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◇◆十話 陸兎宮の妃◆◇


「私に……皇帝陛下が自ら、命?」


 突然のことに、小恋(シャオリャン)も動揺を隠せない。


「貴様! いいから早く頭を下げろ!」


 宦官達が、相変わらず怒っている

 今、彼女達の前には一人の男性がいる。

 白銀の髪に白銀の瞳を持つ、どこか超然とした雰囲気の男性。

 この(シア)国の支配者――皇帝陛下だ。

 ジッと――彼の瞳が、小恋を見下ろす。

 小恋は慌てて、その場に膝をついて平伏した。


「下女、小恋。お前に、命を下す。我が妃の一人、楓花(ふうか)妃の住む陸兎宮へと向かえ」

「陸兎宮……」


 自分の出身と同じ州だ――と、小恋は呑気に思った。


「そこで、楓花妃の身の回りの世話に従事せよ」

「は……あの……ええと」

「口答えするな! いいから、黙って従うのだ!」


 宦官達が必死に叫ぶ。

 この場で、無知な下女に無礼な態度を働かせるわけにはいかないという、強い意志を感じる。

 まぁそれは措いといて――小恋は、彼等の言う通り黙って頷いた。


「………」


 皇帝は、そんな小恋の姿を黙ってしばらく見据えると――。


「……お前達は戻れ」


 と、宦官達に指示を下した。


「下女、こちらに来い」


 そして、小恋を連れてその場から離れようとする。


「陛下!? そのような下女とどちらに……」

「陛下の下知を怠らぬよう、我々が目を光らせますので心配は――」


 いきなりの事にあたふたと、宦官達が皇帝を止めようとする。

 そんな宦官達も、皇帝が一睨みすると、慌てて「ははー!」と頭を下げて引き下がった。


『ぱんだ!』


 子パンダが、小恋の太ももあたりをポムポムと叩く。

 小恋は黙って立ち上がると、先を進む皇帝の後へと続いていった。




◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆




「………」


 下女の寮から少し離れ、王城内にある竹林の中を進む。

 小恋は、黙々と先行する皇帝の後ろを、ただ付き従う形となっていた。

 しかし……この方が、皇帝陛下。

 髪の色も目の色も、まるで異国の人間のようだ――と、小恋は思う。

 そこで不意に、皇帝が足を止めた。

 慌てて小恋も立ち止まる。


「すまなかったな」


 振り返る皇帝陛下――その顔は、先程まで宦官達を前にしていた時の厳格でどこか機械的なものではなく、最初に小恋と会った時のような、自然なものに戻っていた。


「家臣の手前、あんな態度を取ってしまった」

「あ、いえ、大丈夫です。気にしていませんので」


 態度から硬さが抜けた皇帝に、小恋も平素のキャラに戻る。


「って、申し訳ありません。なんだか、凄く失礼な言い方しちゃいましたね、私。山育ちで教養が無いので……」

「大丈夫だ。私も気にしていない」


 皇帝は、ふふっと口元のみで笑う。


雨雨(ユイユイ)を世話してくれていたんだな、ありがとう」

「ユイユイ?」

『ぱんだ~!』


 子パンダが、皇帝の足元でコロコロと転がっている。

 なるほど――どうやら、あの子パンダの名前は、雨雨というらしい。


「先程の命だが」


 皇帝は、そんな雨雨を微笑まし気に見下ろした後、小恋を見る。


「はい」

「金華妃から、お前の評判を聞いた。それを見込んで頼みたい。楓花妃を助けてやって欲しい」


 真剣な表情で、皇帝は言う。


「これは命令と言うよりも、私自らのお願いに近い。頼んだぞ」

「………」

「さて、雨雨。そろそろ帰ろう」

『ぱんだ!?』


 そこで、皇帝の言った言葉に、雨雨はびっくりして立ち上がってしまった。


『ぱ、ぱんだ~?』


 小恋と皇帝を交互に見て、目をぐるぐると回し。


『ぱんだ~!』


 と、しまいには頭を抱えてしまった。

 かなり悩んでいる様子だ。


「はは、冗談だ。皇室の中では退屈だったのだろう。気が済むまで遊ぶと良い」


 そんな雨雨に、皇帝は言い。


「いいかな、小恋」

「あ、はい」


 そうして、皇帝は去っていった。


「なんと言うか……最初から最後まで、謎な雰囲気の人だったな」


 まぁ、それが殿上人――皇帝陛下なのだろう。




◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆




 さて、そのような経緯があって、翌日。


「えーっと……ここ、だよね」


 小恋は早速、陸兎宮へと訪れていた。


『ぱんだ!』


 その後ろには、雨雨がてふてふと付いてきている。

 今回の、皇帝陛下自らが後宮の下女に直接命令を下すという事態は、やはり異例の事だったのだろう。

 あの後すぐ、小恋は内侍府長の(スイ)に呼び出されていた。


「……まさか、陛下が直接来るとはな」


 内侍府長室の執務机の上で、水も頭を抱えていた。


「なんというか……自由な方なんですか?」

「……ここは陛下の邸宅、宮廷だ。邸宅の主が、自身の家の中で歩き回ることは別におかしなことではないが、しかし、下女に直接会いに来るなど……」


 まぁ、いい、済んだことは。

 と、水は小恋へと説明を開始した。

 現在、陸兎宮の楓花妃は第十一妃。

