◇◆十四話 退魔機関◆◇
「話は聞かせてもらった! この後宮は滅亡する!」
………。
いきなり現れて何を言ってんだこいつらは。
内侍府長の執務室にドカドカと入って来た《退魔士》は、三名。
怪しげな衣装や装飾品で虚飾された、三十代くらいの男達だった。
「内侍府長殿、この後宮に妖魔が出たと、ご報告感謝いたします!」
男達の中で真ん中に立つ、小柄で坊主頭の男が声高に叫ぶ。
小恋は耳をふさぎ、爆雷は怪訝な顔になった。
純粋にうるさい。
一方で、三人組の中の別の一人――手に大きな数珠を付けた男が、その数珠を鳴らしながら四方八方を見回している。
「ぬぅ……先程から怪しい雰囲気を感じる……間違いなく、この後宮には妖魔がいる!」
この男は動作がいちいちうるさい。
「それに、今の話も聞かせてもらったぞ。昨夜、宮内に悪霊が出たと。これは途轍もなく危険な事態。このまま放っておけば、確実にこの後宮はおろか、宮廷……皇帝陛下にまで危害が及ぶのは確実!」
三人目は、髭面で高身長の男。
眉毛も濃い。
背中に、柳葉刀を背負っている。
「だが、我々が来たからにはもう安心だ! 此度の問題は、我々対妖魔殲滅組織《退魔機関》が解決する!」
「ついては内侍府長殿、王城、後宮をはじめとした、宮廷内への出入りの許可権。皇帝陛下への進言権。報酬の面などを詳しく……」
髭面の男が言いたい事を言い終わった後、さぁ本題という感じで最初の坊主の男がゲスい話を囁きだした。
魂胆がまるわかりだ。
「いきなり現れて性急に話を進めるとは……困った方々だ」
水が、額を押さえながら言う。
「皇帝の身にも関わりうる緊急事態ゆえ、悠長に構えているほど呑気ではないのでな」
髭面の男が、居丈高に言う。
「……確かに、貴殿等の言う事も一理ある。だが、待って欲しい。今回の件は、この者達に一任しようと考えている」
そこで、水は小恋達を指し示しながら言う。
《退魔士》達は二人を見ると、「ふんっ」と小馬鹿にしたような顔になった。
「冗談を言ってはいけません。こんな《退魔士》でもない少女達に、何を任せられましょうか」
「悪いことは言わない。素人が首を突っ込むのは自殺行為だ。我々専門家に任せろ」
当然だが、《退魔士》達は聞かない。
小恋は面倒そうに嘆息を漏らす。
「ああん?」
一方、彼等の物言いが爆雷の逆鱗に触れたようだ。
「おい、さっきから聞いてりゃ好き勝手言いやがって。上等だ、実力不足かどうか思い知らせてやる」
拳を鳴らしながら、《退魔士》達に食って掛かる。
彼も彼で、性格が短気過ぎる。
「ここじゃ内侍府長に迷惑だ。表に出ろ」
「そうだな、その方が良い」
すると、《退魔士》達はさっさと爆雷に背中を向けた。
「あ?」
「迅速に動くとしよう。では、早速その問題のあった宮に参ろうじゃないか。君が案内してくれるのだな」
「……ああ!? おい、こっちはそんな事一言も言ってねぇぞ!」
爆雷の言葉など無視して、《退魔士》達はドカドカと執務室から出ていく。
小恋と爆雷が、慌てて彼等の後を追いかける。
「なんだあいつら、全然人の話聞かねぇじゃねぇか!」
こればっかりは爆雷が正論である。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
という事で、《退魔士》達は小恋と爆雷の制止の声も聞かず、内侍府の建物を出て、外にまでやって来た。
「勝手だな、もう……」
小恋は、キョロキョロと周囲を見回す《退魔士》達に悪態を吐く。
なるほど、以前爆雷から聞いた話の通りだ。
何故、宮廷で《退魔士》の組織に協力を要請しないのか。
こんな連中が来るんじゃ、仕方がない。
「で、その問題の宮はどちらかな? 案内人」
坊主頭の男、数珠の男、髭面の男が偉そうな態度で小恋と爆雷を振り返る。
「時間が無い。今この瞬間にも被害者が出ているかもしれないのだぞ? つべこべ言わずに、言う通りにしろ」
「……おい、いい加減にしろ、お前等」
流石に、爆雷の堪忍袋の緒が切れたようだ。
全身から怒気を立ち上らせながら、彼は三人に詰め寄る。
ぶちぶちにブチ切れてる。
「今すぐ一発ずつ俺に殴られた後、ここから失せろ。お前等の指図なんか受けねぇし、お前等に頼るつもりもねぇ。妖魔の問題は俺とこいつで解決する」
そう言って、爆雷は小恋の肩を叩く。
「こいつには妖魔を探知する力があるし、戦闘力もある。お前等の仕事なんざハナッからねぇんだよ」
「妖魔を……探知?」
すると、爆雷の説明を聞いた《退魔士》達が、三人揃って呆れたような表情になった。
なんだろう? 何か、変な発言があっただろうか?
