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◇◆プロローグ 小恋◆◇


 ――どうしてこうなったんだっけ?


「間も無く、第一妃、月光(げっこう)妃様がお帰りになる。皆の者、丁重にお出迎えせよ」


 烏の濡羽のような黒髪に、団栗眼の少女――小恋(シャオリャン)は、居並ぶ宮女や宦官達と一緒に立ち、妃の出迎えをしている。

 彼女は今、絹の服を着ている。

 いつも着ていたゴワゴワの麻の服とは、肌触りも匂いも何もかもが違う高級品だ。

 金色、赤色、様々な色で刺繍の施された襦裙(じゅくん)の上に披帛(ひはく)を纏う格好。

 こんなひらひらして胸元の開いた服、今まで着たこともなかった。

 ここは宮廷。

 華やかで煌びやかな装飾に満ちた、後宮の中。


「………」


 今一度、考える。

 どうしてこうなっちゃったんだっけ? ――と。




◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆




 ――山の中で一人暮らしをしていた小恋(シャオリャン)は、ある日いきなり後宮の宮女として雇われることになった。


『お前が、シャオリャンという名の娘か?』

『……? あ、はい、そうですけど』


 ある日、山の麓でキノコ狩りをしていると、馬に乗った高級そうな身形の男性が数人やって来たのだ。

 その中で、一番偉そうな雰囲気の髭を伸ばした男性が、小恋を見るなりそう問いかけてきた。


『近くの村で聞いたのだ。村はずれの山の中で、一人暮らしをしている風変わりな娘がいる、と。人里にあまり寄り付かない変り者だが、器量はそれなりに良いとな』

『………』


 ――なるほど、〝生贄〟にされたのか……と、小恋は思った。


 この男達はおそらく、人買いの類だろう。

 かつて父から聞いたことがある――貧乏な村を回っては人を攫い、金持ちや妓楼等に売る業者がいると。

 小恋は、子供の頃から両親と一緒にこの山の中で暮らしていたが、今は父も母もいなくなり独り身である。

 村の人間が、村の娘を取られないために、自分を売ったのだ――と、小恋は嘆息した。


(……しかも、器量もそれなりに良いとか、尾ひれまで付けて……)


 小恋の格好は、お世辞にも綺麗やかわいいなどと呼ばれるような姿ではない――と自分では思っている。

 適当な長さに伸ばされたボサボサの髪に、見栄えよりも機能性と空調性を重視した服装、更には野生動物犇めく山の中で生き残るための装備の数々。

 母がいた頃は、もっとマシな姿に整えてくれていたのだが……。


『ふむ……』


 馬から下り、自身の顎を摩りながら値踏みするような視線を向けてくる髭の男を、小恋は睨む。

 正直、自分は非力な小娘だ。

 相手は大の男が四、五人……抵抗するだけ無駄かもしれないが……。

 そう頭の中で考えていた小恋だったが、髭の男が次に口にした言葉は、予想外のものだった。


『喜べ、小恋。お前を、後宮に召し抱える』

『……へ?』


 こうきゅう?

 後宮って……皇帝の妃達が暮らしてるっていう、あの?

 母さんが時々語っていた……そう、〝母さんが昔暮らしていたと話すことがあった〟あの?


『お前を皇都の宮廷――後宮の宮女にしてやろう!』




◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆




 この国は、(シア)と呼ばれる大国である。

 かつて争い合っていた十二の国が、一つの国に統一され出来上がった、大陸全土に渡る広大な国だ。

 十二の国は、今は十二の州となっている。

 ちなみに、小恋(シャオリャン)が暮らしていたのは、その内の一つ陸兎(りくと)州の片田舎である。

 今この国を治めているのは、かつて十二の国を一つに纏め上げた王の血族――皇帝と呼ばれる人物だ。

 そして、現皇帝が住まう夏国の中心こそ、大都会――皇都である。


『ほえ~……』


 皇都に連れて来られた小恋は、初めて見る都会の風景に目を輝かせた。

 馬に乗った騎兵や、真っ直ぐ地の果てまで続いているんじゃないかと思わせるほど立ち並んだ商店。

 道を行き交う人物も、老若男女多種多様だ。


『これが、都会……』

『ははは、野良娘には初めて見る光景か?』


 自分をここまで連れてきた、髭の男が笑っている。

 この男は人買いではなく、宮廷に仕える役人の一人らしい。

 国を巡っては目ぼしい人材を選抜して回っている、言わば採用官なのだとか。


『ほれ、ぼうっとしている場合ではないぞ。とっとと宮城に向かわねば』

『………』


 なんだか、あっさり決めてしまったけど、本当にこれで良かったのかな?

 妓楼や金持ちに売り払われるわけではなく、皇帝のお膝元の後宮で働く。

 そう言われた時、小恋の頭の中には病でこの世を去った母の顔が過ったのだ。

 母も、かつては後宮にいた……と、幼い頃聞いた記憶がある。


(……母さんが、昔居た場所……)


 両親はもういない。

 今住んでいる場所に、そこまで未練もない。

 何より、大都会――母の面影が残る場所に行けるという興味から、小恋は気付けば「ふんすふんす!」と元気良く採用官についてきてしまっていた。

 しかし、今更悩んでいても時間は待ってはくれない。

 そこからは、あれよあれよという間に宮城へ向かい、広い敷地の中を右へ左へと歩き回った後、後宮へと足を踏み入れ――。


『何、この娘は? ぼろ切れみたいな服着て、髪も梳かさずに』


 そこで紹介された先輩宮女に呆れられながら、一気に身形を整えられ――。

 あっという間に、宮女の佇まいにされてしまっていた。


『うわ~、落ち着かない……』


 日頃は、麻で作った簡素な服か、獣の毛皮なんかを着ていたので、ひらひらした絹の服に慣れていない小恋だった。


『ほら、準備が済んだらさっさと来な。あんたの働く場所に行くよ』


 先輩宮女の後に続き、小恋は宮殿の中を歩いていく。


(……んん、なんだろう……)