 第十二妃は、大降格&放逐となった塁犬(るいけん)宮の月光げっこう妃の事なので、実質最下位である。


「それには様々な理由があるのだが……おそらく、自身で会って見てみるのが一番だろう」


 と、水は言っていた。


「……とは聞いていたけど」


 そして小恋は現在、陸兎宮を訪れ、彼の言葉の意味を理解した。

 ボロボロだ。

 掃除がきちんとされていないのか、廊下は埃だらけで、あちこちに不要な荷物や何やらが放置されている。

 庭の雑草も伸び放題で、庭園が台無しになっている。

 ところどころ雨漏りの後も見当たるし、老朽化か破損か、ともかく天井や床が壊れているところも多い。

 単刀直入に、汚い。

 こんな宮に、皇帝陛下を招くことなんてできるはずがない。

 それになんだか、昼間だというのに宮全体が薄暗く湿っている印象を受ける。

 汚い上に、薄気味悪い。


「仕えているはずの宮女の姿もどこにも見当たらないし……」


 どうなってる?

 その人達は、仕事をしていないのか?

 疑問に思いながら、小恋は宮の奥――妃の部屋へとやって来た。


「楓花妃様。小恋、参りました」


 扉越しに、挨拶をする。

 ………。

 ……返答は無い。

 扉を開ける。

 窓も閉め切られた薄暗い部屋の中、寝台の上に、人影が見える。


「……誰じゃ?」

「……え」


 子供だった。

 おそらく、小恋よりも年下だろう。

 長い黒髪は縛りも整えもされず、ざっくばらん。

 しばらく着替えていないような、寝間着姿。

 寝台の上で、ゆっくり体を起こす。

 まだ年端も行っていない――子供。


「えーと、楓花妃様?」

「……何の用じゃ?」


 楓花妃は、心底ダルそうな声で言う。

 眠たそうな半眼で、小恋を睨みつけながら。


「こんな呪われた宮に、客人とは」

「呪い? ……えーっと、初めまして、下女の小恋です。宮の掃除とか色々、それと楓花妃様の身の回りのお世話をしにまいりました」


 楓花妃は、胡乱そうな目で小恋はじっとり見詰めると。


「……いらぬ」


 そう、掠れた声で呟いた。


「妾は誰の助けもいらぬ。お前も帰れ……どうせ、妾を呪われた宮のダメな妃と思っているのじゃろう」

「………」


 なんだか腐っちゃってるな、この子。

 小恋は、寝室の中を見回す。

 この部屋も、ゴミ屋敷と化している宮と一緒の惨状だ。

 至るところの汚れはもちろんの事、衣服や食器、食べ物の残りが散乱している。

 なんという汚部屋。

 確かに、これは呪いの宮だ。

 いるだけで病気になりそうである。


「……ふ~~」


 深く深く、小恋は溜息を吐く。

 ――そして。


「はいはいはいはい! 掃除しますよ、掃除!」


 パンパンと手を鳴らし、寝室の窓をバーン! と叩き開いた。

 小恋のいきなりの行動に、寝台の上での楓花妃もびくっと体を揺らす。


「まずはこの部屋です。あーもー、不健康的ったらありゃしないね、こりゃ。さ、立って立って」

「な、何をするのじゃ無礼者!」


 寝台の上の楓花妃を、小恋はひょいっと持ち上げる。

 もの凄く軽い。

 大丈夫かな? この子、ちゃんと食べてる? と不安になるくらいだ。

 何はともあれ、楓花妃をペッと外に追い出し、小恋は不潔な寝室の掃除を始める。

 ――やがて、掃除終了。


「い、一瞬で綺麗になったのじゃ……」


 しばらく宮の中をうろついていた楓花妃が戻ってくると、寝室の中を見て驚いている。

 シーツや寝具の類は、一通り交換し、使用済みのものは洗濯して干した。

 床や壁、天井も、この前作った洗剤なんかを使い、綺麗に。

 ゴミや不要物はまとめて捨て、散らばっていたものは整理整頓。

 とりあえず、寝室は元に戻った感じか。


「さてと、とりあえずまともな部屋が出来上がったところで。楓花妃様、ちょっとお話を――」


 と、小恋が口を開こうとした――その時だった。


『ぱんだー!』


 雨雨が、何かに反応している。

 見ると、大きな白い塊が、ふもふもと動きながら寝室の中に入って来た。

 妖魔!? ――と、一瞬身構えたが、どうやら違う。


「う、ウサギ?」


 それは、兎だった。

 通常の小さな兎とは違う、真っ白い毛で覆われた真ん丸の兎だ。


「……陛下からいただいた、贈り物じゃ」


 そこで、楓花妃が呟く。


「陛下が、各宮の妃に、故郷の州の名を冠した贈り物がされたのじゃ……妾は陸兎州の出ということで。北国の兎らしい。寒さに強くなるために、体が大きいのじゃと」

「へー」

『ぱんだ!』


 雨雨が、前脚で兎をつつく。

 ズボッと、もこもこの兎の毛の中に足が沈み込んだ。


『ぱんだ~!』


 ちょっとパニック状態になってしまっていた。

 ちなみに、兎の方は無反応である。



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― 新着の感想 ―
[一言] パンダに引き続きもこもこのウサギですとぉ!? なんだこのもふもふ天国は!(笑)
[良い点] ぱんだの名前が判明!! [一言] かわいい×かわいいで最強!
[良い点] うさうさ 皇帝いい人だw
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