共感する
――暇人かっ。
「あー、今、わたしのことを暇人かって思ったでしょ~」
「思うわっ! 普通に思うわっ! やり直すとしても、長くて一ヶ月が限界だ」
肝心なところを修正しても、他はだらだら知っている行動の繰り返しだから。しかも、やり直しても本質的なところは殆ど変えられない……。
「テレビだって同じだし、ニュースだって知っている。知っているからと自慢すれば、たちまち周りから不審な目で見られてしまい、結局は分岐点へ戻って言わないように修正しなくてはいけない」
「そうそう! それそれ! あるある!」
嬉しそうな顔するなよ。泣きそうになるじゃないか。
「そして、いつしか友達、だーれもいなくなる」
友達の勲だって、俺の事をちょっとおかしい奴だと思っている。家族からもちょっと痛い子だと思われている。
「そーなのよ! 最強スキル持ってるせいで、友達だーれもいないってやつ! ウケル―」
「ウケルなよ!」
大笑いするなよ。俺は今脳みそがグチャグチャになるくらいに混乱しているんだぞ。
悩み事を相談して共感できると……こんなに打ち解け合えるんだなあ……人って。
「出会い頭にキスするなんて偶然は、やり直しスキルを使えばいつかは必ずできるのよ……」
「……」
ひょっとすると葵が、何回もぶつかり直したのかと考えると……やれやれと思う。そんなに必死になっていたのなら、つい嬉しくもなる。実は百回くらいキスされていたのかもしれない……。
「照れるからよしてくれ。ひょっとして、俺ってモテるんじゃないのかと誤解してしまうだろ」
「モテるに決まっているじゃない。わたしだけにかもしれないけれど」
「……」
……それで十分過ぎると……言ってあげられなかった。
「薬の開発はわたしが終わらせたわ。開発データをまさか保育園児に削除されるとは思ってなかったのよ。父が使っていた会社のモバイルパソコンが家に置いてあり、パスワードが付箋に書いて貼ってあったから、簡単に削除できたわ」
「自業自得か。お父さんには気の毒なことだ」
だが、その薬のせいで、俺と葵は大変な重荷を背負うことになった。決して幸せになれたと思わない。
分岐点に戻れるスキルなんて……ない方がいいに決まっている。
「ひょっとして、他にも誰か使える人間がいるのか? この世界で」
「いないわ。弘人とわたしがあの薬を飲んだ日、帰ったら両親が大喧嘩していたもの。『モルモットにすら実験してない薬を子供の風邪薬と間違えるなんて!』って」
モルモット? それって……危なくないか?
どんな包装をされていたのだろうか……。せめてドクロマークくらい大きく書いておけと忠告したい。
「そしたらお母さんも言い返していたわ。『そんな危ない薬、持ち帰ってきてテーブルに放置しないで!』って。お母さんの方が正しかったと思う」
正しいか正しくないかの問題なのか?
「大丈夫か、お前の家族」
「……できる限り、何度も修正したわよ……。それから父が消え、薬の開発は失敗に終わり母が代わりに会社経営を続けたの。会社が潰れずに大きくなったのは……わたしのやり直しスキルの成果よ」
「そうなのか……」
うちの両親は百姓で、畑や田んぼを耕してばかりだ。
何度やり直したって、耕してばかりだった……。
「結局はやり直しスキルで自分に都合のいいことを繰り返してばかり。人の役にたてたり、人助けをしたりなんて立派なことは、ぜんぜん出来なかった」
「俺もそうだった……」
努力しても……ぜんぜん報われないんだ。後悔が積もる一方なんだ。
「防げるかもしれないと思ったから、何度も事故や自然災害から人を救おうと努力した日々……。結局なにも変えられなかった。どんなことをやりつくしても、後になって考えれば、後悔しか残らない」
遠くを見つめる葵の瞳は、どことなく悲しく見えた。同じだ……俺と。小さい頃から同じことで悩み続けてきたんだ……。子供の戯言に大人は耳を貸さない。証明すればするほど自分の立場が危うくなっていく。
「やり直しできるくせに見捨てた――」そう非難された日を最後に俺は、人助けをする気持ちを捨てた。
普段は平気そうに見えても、葵も俺と同じように悩んできたんだ。誰一人助けられないと思い続けた日々、でもそれは――。
――自分が誰にも助けられないからだと諦めていた……。
「巻き添えにしてしまったあなたに、どうしても謝りたくて……この学校に転校してきたの」
「気にすんなよ。俺は……最強スキルだと思って、楽しんでいるぜ。葵のことを恨んでなんかいな。むしろ、本当のことを言ってくれて……言いに来てくれて感謝している」
「ほんとに?」
「ああ」
強がっているだけなのは……内緒だ。
「良かった。わたしみたいに落ちこんでばかりいるのかと思っていたわ」
「落ち込む? 葵が」
「うん。わたし、実はよく泣いてるの。泣いて、泣いて涙が止まったのを確認してからやり直しばかりしているの」
そんな風には……見えなかった。
天真爛漫で元気だけが取り柄のような葵が……いつも泣いていただなんて。
そうまでして俺に会いにきてくれて……ここでこうして話してくれている。
「話を聞いてくれるだけで嬉しかった。わたしなんかより頑張っているのを見て、わたしも頑張らなくっちゃって勇気を貰えたわ。ありが……とう……」
ゆっくりと葵が目を閉じる。
「――や、やめろよ。俺の前でなら泣いたって構わないだろ。だから、もうやり直しなんかする必要はないだろ――」
わっと瞳から涙が溢れ零れ出ると、くぐもった声で嗚咽を上げながら体を預けてきた――。
ゆっくりと両手で葵を受け止める。肩がヒクヒク小刻みに揺れる……。
分岐点からやり直せる最強スキル……。こんなスキル、使い続けてはいけない。絶対に――。
「本当に格好悪いのは、わたしだよね。泣いたりなんかして」
「……今のは嘘泣き~。でいいじゃないか」
「ひどーい」
指先でヒョイっと涙を払う。
「弘人。わたしが言うのもなんだけど、できればもう、やり直しスキルは使わないで……お願い」
「……」
「教室でぶつかったあの日に戻っても……そこにわたしはもう……いないから」
わたしはいないって……まさか――。
「もっと前の分岐点からやり直しするつもりなのか」
「うん……」
「どうして――駄目だ!」
葵だって時間の流れる早さは俺と同じなんだろ。だったら、なぜそんなに無理をしてまでやり直す必要があるんだ――。それに、
「やり直しはもうしない方がいいって、言ったばかりじゃないか――」
読んでいただきありがとうございます!
ブクマ、感想、ポイント評価など、お待ちしております!
読んだくせに……!?




