今更か
「あーあ。転校生ってやになっちゃう。人生やり直したいなあ」
やり直しと聞くと、ドキッとしてしまう。
やり直しても転校することは変えられない。自分で決められないことは、何度やり直したって好転させることはできない。自分ならともかく、それが他人の人生なら、なおさら変える事なんてできやしない。
やり直しスキルなんて……いったい、なんのためにあるんだ……。引っ越してしまう葵とはもう、思い出を作ることしか出来ないのか……。ずっと一緒にいられない。そう思うと、急に美味しくなかった前菜の味が口の中に広がる気がした。
美味しくなかったことが、逆にいい思い出になることもあるのだろう。あの味は一生忘れられない。苦かった。我慢して食べたんだ。
「葵とこうして歩いていて楽しい。こんな日がずっと続くといいのになと思う」
「そうね。運命って変えられないのよね」
――変えられない運命……か。
変えられるのは自分の運命だけ。それも逃げる方へ変えられるだけなのか。
変えられない人生を戦って、立ち向かっていく力が……俺には足りない。何もせずに諦めて逃げている。だからといって葵の引っ越しを食い止めることなんかできない――。葵の意思で決められるものですらないんだ。
引っ越しのトラックの前で仁王立ちしてやろうか……面倒くさいガキだと煩わしく思われるだけだろう。
荷台に放り込まれて凹凹に袋叩きにされてしまうかもしれない。
帰りの電車では、殆どなにも話せなかったのだが、途中でウトウトし始めた葵が、肩に頭を預けてきて……、
頭のいい香りが……した。
なんだろうこの気持ちは……。
駅から葵のマンションまで、自転車を押して一緒に歩いた。
「引越しするのは皆には内緒よ。学校にもまだ話していないから」
「それ、大丈夫なのか」
もう今週の話じゃないか。
先生達だって準備とか必要だろうに。……お金持ちの一存ってやつか。振り回される方が大変だ。俺を含めて……。
「じゃあね」
じゃあねって……。
背を向けてマンションに帰っていく葵に、今は何も声を掛けられなかった。
どうして俺達は出会ってしまったんだ……。これなら出会わなかった方が良かったんじゃないだろうか。
キスしたくせに――と言ってやりたかった。
葵のマンションからの帰り道、自転車をこぎながらずっと考えていた。
今日一日をやり直したら俺は……もっと楽しめたのだろうか。
……楽しめる筈がない。引っ越していくことを知ったうえで葵とデートをして食事をしても楽しい筈がない。もし、あの後ホテルに泊まったとしても、……絶対に楽しいとは感じないだろう。
考えてもみろよ。今日のデートのために、先にパンツとシャツを準備して持って来ていたことがバレたら、何と言われるのだろうか。
「キスしたくせに」とか、「ホテルに泊まる?」とか、嘘や冗談にしてもそんなに軽々しく言えることなのだろうか。一度そういう経験があると、ファーストフードやコンビニに行くような感覚で言えるのだろうか。
――葵にとって俺は、転校先の遊び相手だったのだろうか……。
だとしたら俺は……いったいどうすればいいんだ。どうすればよかったんだ……。
月曜の朝は……物凄く憂鬱だった。
夜眠れないと、当然だが授業は眠たい。昨日はせっかくのデートだったのに、余命告知をされたような絶望を感じ、殆ど眠れなかった。
授業中に寝ていて怒られた時、中学の頃はやり直したこともあったが、やり直すともう一度同じ授業を聞かなくてはいけなくなり、退屈な授業が更に長引いた。高校に入ってからは、寝ていて怒られたからといって、そうそうやり直しはしない。
「どうしたんだ、冴えない顔して」
「……」
二時間目の休み時間に勲に起こされた。授業が終わっても寝続けていたのは初めてかもしれない。
「昨日、なにかあったのか」
「……なにも」
勲にだけは日曜日に葵と二人でデートすることを話してしまっていた。それくらい、俺の中では楽しみで楽しみで仕方がなかったんだ。今思うと……その時の俺が可哀想に思えてくる。
そして……葵も。
「キスくらいは、したのか」
キスくらい……出会った時から済ませていた。とは言えない。あれはただの事故だった。
勲のいる反対を向き、また目を閉じた。
「おおっと、その様子じゃあまり聞かない方がよさそうだな」
「……」
勲は察しがいいスキルの持ち主だ……。
昨日の事について、それから一度も聞いてきたりはしなかった。
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読んだくせに……!?




