俺に宿ったスキル
嫌なことがあれば、ほんの少しだけ戻ってやり直せばいい。そんな他の人には使えない最強スキルが俺にはある――。
単純明快なスキルだ。目を閉じて戻りたい時、誤った選択を行った時、いわゆる分岐点ってところを強く思い描けば瞬時にその空間、その時間に記憶はそのままで戻ることができるんだ。分岐点はこれまでに瞬きをした時すべて。ほとんどの時間に戻ってやり直せることができる。
――ただし、戻ることができるが進むことはできない。戻ったらもう一度、時間を過ごすしか時間を進めることはできない。ここが重要だ。
やり直しのやり直しなんてできない。
……本当にこれって、最強スキルなのだろうか……。
小さい頃は誰もがこのスキルを持っていると思っていた。人は過去に戻れて当然の生き物なんだと信じていた。だが、他の人には使えない。小学一年の時、そのことに気が付いた。
友達のお母さんが交通事故で亡くなったとき、思わず喋ってしまった。
「事故する前に戻って『今日は事故を起こすから、絶対に車に乗らないで』って言ってあげたらいいだけじゃん」
大泣きしているその友達は、涙も流さずにそう提案する僕の頬っぺたをグーで殴った。僕も大泣きをして家へ帰った。家族に話をしたが、誰も信じてくれず……僕はそれが悔しくて、その時間をやり直し、友達には何も言わない選択をとった。
友達のお母さんが生き返ることはなかった……。
何回もやり直しを繰り返しているうちに、少しずつだが他の人にはこの力が使えないことに気が付いた。僕だけにしかない特殊な力なのだと知った。
小学一年よりもっと前から使えたこのスキルだが、ひょっとすると高校生になった頃に身に付いた方が良かったのかもしれない。ある程度の知識や経験がなければ、せっかくの最強スキルがただの便利スキルになってしまうのだと実感している。
医者になって大切な人を助けたり、政治家になって世界を平和に導いたり、投資家になれば億万長者も夢じゃないだろう。なのに……。
小さい頃から使い続けていると……疲れるんだ。このやり直しスキルは。
小学校低学年の頃はほぼ毎日のようにやり直しスキルを使っていたが、やり直しを繰り返していてもきりがないことに気が付いた。女の子のスカートめくりをしても、やり直しすれば怒られることも追い掛けられることもない。怒られない悪戯ほど面白くないことはない。
テストで百点取るために何回も目を閉じてやり直したこともあったが……飽きた。やり直して百点を取って自慢しても、それに何の意味もない。父さんも母さんもぜんぜん喜んでくれない。
病気になった爺ちゃんをなんとか助けようとしたこともあったが、いくら分岐をやり直したって運命は変えられなかった。何度も何度も病院のベッドで苦しんで死んでしまう爺ちゃんの姿を見ていると……心に深い傷を負ってしまいそうになった。
ご飯を食べたかどうかすら忘れてしまう婆ちゃん。やり直しスキルを使っても、認知症になる運命は変えられなかった。
今朝も朝ご飯を三杯食べ、元気にデイサービスへ出掛けて行った。
身に降りかかる事故を必要最低限回避できるだけでも……十分に最強スキルなんだ。多くは望まない。ひねくれ者と思われるかもしれないが、ようやく高二にもなって、まさかその性格を直すためだけに小学校からやり直したいなんて……思うわけがない。
恋愛だって同じだ。
そりゃ好きな異性の一人や二人はいた。俺だってれっきとした男だから女子に興味がある。だが、恋愛は期間が長引き、失敗したからといってやり直せば他の面倒な授業や試験勉強、私生活をその期間やり直さなくてはならい。
そんな揉め事には没頭したくない……といえば嘘になるかもしれないが、高校生活を一からやり直せるとしても、たかが男子と女子のやりとりだけのために何度も何度も何度も同じ期間を繰り返したくはない。
いつの間にか俺は、やり直すことの煩わしさを第一に考え、失敗を人一倍恐れる臆病者になっていたのかもしれない。
ふと、さっき教室前でぶつかった女子のことを思い出した。
名前はたしか……倉野葵とか言ってたっけ。「キスしたくせに」だとか、「引き起こしてよ」だとかギャーギャー騒いでいたが、面倒ごとにだけはならないで欲しい。
性格は破滅してそうだが……。
大人びた顔立ちとスタイルが……ちょっと周りにはいないタイプだった。
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読んだくせに……!?