キスしたくせに?
俺が意識するのに、橋本はぜんぜん俺のことを意識していない。
普通に会話もしてくるし、俺が葵と話していても、怒っている素振りも悲しむ素振りもしない。キスしたくせに、覚えていないのだろうか。それとも、橋本にとってキスは、ただの挨拶程度のものだったのだろうか。
勲から聞いた一言、「どーせ裏で橋本か沢江が女子部員にそうさせているのさ」を真に受けてしまい、今までみたいに二人の言う事を信じられなくなっていた。
「じゃあ今日も部活、がんぱろっか」
「……ああ」
ヤキモキした気持ちのまま、俺の心は彗星の如く現れた転校生、倉野葵に惹かれていた……。
顔やスタイルもさることながら、自由奔放なその性格や、裏表のない堂々とした態度。最近では転校生だからといって偉そうにもしていない。俺以外には。
俺とは、まったく正反対の性格に、嫉妬するほどの羨ましさを感じていた。最強のスキルだとか、隠れた特殊能力だとか、そんなのは人生の優劣に関係が無いものなのだと改めて知らされた。
葵は部活内でも、地位を欲しいままにしていた。
とにかく弓道が上手なのだ。葵が後輩を教えると、面白いように矢が的に当たる。自信を持って練習するからさらに的中率が上がり練習が楽しいものへと変わっていく。さらには橋本や沢江、勲や俺にも的確なアドバイスをしてくれる。
そのアドバイスが的確過ぎて、本当に来年はインターハイ出場も夢じゃないかもしれない。個人戦ではなく団体戦でもだ。
そんな自他共に認める学校内アイドルの葵が、わざわざ教室の前で待っていて、「今日もがんばろっか」なんて言ってくれれば、嬉しくないはずがない。
「どうしたの。顔赤いよ」
あー、だから声に出してわざわざ言わないでくれっ。
「ひょっとして、今更わたしの可愛さに気が付いた」
フッ――屈辱図星。
「馬鹿なこと言うなよ」
道場に連れていくのも嫌になるのさ。
こう見えても俺は最強スキルのせいで独占欲の塊なんだ……。葵が他の男子部員と親しく話したり、笑ったり、……いずれは誰かと恋に落ちていくかもしれない恐怖心……。そんなことになれば、俺はやり直しのスキルでそれを必死に邪魔するのかもしれないが、そんな非人道的なことを繰り返しても、また昔のようにブロークンハートを繰り返し続けるだけではないか……。
何度分岐を繰り返しても結果は同じ……。あれは……まいる。本当に……めいる。
「はあ……」
大きく息を吐き出した。それでいいんだ。仕方がないことなんだ。勲に限らず弓道部の男子はなぜか殆どイケメン揃いだ。俺は目立ったり浮かれたりしてはいけない。
それに、普通科一組の男子だってほとんどが葵の魅力に気付いているだろう。勉強も飛び抜けてできるらしいし、音楽では綺麗な歌声で先生に褒められたらしい。
俺は何も変わっていない。成長してもいない。あの事故のようなキスを……青春の一ページの淡い思い出として残しておくことになるのか……。
「しゃっきっとしなさいよ。キスしたくせに」
聞かれたらまずいようなことを、どうして口にできるのだろうか――。
「お前なあ……。誰かが聞いていたらどうするんだよ。噂は広まるし冷やかされるし、誤解されるかもしれないだろ」
「弘人もファーストキスじゃなかったんでしょ」
「――え」
意地の悪い顔で見られる俺の表情は、アホづら丸出しだっただろう。
……やり直しスキルを使う前提でなら……キスした事があった。
それをキスと呼んでよかったのだろうか。小学生の高学年の時にも悪戯でキスをした覚えがある。ドン引きされて泣かれたトラウマのような思い出。直ぐにやり直しを決行した。
「ひょっとして……嫉妬か」
「――そ、そんなわけないでしょ! とでも言うと思った?」
「ぜんぜん」
そんなツンデレキャラには見えない。どちらかといえば、悪役令嬢キャラだ。人の恋路にちょっかいを出して楽しんでいるタイプだ。
「生きていくためには多少の嫉妬は必要不可欠なのよ」
必要不可欠――。嫉妬が? 水や空気と同じ部類だというのか。
「いやいや、嫉妬しなくても死にはしない」
「……嘘つけ。いつも嫉妬ばっかりしているくせに」
――なぜそれを知っている!
こう見えても俺は分岐点からやり直しができる最強スキルのせいで、やり直しなんかしなくても平気な皆をいつも嫉妬ばかりしているんだ。やり直しても無駄って言葉が怖くて、劣等感ばかり抱いているんだ。
クスクスと笑わないでくれ……。笑ったときのえくぼが……呆れてしまうくらい可愛いことに気付いたから。
なんか葵って……大人だなあ。俺や橋本の気持ちも全部分かっていて、それでからかっているようにしか見えない。前の高校とかでも「キスしたくせに」とか言っていたとしても、ぜんぜん不思議に思えない。
都会から引っ越してきたのだと聞いたが……。
都会ってこえ~。
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