目ざとい後輩
「こんにちは、……ゼーゼー」
「「こんにちは!」」
「遅くなって……すまない。ゼーゼー。今日は副主将は日直だから、少し遅くなるそうだ……」
あれから猛ダッシュで教室へ戻り、チラッと一組で橋本がまだ日直をしているのを確認し、慌てて弓道場まで走ってきた。おかげで汗でシャツがベトベトだ。額からも汗が流れ落ちる。十月とはいえ走れば熱い。直ぐにブレザーを脱いだ。
こう見えても俺は最強スキルのせいで、体力にはまったく自信がない。弓を引く筋力はついているが、長距離走や短距離走が中学生レベルなのをなんとか誤魔化して生きているんだ。ハア、ハア……。あーしんど。
この日は転校生の話でもちきりだった。
遅れて来た橋本の話によると、嘘か本当か知らないが、葵の父親は製薬会社の社長で、家は超がつくほどの大金持ちらしい。転校してきた理由も、「この街の風景が絵に描いたような美しさ」だそうだ。……お金持ちのやることは庶民に理解し難い。
母親も元女優で、結婚して引退したそうだが今でも根強いファンが多く、ブログなどの広告収入だけでも使えないほどの収入があるそうだ。
……あの性格でも……頷けてしまう。この世は理不尽にできている。
「羨ましいことこの上なしだな」
「離婚して実家に帰ってきたんじゃなかったのね」
橋本の口からもさっそく刺々しい言葉が零れる。
ないものねだりなんだよなあ……。人のことを妬ましいと思ってしまうのは必然的な感情だ。みんな幸せになりたいのだが、「幸せの定義」てのが人によってバラバラなのだ。
分岐点からやり直せる最強スキルがあるのに庶民的な生活しかできない俺って……。やっぱり努力が足りないんだろうなあ……。何に対しても。
「「ありがとうございましたー!」」
練習が終わり、道場の掃除と後片付けをしていたときだ。
「そういえば、一敷先輩、放課後四階の音楽室前にいませんでした?」
――はうっ! 見られていたというのか。
後輩の三谷潤也からの突然の攻撃――。表情は崩さないが、今のはダメージ大きかったぞ。
「あ、ああ。いた……かもしれない」
かもしれないって……駄目だろう。葵と一緒に歩いていたのを見られていたのかどうかなのが分からないと……返答に困る。道場内の片付けが終ったから自分の弓を片付け始めた。
女子は全員更衣室で着替えているのがせめてもの救いか。
「一緒に歩いていた女子って、誰だったんですか」
――目ざとい! そして聞かれたくないことを聞いてくるところが……あざとい!
見て見ぬふりスキルはないのだろうか。いや、見て見ぬふりをしてくれたからこそ騒ぎが大きくならなかったのかもしれない。女子の前で言わないでいてくれたことに感謝しないといけない……のか。だが、ちょっと待て。俺はなにも悪いことをしていた訳ではない。転校生に学校を案内していただけではないか。
振り回されてはいけない。やり直す必要は――ない。
「ここだけの話だが、実は転校生を案内していた」
「え? 一組の転校生を二組の一敷先輩がですか」
「ああ」
二年の事情までよく知っているなあと褒めてやりたい。絶対に褒めないが。
「何故ですか」
聞いてくるか、そこを――。「キスしたくせに」と脅されたからだとは言えない。
「下駄箱がどこか分からなくて困っていたから教えてあげただけだ」
「……下駄箱ですか」
――しまった!
下駄箱が四階にあるはずがない――。こんな事だから俺は最強スキルがあっても庶民暮らしを抜け出せないのか。
「ふーん。困っている人を放っておけない先輩って、流石ですね」
真剣な顔で感心しないで欲しい。いや、目は疑いの眼差しのままだ。
「そ、そうだろ。転校生はみんな不安と緊張で悩んでいるんだ。少しでも力になってあげないとな。それは男子でも女子でも同じなのさ」
女子だけに優しい男子なんて、真の優しさではない。たぶん。
「はい。失礼しました」
軽く礼をして三谷潤也は道場の掃除をしに戻っていった。
あー。面倒ごとにドップリと浸かっているのは何故だろう。これで葵が明日、ここでベラベラと余計なことを喋り出したら……。その時は確実にやり直しだな。
転校生とのゴタゴタに巻き込まれるなんて、俺らしからぬミス選択だ……。
次の日の放課後、、葵はご丁寧にも俺が一組の前を通るのを待っていた。
俺を見つけると笑顔で駆け寄ってくるのだが、俺はちょっと逃げたい気分なのは何故だろう。
「じゃあ行こっか、弓道部」
「……一組には副主将の橋本さんがいるって言っただろ。女子は女子同士で一緒に行った方がいいんじゃないのか」
我ながら名案だ。橋本は面倒事の丸投げも見事にキャッチしてくれる名捕手のはずだ。
「ひょっとして、わたしと一緒じゃ恥ずかしい?」
「恥ずかしいものか。だが、男子ならともかく、女子の転校生を転校した次の日にさっそく弓道部に連れてきたと思われるのは……」
よっ勧誘名人! と褒めてくれる者はいないだろう。いや、男子は褒めてくれるかもしれない。
引退した先輩や噂好きの女子の後輩に見つからないか心配でおどおどしてしまう。
「堂々としなさいよ。キ・ス・し・た・く・せ・に」
「ちょっと待ってくれ」
耳元で囁くような真似は、絶対にしないでくれ――!
ひょっとして、人の考えを見抜いて逆撫でするスキルでも持っているのかと疑いたくなる~。
周りをキョロキョロする。とりあえず弓道部員の姿は見当たらないが、一組と二組の数人には見られたかもしれないじゃないか!
ああ、このままでは駄目だ。やり直しスキル発動は必須、時間の問題かもしれない……。数日が無駄になる……。
「そんな台詞、絶対に弓道場で言わないと約束してくれ。これはフリじゃないんだからな。『絶対に押すなよ、絶対に押すなよ』じゃないんだからな! こんな俺でも弓道部では主将なんだから、そのあたりは……たのむ」
主将としての面子に関わってくる。
クスクス笑うなよ……。俺の伝えたいことがぜんぜん伝わってなさそうで怖いからっ――。
「倉野さん!」
「……? どうしたのよ急に。葵でいいよ」
「駄目だ。弓道部の女子に俺はみんな苗字に『さん』をつけて呼んでいる。先輩でも後輩でもさん付けをしているからだ。だから、俺のことも名前で呼ばず、『一敷』と呼んでくれ」
「うわ、硬過ぎ。面倒臭い性格ね」
褒められたと思っておこう。
主将として皆に平等に接しなくてはならないのだ。弱みを握られているなんて悟られてはならない。あー。俺って隠し事の宝物庫なのかもしれない。
「分かったわ」
ホッと胸を撫で下ろした。やり直しスキルがほんの少し遠のいた。
「でも、二人だけの時は弘人って呼ぶから葵って呼んでね」
「……はあ? なぜだ」
俺の言ったこと、伝わってなかったのだろうか。それとも、頭が少し弱いのか。
「キスしたくせにって言えば……いいかしら」
頭が弱いのではなく、ドス強そうだ。
「……やめてください」
またクスクス笑っていやがる……。
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読んだくせに……!?