「まったく、何をいい加減なことを――」
「へぇ、それは面白い」
そこで――その場に声が響き渡った。
《退魔士》達三人のものでも、小恋のものでも、爆雷のものでもない。
また新しい、声。
その声は、全員の頭上から降って来た。
皆が見上げる。
内侍府の建物の屋根の上に、一人の男が座っていた。
道士の服装に似ているが、全体的に黒を基調としていて怪しい雰囲気がある……そんな衣裳を着ている。
長い黒髪を後ろで一つに束ね、顔に《退魔士》達同様入れ墨が入っている。
顔立ちは整っているが釣り目だ。
どこか、狐を連想する。
「烏風! 貴様、消えたと思ったらそんなところで何をしている!?」
屋根の上の男――烏風に向けて、坊主頭の男が叫ぶ。
「どこに行っていた!?」
「どこにも。ただここにいただけさ。あんた達と同類だと思われたくないのでね」
どこかうんざりした顔で、烏風は吐き捨てる。
「勝手な行動をするな! 今日貴様を連れて来たのは、仮にも我等《機関》の中でも五本の指に入る実力者である貴様を宮廷に売り込む意味もあって――」
「ああ、嫌だ嫌だ、そういう下らない政略に付き合わされるこちらの身にもなってほしいね」
はーあ、っと溜息を吐く烏風。
「……それよりも、さっきの話は本当かい?」
ふわり。
気付けば、烏風は小恋の目前に着地していた。
「妖魔の気配を探知できる……それは本当かい? 思い込みや勘違いじゃなく? それとも、まさかそれが君の《退魔術》なのかい?」
「《退魔術》?」
聞き慣れない単語に、小恋は小首を傾げる。
「……嘘は吐いていない目だ。なんだ、本当に何も知らないのか? 果たして才能なのか、紛い物なのか……」
はははっ、と、烏風は軽快に笑った。
「面白い。ならば、その実力を確かめるとしよう」
「おい、烏風、何を勝手に――」
坊主頭の男が何か言おうとしたが、それを烏風が目で制す。
「どうやら、この子達はあんた達を信用できないようだ。けど、あんた達もこの子達に任せて引き下がるのは嫌なんだろう? せっかくの大仕事、太客を掴むチャンスが来たのだから」
烏風は言う。
「だから、勝負するのはどうだろう?」
「勝負?」
小恋が呟くと、烏風は笑顔で頷く。
「そう。君達と彼等。後宮側と《退魔士》側。どちらが先にこの問題を解決できるか」
烏風は再び、視線を《退魔士》達に向ける。
「《退魔機関》側が勝利すれば、それがそのまま機関側の実力と信用の証明になる。今後の宮廷での問題は《退魔機関》を頼ってもらえばいい」
逆に――と続け。
「《退魔機関》側が負けたら、大人しく引き下がる。四の五の言わず、言われた事だけ協力すればいい」
「ちょっと待て、烏風」
そこで、髭面の男が言う。
「仮に勝負するとして、お前はどちらに付く気だ」
「私はどちらにも付く気はないよ、あえて言うなら審判かな」
「そんな事だろうと思った……勝負だのなんだのと言って、貴様が単純に働きたくないのと、楽しみたいだけだろ!」
小恋が烏風を見る。
烏風は明後日の方向に視線を流していた。
「おい! 聞いてるのか烏風!」
「あー、うるさいうるさい。でも互いの利害が一致してるんだし、いいじゃないか。どうせ力を合わせて協力体制なんて出来る状態でもないんだし。何か問題があるかい?」
「わかった」
そこに、水もやって来る。
「《退魔機関》、貴殿等の協力に関して考え直していたところだが……今言ったような勝負という形式なら、陸兎宮への立ち入りを許可しよう」
「本気ですか、内侍府長」
爆雷が思わず聞き返す。
それに対し、水は頷く。
「良い機会だ、連中の実力も測り、お前達の実力も測る物差しになる。どちらに転ぼうとも、問題が解決できればこれ以上は無い。それに……」
そこで、水が小恋を見る。
ん? なんだろう?
