一組の転校生
高校二年にもなって、そんなに転校生が珍しいものなのだろうか。
月曜日。普通科一組には普段の倍以上の野次馬が押し寄せ、俺と勲のいる普通科二組はガラガラの状態だった。
「おい弘人、一組の転校生、けっこう可愛かったぜ」
好奇心旺盛の勲はいち早く確認を済ませてクラスに戻ってきた。
「そうだろうな」
誰が見ても可愛くないとは言わないだろう。整った顔立ちとすらりと高い身長。細くて白い足と太もも。スカートの下にスパッツとか短パンとかを履いたりもしていなかった……。
「あれはたぶん、清楚なお嬢様って感じだな。育ちもいい」
「清楚なお嬢様だと」
うーん、どうだろう。「引き起こしてよ」って言うところなんかはお嬢様っぽいかもしれない。だが、「キスしたくせに」とかなんとか言い掛かりをつけてくる女子に「清楚」の称号を与えてよいものだろうか。いや駄目だ、清楚とは程遠い。そもそも、出会い頭にぶつかっただけで、あれは――事故だ。
俺の頭の中では事故処理班が昨日の夜の時点で記憶中枢から証拠隠滅していたのに……勲のせいで嫌なことを思い出してしまったじゃないか。
今日は日直じゃないから授業が終われば早々に部活に行こう。
ホームルームの終わりを告げるチャイムが鳴り響くと、他の生徒に紛れて教室を出た。
廊下の窓側を歩く。一組の教室内を覗いたりはしない。もし転校生に見つかって声でも掛けられたら大変……始末が悪い。
少々自意識過剰なのかもしれないが、ともかくイザコザに巻き込まれるのは御免こうむりたいのさ。
「一敷君!」
一組の方から声を掛けられて思わずビックっとしてしまう。しかも女の子の声だ。
恐る恐る声の方を向くと、副主将の橋本沙里だった。ホッとしてしまう。
「なんだ橋本さんか。どうした」
「なんだってなによ」
ちょっと頬っぺを膨らませるのが笑ってしまう。俺の肩くらいのところから上目遣いで見せるその表情には、あどけなさを感じる。高校二年生にはとても見えない。
「今日はわたし日直だから部活に行くのが遅れるって言っておきたかったのよ」
橋本は律儀だなあ。見た目より凄くしっかりしていて、俺なんかよりも主将が似合っていると思う。後輩からも信頼されている。
「分かった。皆に伝えておくよ。……それより」
教室の中をさっと見渡すが、転校生は見当たらない。どうやら先に帰ったようだ。
「あー、一敷君もやっぱり転校生が気になるの? すっごく可愛い子よ」
「いや、気にならない。気にならないけど、ひょっとすると弓道部に入るんじゃないかなあ~って気がしていたが、何か聞いてきたりしなかった?」
橋本は弓道部副主将なんだから、弓道をやっていたのなら話題に上がっても良さそうだ。
「別にそんなこと何も言ってなかったわよ」
……そうか。
俺の勘違いだったのだろうか。
「でも、一敷君の予想って、いつも怖いくらいに当たるから、そうなるのかもね」
「怖いくらいにだって」
その一言にヤバさを感じてしまう。
「うんそうよ。一敷君が『~思う』とか『~だぜ』とか言った時って、ほとんど当たるもん。怖いくらいよ」
「怖いはよして欲しいぞ、ハハハ……」
笑顔が引きつっていたかもしれない。ポーカーフェースは苦手な方だ。
一組の教室を離れて階段を下りた。
さっき橋本が言っていた、「怖いくらい当たる」は、俺がやり直しスキルでやり直した時の行動や発言から何気なく感じ取ってしまっている本音なんだろうな。一年の頃は結構やり直しスキルを多用していたから、気を付けないといけない。
女子って……男子よりも感が鋭いと聞いた事がある。
「弘人!」
階段を下りようとしたとき、また声を掛けられた。
「なんだよ」
振り返ると……その転校生、倉野葵が黒い鞄を持って笑顔で立っている。まるで待っていたかのように。いや、どこから現れたのだ……階段横の女子トイレか。かくれんぼをしていて最初に鬼に見つかった気分だぜ。
見なかったふりを決め込んで階段を下りようとしたのだが、
「ちょっと、待ちなさいよ! わたし、転校生よ。忘れた訳じゃないでしょ。それとも若年性認知症?」
うるさいうるさいうるさいうるさい。若年性認知症の人が聞いたらどつかれるぞ、と警告したい――。
やり直すなら早目がいい。これはこれまでの人生で悟った真実だ。後になればなるほど、重複する時間が長くなり、虚しい日々が続く。罪悪感も増すばかりだ。倉野葵との出会いをなかったことにするのは簡単だ。土曜日の放課後からやり直し、教室を出るタイミングを数秒ずらせばいいだけだ……。
そっと目を閉じたが……やっぱりやめた。
「嫌な予感しかしないが、どうしたんだ転校生」
ため息混じりにそう聞いてやった。
「ちょっと、ひどおい! せっかくわたしが弘人って名前で呼んであげたのに。もしかして、わたしの名前忘れたの」
「忘れたい気分だぜ」
「キスしたくせに?」
――!
「だ~か~らっ!」
この距離でそれを言わないでくれ――! 階段を下りていく他の生徒に聞かれてしまうだろ! 先輩や後輩、同じクラスやら担任やら、赤の他人でも聞かれたら困るだろ!
それでなくとも転校生と親しそうに話しているだけで噂が広まりそうなのに! こう見えても俺は最強スキルのせいで極度のシャイなのをなんとか誤魔化して生きているんだぞ。
「じゃあ、わたしの名前言ってみて」
……。「俺の名を言ってみろ~!」ってマンガが昔あったよなあ。リアルだとこんなに恐ろしいのか。
「……倉野」
「それは苗字よ。名前は」
「……葵」
「なあに?」
「なあに?」じゃねーよバカヤロー! 新婚ホヤホヤバカップルだってそんなのろけトークしねーよ!
ああ……目を閉じたい。目を閉じて五分戻して教室を出るところからやり直したい。いやいや、やはり二日前に戻し、教室を出るところからやり直しするべきなのだろうか。
やり直しするのなら、一秒でも早いに越したことはないのだから……。
「今日は学校内を案内してくれるって言ったでしょ」
言ってねーよ。だが、「なんで俺が」と言ったら「キスしたくせに」を連呼されるんだろうなあ……。嬉しそうにニコニコしやがって……。
ひょっとすると、言葉で相手の行動を制限もしくは支配する恐ろしいスキルの持ち主なのだろうか。
まるで弱みを握られた握り寿司の気分だ。「へい! 弱みいっちょう!」だ。
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読んだくせに……!?