じゃなかったですか?」

「ううん、見た事の無い遊びが見れて、楽しかったのじゃ!」


 そう言って、喜色を浮かべる楓花妃を見ていた小恋は――。


「ん?」


 少し離れた壁際から、誰かがこちらを覗き見しているのに気付く。

 あれは……。


「珊瑚妃様?」


 小恋がその名を呼ぶと、壁際に潜んでいた影がびくっと震えた。

 烏風と楓花妃も、そちらに視線を向ける。

 恐る恐る姿を現したのは、編み上げられた髪に、すらりと伸びた美脚の妃。

 第六妃――白虎宮の珊瑚妃だった。


「珊瑚妃様、いらっしゃっていたのじゃ」

「え、ええ」


 駆け寄ってきた楓花妃に、ちょっと焦った様子で、そう受け答えする珊瑚妃。

 以前、この陸兎宮を訪れた時と違い、余裕が無い感じである。

 あの付き添っていた宦官の姿も無い。


「最近は、大事無いかしら?」

「うむ、異変や怪現象があっても小恋達が解決してくれるから、安心なのじゃ」


 探るような珊瑚妃の質問に、楓花妃は表裏無く答える。


「宮の内装も、どんどん綺麗になっていっておる。それに、最近は小恋と一緒に運動をして、珊瑚妃様のご忠告通り体形を綺麗に保つための努力もしておるのじゃ。そうじゃ、珊瑚妃様も一緒にどうじゃ?」

「……いえ、大丈夫。遠慮しておくわ」


 それだけ言うと、珊瑚妃は楓花妃に背を向け、ササッと去っていく。


「少し、いつもと違う感じでしたね」

「うむ……体調が優れぬのかのう」


 そこに烏風がやって来て、楓花妃に問う。


「珊瑚妃様は、ああいった感じで、よくこちらの宮に来られるのですか?」

「うむ。珊瑚妃様は、よく他の妃達の宮へも足を運ぶことで有名なのじゃ。贈り物や、おススメの化粧道具もくれたりする良い方なのじゃ」


 疑いの無い眼差しで、楓花妃は言う。


「妾が後宮にやって来た初めの頃から、何かと気に掛けて、よくここに来てくれていたのじゃ」

「へぇ……」




◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆




 ――時が経過し、夜。


「楓花妃様、湯浴みの用意が出来ました」


 日没後、楓花妃の部屋で一緒に書物を読んでいた小恋。

 そこに、宮女長の紫音(シオン)がやって来る。

 湯浴みの時間だ。


「わかったのじゃ」


 書物を閉じ、立ち上がる楓花妃。


「小恋も一緒に行くのじゃ」

「え?」


 そして当たり前のように、小恋も誘われる。

 あれよあれよ、二人揃って陸兎宮内の湯浴み場へ到着。

 湯浴み場の中は、既に湯気と良い香りで満たされている。

 花の香のする油を垂らされたお湯が、浴槽に溜められている。


「楓花妃様、お着物を」

「うむ」


 既に待機していた、副宮女長の真音(マオン)の前で、楓花妃はするすると衣服を脱ぐ


「小恋」


 そこで、楓花妃は小恋を呼んだ。


「小恋も一緒に入るのじゃ」

「へ?」


 湯浴み場まで来るのは、まぁ従者の勤めの範疇かもしれないけど、一緒にお風呂に入るのは……。

 小恋は、ちらりと紫音と真音を見る。


「いいのですか?」

「妃様がお望みであるなら、断る理由は無いわ」


 小恋が確認すると、二人はそう言って肯定した。

 というわけで、一緒にお湯を浴びることになった。

 小恋も衣服を脱ぎ、入浴の準備をする。


「あ、じゃあ、ちょうどいいしこれを使いましょう」

「それは何じゃ?」


 そこで、小恋が服の下からあるものを取り出す。

 円筒状の細長い形をした、しわしわの植物のようなもの……だった。

 小恋が、掃除用品として密かに作っていたものだ。


「たわしです。大きくなりすぎて不要になったへちまをもらってきて、煮て、乾かして、たわしを作ったんです」


 浴槽の中、小恋はへちまたわしで楓花妃の背中を洗う。

 ごしごし、と。


「あうあう、ちょっと痛いのじゃ」

「食器を洗うのにも使えますが、人の体を磨けば古い皮膚が取れて美肌効果があるらしいですよ」


 そんな彼女達の、一緒に湯浴みをしている様子を見て、紫音と真音がクスクスと笑う。


「まるで姉妹のようね」

「本当に、私達の子供の頃みたい」


 その言葉に、楓花妃はぽかんと顔を上げ。


「姉妹……えへへ、姉妹じゃ」


 そう、嬉しそうな表情になった。




◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆




 湯浴みが終わると、髪と体に香油を付けてお手入れ。

 それが終われば、後は就寝の時間である。


「では楓花妃様、おやすみなさい」


 楓花妃の寝室まで彼女を送り、小恋は扉を閉める。


「小恋……」


 そこで、寝台の上に座った楓花妃が、遠慮がちに小恋に言う。


「今夜は、一緒に寝るのじゃ」

「え?」


 どこか緊張した様子で言う楓花妃を前に、小恋は戸惑う。


「えーっと……楓花妃様――」

『ぱんだー!』


 そこで、後ろから、どーんと何かがぶつかって来た。

 いや、もう何かじゃなくて、どう考えても雨雨(ユイユイ)なのだが。

 雨雨に押され、小恋はそのまま寝台の上に転がった。


『ぱんだー!』

『うさうさ~』

「あー、もう……まぁ、妃様のご希望なら、いいのかな?」

「えへへ、みんな一緒なのじゃ」


 楓花妃一人が寝るには、大きすぎるくらいの寝台の上。

 小恋と楓花妃、そして、雨雨と(シュエ)が、今日は固まって眠る

 楓花妃の髪と体から、香油の良い匂いが香ってくる。


「……小恋は、妾のお姉ちゃんじゃ」


 夢現の頭に、彼女のそんな寝言が聞こえてきた。



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― 新着の感想 ―
[良い点] 某有名な中華宮廷物がありますが、舞台は同じでも文章の軽妙さや主人公のチート(物理)さがいい味を出していて新鮮さがあります。 これからの展開を楽しみにしています。
[一言] いつも楽しく読ませてもらっています。次も楽しみにしていますね!
[一言] あー貴き貴き
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