「……それでいいか?」
少しの間の後、水は小恋に問うてきた。
「え? まぁ、別にいいですよ。邪魔さえされなければ、やること自体は変わらないと思うので」
と、いうわけで。
《退魔機関》vs小恋・爆雷。
どちらが今回の宮の問題を早く解決するか、勝負となった。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
そして、時間は経過し――。
日が沈み、昨日宮女が悪霊に襲われた時と同じくらいの時刻が迫る。
小恋と爆雷、そして《退魔士》達は陸兎宮へとやって来た。
宮女達や楓花妃には、できるだけ外出せず一塊でいるように朝の内に指示していたので、小恋と爆雷は彼女達の元に行く前に、敵が出現した際の入念な打ち合わせをすることにした。
《退魔士》達は、宮内を見回ってくると言って行ってしまった。
「……で、なんで、お前はこっちにいるんだよ」
「昼間にも言っただろう? あいつ等と一緒には居たくないんだ」
そしてその場には、烏風もいる。
「あなた達……えーっと、《退魔機関》って、あまり内情はよくないんですか?」
「はははっ、まぁ、色々とあるんだよ」
小恋が聞くと、烏風は皮肉気に答えた。
「今の《退魔機関》は、紛い物が本物を駆逐し、偽物がハバを利かせて、結果腐敗してしまった集団なんだ」
「……?」
「ふんっ、ここにいたか」
そのタイミングで、小恋達の前に三人の《退魔士》達が戻って来た。
「まったく、あの内侍府長も疑り深い。大人しく我々に任せておけばいいものを……」
「どこに行ってたんですか?」
なんとなく嫌な予感がして、小恋は《退魔士》達に問い掛ける。
「ああ、宮女達に、宮内で普通に行動するよう指示してきた」
「……は?」
髭面の男の言った言葉に、小恋は絶句する。
「昨日被害に遭ったのは宮女なのだろう? なら、標的が引き籠っていては悪霊も活動を起こさない。いわば、悪霊をおびき出すための撒き餌だな」
「我等がいくら言っても言う事を聞かなかったが、そこの小娘(小恋)の名前を出したら大人しく従ったわ。礼を言っておこう」
「お前等、超ド級のクソ馬鹿か!? 何やって――」
「シッ、爆雷、落ち着いて。大丈夫」
切れる爆雷に対し、小恋は即座に探知を開始していた。
「もしも怪しい気配を察知できたら、すぐにすっ飛んでくよ」
小恋は意識を集中する。
全身の神経を逆立て、皮膚感覚の全てを妖魔の気配に向ける。
――瞬間、気配の発生を感じ取った。
「……! あっちだ!」
――と、小恋が叫んだ瞬間、真逆の方向から悲鳴が聞こえた。
「おお! 釣れたぞ!」
《退魔士》達は悲鳴の方に意識を向けているが、小恋は自分が感知した方向に走り出している。
「おい、小恋!」
その後を、爆雷が追い駆ける。
「何している! 悲鳴は向こうだぞ!?」
「放っておけ! 我等だけで対処すればいい!」
そんな二人には目もくれず、《退魔士》達は悲鳴の方に向かう。
「おい、いいのか! 確かに向こうからも悲鳴が聞こえたぞ!」
「〝あっち〟は大丈夫だよ、多分だけど。百歩譲って何かあったとしても、あの人達がどうにかしてくれるでしょ」
爆雷の懸念を、小恋は無害と断言。
二人は、自分達の目的地に向けて疾駆を継続する。
「………」
そして、一人残された烏風は、数秒の黙考の後――小恋達の後を追いかけ始めた。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
数十秒後――小恋と爆雷は気配の発生源に辿り着く。
「こ、来ないで!」
「楓花妃様、お逃げください!」
前方を見ると――廊下の先に、数名の宮女達が。
加えて、彼女達に守られるようにして、楓花妃の姿があった。
(……信じられない、楓花妃様まで外に出るよう嘯いていたのか、あの《退魔士》ども!)
