バレた――知られた
葵の瞳が俺の瞳を捉えて逃がさない。視線を逸らすことができないでいた。逃げられないような危機的状況なのかもしれない。目を閉じることもできない。
「――どうして、それを……」
「実はわたしは弘人に謝らないといけないことがあるの」
「謝る?」
謝られるほど悪いことをされたとは思っていない。葵と出会った一週間は、高校生活で一番楽しかった一週間だったと言っても過言ではないほどだ。それに、
「誰にだって一度や二度くらいは謝らなければいけないことくらいはあるさ」
悪戯がバレた時や、嫌がらせをした時とか。子供に苦い前菜を食べさせようとした……シェフとか?
「ううん。そんなのじゃなくて」
「だったらなんのことだよ」
「もう気付いていると思うけれど、弘人は普通の人とは違うでしょ」
「……」
――葵は俺が分岐点からやり直しができることに気付いていたのか? だがいったい――いつ、どうやって気が付いたというんだ――。葵と出会ってからは分岐点からやり直しスキルなんて一度も使っていない――。
――いや、そんなことはなかった!
ソフトボールでムキになって、子供みたいにやり直しをしてホームランを打ったんだった――。
かー、迂闊だった。あんなしょぼいやり直しでバレてしまったなんて……。
せっかく葵とデートして、ここまで仲良くなることができたのに、あの日からまたやり直しをしなくてはならないのか。
いや、待て、葵はなんと言った。「やり直しなんかしちゃだめだからね――」だと。
「落ち着いて聞いて」
「……俺は、いつだって落ち着いているさ」
下顎がカコカコするほど焦っているのは内緒だ。足を組んで落ち着いているフリを演出する。
「十年以上も前、うちの製薬会社では、『どんな病気も直す……というより、病気に掛かる前まで戻ればいじゃん薬』略してターニングポイントリドゥーαって薬が極秘に開発されていたの」
――ターニングポイントリドゥーα! 分岐点やり直し?
取って付けたような名前じゃないか! 最後のαが……特に怪しい。
「大丈夫か、ネーミング」
「未検証のその新薬の副作用効果で、あなたには分岐点に戻ってやり直せるスキルがあるの」
「……」
葵は……すべてを知っているのか――。
「認知症患者は、脳だけが分岐点からやり直しをしようと思って遡ろうとするの。でも、体や周りの時間が戻らないから周りの人から「ボケてきた」と面倒がられる。だからわたしの父は、それを可能にする薬を開発しようとしていたの。そしたら、完成する前に、急にいなくなってしまったの。たぶん副作用で」
「副作用でいなくなってしまったって……どこかに逃げたとか、帰る家が分からなくなって保護されているとかじゃないのか。うちの婆ちゃんは度々、デイサービスの帰りに迷子になるぞ」
人がいなくなるなんて、そうそうあってはならないことだ。警察や近所中に迷惑を掛けてしまう。
「そういうのじゃなくて、本当に消えたの。父は危険な薬を開発してしまい、その責任を感じて自分で実験を重ね、ある日突然、実験室から消えていなくなってしまったの」
いなくなってしまったって……本当に消えてしまったのか――。
そんな超常現象、信じられるはずがない――。
「開発中のターニングポイントリドゥーαを飲んだ人が二人だけいるの。その一人が……あなた」
頭をお玉で叩かれたかのような気分だ。自分だけが持っている最強スキルが……製薬会社で開発されていた薬の副作用だったなんて――痛すぎるじゃないか。
「もう一人は……」
「――いや、待ってくれ。そんな怪しい薬を飲んだ覚えはない。小さな頃に大きな病気をした覚えもない。大きな病院にも殆ど行ったこともない」
製薬会社もこの辺りには昔からなかった。
「違うのよ。わたしが……あなたに……飲ませてしまったの」
「――飲ませただって! いつ、どこで、どうやって!」
ウエン、ウエア、はう~!
聞いていて汗が止まらない。冗談にしては、ちょっとも笑えない。俺には俺の知らない過去があり、人体実験をされていたとでもいうのか。
「保育園の時、風邪薬と間違えて母がわたしのお弁当に入れてしまったの」
「……うん?」
俯いて申し訳なさそうに呟く葵の横顔が……震えていた……。
「少しだけ舐めてみたら、いつものよりも甘くて美味しい味がしたの。だから……、その頃大好きだったヒロ君にも分けてあげようと思って……」
――唇につけてキスしたの……。
――!
子供の悪戯とはいえ……キスするなんて……風邪ひいているのに。
そりゃあ……うつるわ。というか、風邪なんかよりもややこしい病気がうつったんじゃないか!
てことは、葵も……俺と同じように、分岐点からやり直せるスキルの持ち主なのか――。
「唇に風邪薬がついているから、うつらないと思ったのよ。幼心で」
「――怖ろしいぞ、幼心……」
未検証の薬って……ひょっとすると死んでいてもおかしくないのではなかろうか。
「大人用の薬を幼児が飲んだのか?」
「キスしたから半分ずっこだったのよ……」
「……」
ずっこって……。
呆れて物が言えないが、分からないことが多々ある。
「だが、保育園児なのに、なぜそんなことが分かったんだよ。って、――ま、まさか」
「うん。そのまさかよ。わたしだけの能力の秘密を探るために、やり直したわ……」
――保育園から……やり直しただって?
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