◇◆十三話 陸兎宮再生計画◆◇
さて。
真音や紫音をはじめとした、戻ってきた宮女達の協力も得て、陸兎宮内の掃除はだいぶ進展した。
小恋は遂に、陸兎宮再生計画を開始する。
「けれど、具体的には何をするの?」
陸兎宮の一室に集まった宮女達は、小恋を前に皆困惑している。
まぁ、彼女達にとっては、きっと馴染みの無い作業だ。
そこで、小恋は説明する。
ここは呪われた宮と言われており、ほとんどの人間は気味悪がって近付かない。
宮女や宦官だけでなく、大工や職人なんかも警戒して来やしないだろう。
なので、小恋が陣頭に立つことにしたのだ。
「まぁ、増改築ですね。この宮の壊れているところや悪いところを、直したいと思います」
「そんな大規模な事……私達だけでできるのかしら?」
「大丈夫です。危ない仕事は私と、あと彼がやりますので」
「あん?」
そこで小恋は、ぼうっと突っ立っていた爆雷を指して言う。
「なんだ、俺を都合よく使おうって魂胆か」
「当たり前じゃん、そのために呼んだんだから」
「お前な……」
グッと顔を近づける爆雷。
強面の彼の顔が至近距離に来れば、大概の人間は男女問わず戸惑ってしまうだろう。
しかし、小恋は目線を切らない。
「衛兵の稽古に無理やり参加させたりしたんだから、私のお願いだって聞いてよ」
真っ直ぐ見詰めたまま言い放つ小恋に、爆雷も嘆息を返す。
「……しょうがねぇな」
「今度は、私が料理をおごるからさ。にんにくチャーハンで良い?」
「良い。大好物だ」
そんな小恋と爆雷のやり取りを、宮女達はまじまじと眺めていた。
「……? 何か?」
「いいえ、衛兵と仲が良いのね、小恋」
「後宮の女は、むやみやたらに男性と仲良くしちゃいけないから。なんだか新鮮」
と、宮女達は盛り上がっている。
さて。
というわけで、早速協力して増改築作業を開始する事になった。
小恋が倉庫から持ってきた材木や道具を使って、壊れている床板や柱を補修していく。
加えて、先日炎牛宮の物置部屋を片付けた時の要領で、綺麗に清掃もしながら。
更に、小恋と爆雷は協力し、雨漏りしている天井も補修をする。
「さてと……ん?」
修繕作業を行いながら、宮内を見て回っていた小恋。
そこで、少し気になる場所を発見した。
「ここら辺、なんだかカビが生えてますね」
廊下の一角、そこだけ、壁や床に黒い斑点が見当たる。
なんだか、ジメっとした空気を感じる。
普通なら日の光が差し込む場所に、明らかに邪魔な壁がある。
これでは日当たりが悪い上に、空気の流れも良くない。
「この壁……邪魔ですね。壊せないんですか? そもそも、なんでこんなところに壁が?」
小恋は、一緒にいた楓花妃を振り返って問う。
「その壁は、右府大官様が書かれた詩が記されたありがたいものなので、壊せないのじゃ」
楓花妃が説明する。
なるほど、確かにこの壁には、ミミズがのたくったような筆の書が書き込まれている。
右府大臣とは、まぁ簡単に言ってしまえば、皇帝に次ぐくらい偉い人の事だ。
「この宮が完成した時に、詩に趣の深い右府大臣様が記念に記したということで……」
つまりは、お偉いさんの気紛れという事か。
「よし、壊しましょう、こんな邪魔なもの」
「ええ!?」
即答する小恋に、楓花妃は驚きの声を上げる。
「爆雷、パンチ」
そして有無を言わさず、爆雷が鉄拳で粉砕した。
「な、なななな……よ、良いのじゃ? こんなことをして……」
「まぁ、何か言われたら私と爆雷が遊んでて壊しましたと言ってもらえれば大丈夫です」
「いや、全然大丈夫じゃねぇだろ、それ」
ぽかんとしている楓花妃を前に、さっさと撤去作業を進める小恋。
壊れているところだけでなく、おかしなところや機能的不備も、ちゃっちゃと直していく。
更に――。
「小恋、こんな感じでいいのかしら?」
何人かの宮女達が、衣類を入れる籠を持ってくる。
それらの籠は、通常の籠とは違い、上に被せる蓋以外にも、横にパカッと開く形の開け口がつけられていた。
小恋が作った見本を手本に、宮女達に細工してもらったものだ。
「横も開くようになったけど、これで何か意味があるの?」
「場所を取らせないために籠を積んで使う時、例えば下の方の籠に入っているものはいちいち上の籠を下ろさないといけないじゃないですか? これならいくら積んでも、下の方のものも横から取り出せられるんです」
そう言われ、宮女達は「なるほど」と納得する。
