デート
小学校の頃、スカートめくりをして女子を泣かせてしまったことを思い出した。やり直しスキルで戻しても消えない事実。それは、俺の記憶……。やり直せばすべてがスッキリ解消できるなんて到底ありえない。ずっと心に残って消えない罪悪感の数数数……。
謝るのではなく、なかった事にして逃げてきた卑劣なスキル。最強スキルなんて……最低スキルの間違いだ。
「お待たせー」
「あ、ああ」
普段、制服のスカートはひと昔前を思わせる膝下丈なのに、今日の私服姿では、短いスカートをヒラヒラさせていて目のやり場に困ってしまう――。
「あ、チラ見ってやつ? 弘人ってスケベね」
「いや、スカートが短過ぎる。風が吹かなくても見えてしまうぞ」
ワカメちゃんのミニスカよりはマシなのだろうが。
「下に短パンが付いているので、今日はパンツは見えません。残念でした~アハハ」
なんだかホッとするのは何故だろう。
デートって騒ぐほどでもないのだが、急に日曜の練習が無くなり、俺は葵の暇つぶしに付き合わされる羽目になったのだ。
昨日の練習帰りに誘われたのだ。――ランチに。
「せっかくの日曜日だぞ。自転車通学の俺にとっては休足日だったのに」
「はいはい。そんな見え透いた嘘を言わないの」
見え透いた嘘かどうかは俺に決定権があると言いたいぞ。自分が転校生で学校でもちょっと人気があるからといって、有頂天甚だしい。
葵の先祖は天狗かピノキオかアフリカゾウなのではないだろうか。
葵のマンションから駅へと向かい、電車に乗り市内へと繰り出した。
普段は市内まで出ることは少ない。高校に入ってからは一度も行ったことがなかったのだが、久しぶりに来ると高いビルが建ち並んでいて驚いた。駅から出ると時代錯誤を感じる。
「AE〇Nが市内にできていたなんて――」
看板を見ただけで感動してしまい、また葵のえくぼを見ることができた。
「わたしが前に住んでいたところには、あちこちにあったわよ。近くにも三つはあったわ」
はいはい。あんまり嘘ばかりつくと、すらりと高い鼻がもっと高くなると注意してやりたい。
「嘘だろ。こんな大きな店がそんなにある筈がない。県に一つ……多くても二つあれば御十分だ」
三つもあったら客の取り合いになってしまう。
「ほんとよ~」
笑うのはよしてくれ。嘘つかれてさらにバカにされている感がハンパないから。
よくよく考えてみると、俺は葵の転校してくる前にいたところを知らない。他の女子達は聞いていたようだが、肝心なことを俺は何一つ知らない。いつもつまらない話しかしていなかった。
自慢ではないが、俺はやり直せる最強スキルのせいで、出来るだけ人のプライバシーに関わらないよう心掛けてきた。他人のプライバシーなんて知りたいとも思わなかったのだが、今は葵のことが……もっと知りたかった。
「葵ってさあ、どこから引っ越してきたんだよ。ひょっとして、東京か」
都会といえば東京だ。東京ならAE〇Nが三つあってもおかしくない。
「違うわ。京都よ」
「京都?」
お寺が沢山あることくらいしか……知らない。あとは、京都弁か。行ったこともない。お寺の横にAE〇Nが建っているのだろうか。いや、あり得ないだろう。
「ほんとドスか」
「さようどす」
「うお、本物っぽい」
「ぽいってなによ、ぽいって」
ありなのかもしれない。
「ところで、今日の暇つぶし相手って……なんで俺なんだ」
葵が誘ったら誰だって断ったりはしないだろう。他の男子弓道部員や、一組の野球部員達。軽音楽部のイケメンも一組に集中している。
「ひょっとしてだが、キスしたからか」
ちょっと声が小さくなってしまう。
「何度も言うけれど、あれは事故だぞ」
「ブー。違います」
だから、「ブー」ってブザー音をもっと可愛らしく言ってくれないと、なにか散ってきそうで腹が立つだろ。学校内を案内したときもそうだったが、肩がくっつく距離感って普通はないだろう。近過ぎる。まるで付き合っているカップルみたいで恥ずかしい。