怒ると同時に、小恋は気付く。
そんな彼女達に襲い掛かろうとしている、大柄な熊のような男の姿がある。
「鉄だ!」
爆雷が吠える。
あれが、処刑された罪人、鉄凍郷。
まさか、本当に悪霊なのか?
(……か、どうかは、これで確かめる)
瞬時、小恋は服の下から弓と矢を取り出す。
矢を番え、発射――。
放たれた矢は空気を切り裂き――鉄の頭を、真横から貫いた。
命中。
衝撃で、鉄の体が崩れる。
「ああ! 小恋!」
「小恋じゃ!」
「みんな大丈夫!?」
小恋の姿を確認し、楓花妃と宮女達は安堵の声を漏らす。
しかし、瞬間、頭に矢が突き刺さった状態のまま、鉄が呻き声を上げながら起き上がった。
「んだ、ありゃあ! 生きてんのか死んでんのかどっちだ!?」
爆雷が叫ぶ。
更に、異変は続く。
廊下の軒先――庭の方から、物音が。
瞬く間、更に一人、二人、三人……何人もの男達が、獣のように喉を鳴らしながら現れ、楓花妃と宮女達を取り囲み始めた。
「なんだ、あいつ等! どこから湧きやがった!?」
「爆雷!」
動乱する爆雷に対し、小恋が叫ぶ。
その声に、爆雷はハッとする。
そうだ――敵は複数、だが小恋の矢が命中したという事は、物理的なダメージは与えられる。
少なくとも、悪霊などではない。
となれば、爆雷の仕事は単純明快だ。
「どぉぉぉぉおおおおおおおおおおおりゃああああああっ!」
爆雷、全力疾走、からの跳躍、からの飛び蹴り。
数体の男達が吹っ飛ばされる。
更に振るわれた剛腕により、また一体庭の方へと殴り飛ばされた。
「大丈夫ですか? 楓花妃様」
「あ、あれはなんじゃ!」
暴れ回る爆雷と、何体もの奇怪な男達の方を見て、楓花妃が怯えながら叫ぶ。
「あれはゴリラです」
「ゴリラって何じゃ!? そうじゃなくて、あの連中は一体何者なのじゃ!」
「本当に悪霊なの?」
「いえ、悪霊ではなさそうですね」
その場に一緒にいた、宮女長の真音の問いに、小恋は答える。
小恋は、敵の姿を見て考える。
連中の姿、一連の現象……飛頭蛮同様、父から教わった知識の中に、似たような記憶がある。
(……もしかしたらだけど……)
「くそっ! いくらぶっ飛ばしても立ち上がってきやがる! 埒が明かねぇ!」
片っ端から殴り、蹴り、叩き伏せても、まるでダメージが無いかのように起き上がってくる男達。
鉄に至っては、頭に矢が刺さった状態で襲い掛かってくる。
爆雷も苦戦を強いられているようだ。
そこで――。
「おっと、これは本格的にまずい事態じゃないか」
その場に追い付いた烏風が、両手を「パンっ」と、打ち鳴らす。
「《退魔士》として力を貸そう」
そこで――不可思議な現象が起こった。
手を打ち鳴らした烏風の足元に、沼のような黒い円が滲み出る。
そして、その黒い円から湧き出るように、何か、黒くて小さく丸い……しかし、赤い二つの目がついたものが、何匹も現れ出した。
その黒い塊達は『きゅー』『きゅー』という鳴き声(?)を発しながら、男達の体に纏わり付いていく。
「ああ!? なんだ、この饅頭みてぇなのは!?」
ついでに、爆雷の体にも纏わり付いている。
そのせいで、全員身動きが取れなくなっているようだ。
「あれは……」
「魑魅魍魎さ、私が使役している」
小恋達の元へ、烏風が歩み寄ってくる。
「これが私の《退魔術》だよ。それよりも……」
そこで烏風は、身動きが封じられたことにより動きが鈍っている男達の姿をよく観察する。
全員揃って、白く濁った眼、青白い肌、涎を垂らす口元には牙……。
「なるほど、これは……」
その様子を見て、烏風は納得がいったように呟く。
「「僵尸」」
偶然、小恋と烏風の声が重なった。