要は、籠を積み上げて箪笥のようにも使えるという事だ。
「衣類なんかを片付ける時便利なんですよ。例えば、季節の服を交換するときとか、いちいち暑い季節の服と寒い季節の服を一気に入れ替えたり、大掛かりな衣替えをしないでいいですし、好きな時に好きな場所から服を取り出せるので」
「箪笥ほど重く大掛かりじゃないから、バラバラにして簡単に移動できたりできるわけね」
「へ~、良いアイデアね」
と、皆感心していた。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
そんな感じで作業を続け、夜。
「ふぅ~……皆さん、今日はお疲れさまでした」
とりあえず、今日の作業は終了。
陸兎宮の状態は、かなり改善……それこそ、正常さを取り戻し始めていた。
「小恋、本当によく働くわね。凄い体力」
「色々と斬新なアイデアを持ってるけど、どこで学んできたの?」
作業が終わると、真音や紫音をはじめ、宮女達が小恋を囲み色々と話を聞いてくる。
その時だった――。
「キャァァァァアっ!」
「……え?」
――どこからか、悲鳴が聞こえた。
「なに、今の……」
「悲鳴?」
「はい、確かに聞こえました」
困惑する宮女達の一方、小恋と爆雷はすぐに意識を切り替える。
「……そういえば、調理場の方に、夕食を準備しに行った子が……」
「爆雷!」
「おう!」
瞬間、小恋と爆雷は走り出す。
先程、悲鳴が発生したと思われる場所――調理場へと向かう。
しかし、そこに人はいない。
すぐに外へ出て、調理場の周辺を探索――。
「いた!」
軒先の中庭に、一人の宮女が倒れているのを発見する。
すぐさま、小恋と爆雷は彼女へ駆け寄る。
「どうした!」
「あ、ああ……衛兵様……」
完全に怯え切った様子で、宮女は声を振り絞る。
「お、襲われました……」
「襲われた? 何者にですか?」
小恋が問う。
「な、なにもの? ……ありえない、だって、あの顔は……」
その小恋の質問に対し、宮女はまるで自問自答するように繰り返し……やがて、その名を口にした。
「……鉄凍郷」
「ああ?」
その名を聞き、思わず爆雷が鼻白んだ。
「爆雷、知ってるの?」
「……罪人だ」
爆雷は言う。
「殺人の罪で投獄された罪人で、先月処刑された。あの、鉄の事を言ってるのか?」
「はい……間違いありません……偶然、私は連行されていくところを見掛けた事があるのですが……あの顔は忘れません……」
自身の体を抱きしめ、震える宮女。
その様子から、錯乱し見当違いなことを口走っているとも考えにくい。
「死んだはずの罪人が、現れた?」
そこで、小恋と爆雷は気付く。
その場に、他の宮女達も到着を果たし、そして襲われた彼女の話を聞いていたようだ。
「また怪奇現象が……」
「やっぱり、呪われてるんだ……」
「呪われた宮に吸い寄せられて、死者の怨念が現れたんじゃ……」
「落ち着いて。なんで罪人の怨念がこの宮の人間を襲うんですか」
冷静に、小恋は言う。
おそらく、これはきっと、この宮を貶めんとする悪意を持った妖魔……。
もしくは、妖魔を操る同様の何者かの仕業だと思われる。
(……けど、今のままじゃ手掛かりが無さすぎる……)
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
――翌日。
「鉄凍郷の悪霊が現れた……か」
「はい。ですが、おそらくは別の可能性も考えられます」
内侍府、内侍府長執務室。
小恋と爆雷は、早速、昨夜起こった現象を水へ報告に来ていた。
「確かに、鉄の処刑は先日行われた。その死は確実に報告されている……となれば、悪霊と考える他ないか」
「現状では情報が無さすぎますが、おそらく同様の事件が今後も陸兎宮で起こるでしょう。私と爆雷で対処したいと思います」
「うむ……わかった」
水が頷く。
その時だった。
「水内侍府長」
執務室に、数名の宦官がやって来た。
どこか慌てている様子だ。
「何の騒ぎだ?」
「大変です。〝例の者達〟が、内侍府長に会わせて欲しいと――」
(……例の者達?)
小首を傾げる小恋。
その視界に、宦官達を押しのけ、数名の男達が現れた。
「失礼する!」
何やら怪しげな服装や装飾品を纏い、顔や腕に奇怪な文様の入れ墨を入れた男が、三名程。
「我々は対妖魔殲滅組織、《退魔機関》より参った! 内侍府長殿、報告された相談事の件! 是非とも詳しくお聞かせ願いたい!」