「聞いたらどん引くかもしれないけど、わたし、格好悪い男が好きなの」
今、ガーンて音が頭の中でしたぞ……。
たしかにどん引いたぞ……。
「なんだよ、その遠回しなディスり方は」
クスクス笑ってやがる。……別に怒ってないけれど。
「格好悪いっていうのは、いつも一生懸命だったり、不器用だったり、スケベだったり、頑張っちゃってる人。そういう男の人に憧れてしまうものなのよ、女子って。ドキドキ緊張していたりもかな」
ドキドキ緊張……しているのは内緒だ。格好悪いから――。
「勉強が出来てもスポーツが出来てもイケメンでも、格好いいだけじゃダメなの。格好悪いくらい努力してるところが本当の格好いいところなのよ」
本当の格好いいところが……格好悪いところ? 俺はそれほどまでに努力していただろうか。やり直しスキルのおかげで不自由や苦労なく過ごしてきた。葵の格好悪いが……耳に痛い。俺は格好悪いくらいの苦労や努力を……していない。それが格好いいと思っていた。
「そんな格好悪いお父さんも……好きだったなあ」
お父さん? やっぱり努力家だったのだろう。
「葵の父さんって、たしか製薬会社の社長だったんじゃないのか」
「うん、昔はね。今はいなくなっちゃったの」
今はいなくなっちゃったのって……。
「……そうか」
あまり深く聞いてはいけないようだ。
いや、おかしいと思ったんだ。「ランチを御馳走してあげるからデートに付き合ってよ」だなんて軽いお誘いが。
AE〇Nのフードコートかレストラン街かと思っていたのに、全然違った。
高級ホテルの最上階にあるフランス料理店に連れていかれたのだ――。
広過ぎるエントランスには、大きな曲面ガラスの自動ドア。挟まれたら胴体が真っ二つになると小さな頃、よく父親に脅された。
ちょっとしたトラウマだ。一瞬立ち止まってしまい、また笑われてしまった。
「一度でいいからこういう店に来たかったのよ。親以外と」
「店……って定義なのか、ここは」
ここはビルだ。ここはビルダー!
エレベーターの表示が「36」で止まり、ゆっくりと扉が開くと、大理石の床と遠くの水平線までもが一望できるオーシャンビューに目を細めた。窓がデカすぎて眩し過ぎる。
知らないクラッシクの曲が優雅に耳に入って~反対の耳から出ていく。
「た、高そうだな」
本音が口から零れた。海抜もだが、そんなことよりも値段がだ。持ってきた鳳凰の書かれたお札一枚じゃ、足りないのかもしれない。せっかく逆にランチを奢って男らしいところを見せてやろうと思ったのに……。
ゴチバトルのスペシャル会で紹介されそうなお店じゃないか……。設定金額が気になって仕方ない――。請求書がこちらに回ってこれば……。
――なるほど、そこは最強スキルでやり直せばいいのだ。
そう考えればリラックスしてフランス料理を楽しむ事ができるじゃないか。俺賢けEEEEE……!
他のテーブルを見渡すと、学生や子供などは皆無だ。高貴な人ばかりに見える。よかったのだろうか、ジーパンとチェックのネルシャツで来てしまって。せめて、高校の制服を着てこれば良かった。
「ご予約されている一敷様、倉野様でございますね」
俺の名を先に呼ばないでくれー! なんか怖いから――!
「はい」
返事をしたのは葵だ。こういうところでも堂々としている葵は……ぐっと大人に見える。
「お待ちしておりました。こちらへどうぞ」
ニコニコしながら席へと歩く葵は、やっぱり遠い所の人だと感じた。悲しいが再認識させられた。こんな高級な店に何度も来たことがあるのだろう。
百姓の家系の俺とは、住む世界が違う。アナザーワールド! 秋の祭典スペシャルだ!
冷や汗が出る……古過ぎて。
読んでいただきありがとうございます!
ブクマ、感想、ポイント評価など、お待ちしております!
読んだからこそ……!?