 しかし……と、小恋は思う。

 一見は絢爛豪華に見える宮殿だが、その中を歩いていると、ところどころ老朽化してボロいところも見当たる。

 塗装のはげた柱、雨漏りしているであろう染みの残る天井、ギシギシと音のなる床……。

 そういった部分を見ると、どうしても彼女の中にある『直したい』という欲のようなものが刺激されてしまう。

 彼女は両親がいなくなった後、ずっと一人、山奥で暮らしてきた。

 自給自足――自分の暮らしは、自分で豊かにするしかない。

 そのため、家や道具など、壊れたものを直したりするのも日常茶飯事だったのだ。

 何より、手作りで色んなものを生み出す、そんな作業が好きだったし……。


『……おっと、違う違う』


 今の自分は宮女なのだから、もっとお淑やかにしていないと。


『着いたよ。ここが、あんたがお仕えする月光妃様の宮さ』


 そんな風に考えている内に、小恋は目的地に到着する。

 既に、彼女以外にも多くの宮女や宦官が居並び、長い廊下に列を作っていた。


『今から月光妃様が参られる、まずはお出迎えからだよ。くれぐれも、失礼の無いようにね』




◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆




 ――というわけで、回想から現在に戻る。


「……あれが、月光妃様」


 宮女と宦官達が作る列の中を、従者を付き従えさせ、一人の美女が歩き進んで来る。

 なるほど、確かに美人だ。

 その一着だけで屋敷の一つでも買えそうなほどの、高級品の着物を纏っている。

 美しい黒髪を飾る、貴金属の装飾品。

 艶を感じさせる化粧。

 整った顔立ちに、色気に満ちた切れ長の双眸。

 女性としての魅力に満ち満ちた、肢体。

 彼女が、小恋が仕える皇帝の妃の一人……第一妃、月光妃。

 後宮にはいくつかの宮があり、そこで各妃達が宮女を率いていると聞いた。

 第一妃……と呼ばれているのならば、彼女が妃達の中でも一番位の高い妃なのだろうか?


「………」


 しかし、なんだろう。

 確かに、見惚れるような美人だ。

 周囲の従者達も、宮女も宦官も問わず彼女の美貌に見惚れているように見える。

 だが、小恋(シャオリャン)は何か……何か彼女の雰囲気に引っかかるものを感じていた。


「……うーん」

「あら?」


 ちょうど、月光妃が目前を通り過ぎる――寸前だった。

 唸るように声を漏らしたのが聞こえてしまったのか、彼女が小恋の前で足を止めた。


「あ……」


 間近に立ち止まった絶世の美女が、小恋を長い睫毛の奥の目で見下ろしてくる。

 小恋はすかさず、ぺこりと首を下ろした。


「この女官は? 見ない顔ね」

「はい、新入りです。本日、陸兎州からやって参りました」


 と、隣の先輩宮女が紹介する。


「はじめまして、小恋です。よろしくお願いします」

「ふぅん」


 そこで、月光妃が手にしていた扇子の先を小恋の顎に当て、押し上げる。

 至近距離で、彼女は小恋の顔をまじまじと眺め、更に全身を舐めるように見回すと――。


「……ふふっ、馬子にも衣裳ね」

「………」


 ――あ、今何か嫌味なことを言われた気がする。


 そう、小恋は直感で理解した。


「申し訳ございません。見た通り、陸兎州の山で育った野良娘で、採用官が面白がって連れてきたもので」

「そう。あわよくば、皇帝陛下のお手付きになれるかもと、夢でも見て来たのね」


 口元に手を当てて、月光妃は優雅に笑う。


「まぁ、精々、戯れの相手程度にはなれるように、一生懸命己を磨くことね」

「………」


 小恋は、黙って首を垂れる。

 随分と嫌味を言われてしまった。

 しかし、周囲から聞こえてくるのは「気位が高い」「気品がある」「天の上の方」という称賛の声ばかりだ。

 ここの従者達は、皆彼女に洗脳されてしまっているのだろうか。


「月光妃様から助言いただけるなんて、あんたは幸せね」


 隣の先輩宮女が言う。


(……いやいや、何が幸せなもんなのか……ん?)


 その時だった。

 ちらりと、月光妃の背中に視線を向けた小恋。

 その瞳に、月光妃の体から、ぞわり――と、黒い瘴気のようなものが滲み出たのが見えた。


「―――」


 あれは……。

 直感が働いた。

 長年の山育ち……自然の中で、様々なもの……それこそ、生き物とも、〝そうじゃないもの〟とも命を懸けて戦い、生き抜いてきた小恋の直感が、一瞬で感じ取ったのだ。


 ――〝あれ〟は、〝良くない〟ものだ。


「――……っ」


 気付くと、小恋は動いていた。

 月光妃の背中に向かって、一気に駆け出し。

 そして、小恋の足音に気付き振り返った月光妃に向かって。


「なに――」


 ――横っ面に、小恋はビンタを叩き込んだ。


「へぶっ!」


 その美貌を張り飛ばされて、月光妃は無様な悲鳴を上げながら床の上に転がった。


 ――後に、皇帝からも一目置かれることになる『雑用姫(ざつようき)』、小恋の武勇伝の幕開けである。



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― 新着の感想 ―
[一言] 中華風の世界で日本人の記憶を持つ主人公がスカウトというならまだしも現地人がスカウトという言葉を使うのは 時代劇で御代官さまが若い女の子をピチピチのギャルよのうというような感じなんですけど
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