校内案内
部活にも行けずに、いったい俺は何をさせられているのだろう。四階の音楽室から一階の保健室まで葵を連れて足早に歩きながら説明をする。これって……普通は一組のクラス委員か転校生スキルにやられた愚者が名乗り出てやることじゃないのか。
「あのさあ、今日、自己紹介があったのよ」
「そりゃあ……最初だからな」
黒板に名前を書いて自己紹介って……俺は一度もやったことがないなあ。一組の全員も逆に自己紹介したのだろうか。
「それでね、皆の自己紹介もあって、それを聞いていて分かったんだけど、この高校にはわたしが入りたい部活がありました。さて、ここで問題です。その部活は次の内いったいどれでしょう! 一番……ソフトテニス部」
クイズかよ。答えはもう気付いているのに。
「弓道部だろ」
「――うわ、凄い! ピンポンピンポン大正解!」
ピンポンピンポンと顔の近くで言わないでくれ、何か散ってきそうだから。ただでさえ顔の高さが同じくらいだから距離感が戸惑うくらいに近い。
「なんで分かったのよ!」
「マジでドン引きして驚かないでくれ。……頼むから」
頭が痛くなるぞ……。
「わたし、一回も弓道やりたいって言ってないよね……」
オドオドした表情は……今までに見たことがなくて新鮮だ。
「……昨日、左手で引っ張り起こしただろ」
「弘人がわたしのパンツをエロい目でチラ見した後?」
……。
そのコメントって……必要か?
「左手を握った時に分かったのさ」
「やだ。ひょっとして、手を握っただけで相手のすべてが分かってしまうスキルの持ち主なの? こわーい! スリーサイズバレちゃう」
「……」
誰か、この転校生の口を緑色のガムテープで塞いでやってくれ、お願いだ。それに、スリーサイズって……自分で測って知っているものなのだろうか、高二にもなると。
確かにスタイルは良さそうだが……。
「って、そんなスキルあるものか! ……左手親指の付け根が硬いだろ。弓道をやっていた証拠じゃないか」
慌てて左手の掌をみて、親指の付け根をちょんちょんと触っている……。
「ええー! あの一瞬でそんなことまで分かるの!」
一瞬ってほどじゃなかった。名探偵コ□ンじゃなくても分かるぞと言いたい。
「ああ。それに、担任に俺の名前を聞いてどんな奴か見に来たと言っただろ。俺に用事があるといえば、弓道部に関係すること以外、ある訳がない」
俺は学校内でそれほど目立った生徒じゃないんだ。イケメンじゃないのも自覚している。
「フフフ。正解」
なんで笑ってから「正解」って言うんだよ。腹立つじゃないか。
「……で、どうするんだ。これから弓道場に行くか」
行くと言うのなら流石に知らん顔はできないが。
「ううん。今日はまだいいわ。明日見に行く」
「そうか」
てっきり「今すぐ行く」と言い出すと思っていた。……転校生って、最初が肝心なんだろ。
「明日だったら一組の橋本沙里って女子と来ればいい。橋本さんは副主将だし、面倒見もいいし、女子だから変な噂も広まらない。面倒事の丸投げも笑顔で受け止めてくれるスキルの持ち主だからな」
部員からの好感度も高い。内緒だが、俺からの好感度も高い。
「ううん。弘人が迎えに来てヨ」
ヨだけ片仮名になっているヨ。
「……だから、それはあまり都合がよくないんだ」
こう見えても俺は最強スキルのせいで、かなり自意識過剰なのをなんとか誤魔化して生きているんだぞ。
後輩や橋本に白い目で見られてしまう――ホワイトアイにルッキングだ。
「キスしたくせに」
「……」
「転校したてで友達いないしい……。分かんないことばかりだしい……。人見知りするしい、ちょっぴりコミュ障だしい……」
開いた口が塞がらない。――どこがだよと問いただしたい。
「だから今日は帰るね。色々と教えてくれてありがとう」
「……あ、ああ。じゃあな」
「バイビー」
バイビーって……。
小さく振った手が、可愛らしく見えた。
――しまった、こんなことをしている場合じゃない。早く弓道場に行かなくては――! 日直で橋本が遅れることも伝えていない。時計の針は四時をとっくに過ぎている。
目をゆっくり閉じ、やり直しスキルを使おうかと思ったが……ここまでの時間をやり直すと、葵を学校案内しなかったことになる。俺の案内は殆ど聞いていなかったみたいで、案内なんか必要だったのかと首を傾げるところだが、明日もまた同じように案内しろと言われれば、たまったものじゃない。
――時間の無駄のさらなる無駄だ。
毎日コソコソ逃げるように一組の前を通らなくてはいけないのも勘弁してほしい。
じゃあ、走るしかないか……とりあえず今は。
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読んだくせに……!?