発動――分岐点からやり直せる最強スキル
次の日の二時間目は体育だった。
体育の授業は一組と合同で行う。男子は校庭でソフトボールをし、女子は体育館でたぶん今日もバスケットをしている。ダムダムと重いボールのバウンドする音が外まで聞こえてくる。
田舎の高校のいいところは、広い校庭とぬるい授業だ。ソフトボール場を二面とっても余裕がある広過ぎる校庭。先生は授業の指示だけを終えると、校庭の庭木の手入れに没頭するのが常だった。
「このグローブ、強烈に臭いなあ」
勲がそう言いながら左手からグローブを外してこっちに向ける。共用で使うグローブの匂いなんか……嗅ぐなと言いたい。
「臭いを知って嗅ぐはたわけってことわざがあるだろ」
「初めて聞いたぞ」
体育の後で手を石鹸で洗っても、しばらく臭いが残るのは仕方のないことだ。だからといって、素手でソフトボールを取るわけにもいかない。仕方なく俺も臭いグローブを左手に付けた。
ソフトボールのゲームというよりは、打ちっ放しのようなルールになっている。とりあえず3アウトになれば守備と攻撃が交替できる。酷い時は一回の裏が回ってこない時もあるのだ。一組の野球部員は、手加減ってのを知らない。
「アウト! チェンジ!」
大声で審判がそう言う。審判も一組の野球部がやっている。ちょっと一組ひいきなんだが、なんとか今日は一回の裏が回ってきた。
ガラガラガラ……。
ちょうど俺がバッターボックスに入った時、体育館の重いドアの一つが開き、女子が数人外へと出てきた。
遠目にだが橋本や制服姿のままの葵も見えた。体操服はまだ持っていないのか。
涼みに出てきたのか男子を冷やかしに出て来たのか分からないが、女子の前でいいところを見せたいのは男の生まれ持った習性と言っても過言ではない。
ヒュッーー!
その証拠に、ピッチャーも手加減してこない~。思いっ切り振り遅れてしまった。……ん。さっきのは、ソフトボールをオーバースローで投げてこなかったか?
「ットライーック!」
審判もいつも以上に声を張り上げるのが腹立たしい。声が裏返っているぞ。
二球目もキャッチャーミットに吸い込まれ、ツーストライクに追い込まれてしまった。女子の方からクスクス笑い声まで聞こえてくる……。意識してしまう自分が情けない。
ブオン!
三球目も空振りしたのだが、俺はそっと目を閉じた……。こんなことにしか使わなくなっていた分岐点からやり直しのスキル……。目を開けるとピッチャーは、もう一度三球目を投げてくる。
ブオン!
また空振りをした。だが、さっきよりもバットはボールに近付いている。また目を閉じた。
ブオン! ……ブオン! ブオン! ブオンブオンブオンブオンブオンブオンブオンブオンブオンブオンブオンブオンブオンブオンブオンブオンブオンブオンブオンブオンブオンブオンブオンブオンブオン……。
どんなにピッチャーが早い球を投げてきても、同じコースならいずれはバットの芯に捉えることができる。こう見えても俺は最強スキルのせいで並々ならぬ「いい格好しい」なのだ。
カキ―ン!
「やだ、凄い!」
「うそ……だろ」
打球は校庭の向こうまで放物線を描いて飛んでいった。体育とはいえ、野球部のピッチャーは茫然自失している。
――凄いだろ。プロ野球選手も夢じゃない。これが俺の真の力なのさ……。
まさか……三〇回も同じコースで飛んでくる球を打つためにやり直すとは。……少し子供じみたと後悔している。肉体は疲れていない筈なのだが、記憶では三二回もフルスイングしているから疲れたと錯覚してしまう。
悠然とダイヤモンドを一周した。
「すげーな弘人。女子が見ていると」
ホームベースを踏んだところで勲にそう言われた。
「え、女子が見ていたのか。気付かなかったなあ」
……うわー。わざとらしくてはにかんでしまいそうな台詞だ。チラッと女子の方を見ると、一組の女子がヒソヒソと噂をしている。その中には葵もいた。
……面白くなさそうに腕を組んで俺を見ているのは、たぶん嫉妬だ。焼き餅焼きだから。
体育が終り、着替えて教室へ向かう途中、橋本に出会った。
「一敷君、さっきのホームラン凄かったね」
「あ、ああ。まぐれだよ、まぐれ」
「格好良かったわよ」
ニコッと微笑んで教室へと戻って行った。
面と向かって格好良かったって言われると……照れるじゃないか。
読んでいただきありがとうございます!
ブクマ、感想、ポイント評価など、お待ちしております!
読んだくせに……!?




