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第3話

 気分が悪くなったから、お茶会はおしまいにした。


 心が重い日は、大体、魔術師様の部屋にお邪魔をしている。10歳で突撃をしてから、特等席となった窓際に椅子を置いて、腰をかけながら時間を過ごすのだ。


 部屋にいる間、魔術師様は余計なことを話さない。わたしもおしゃべりをやめて、勝手に棚から拝借した本を開く。ふたりとも別のことをやっているけれど、気まぐれに話しかけることもあった。


 それでも、話しかけるのはいつもわたしの方からだった。魔術師様は相づちを打つだけだ。言葉数は多くない。そのはずだったけれど、今日は魔術師様の方からだった。


「どうされましたか?」


 ボリスラフと同じ質問を面倒くさそうに聞いてくる魔術師様。質問されるほど、あからさまに顔に出ていたかなと思う。頬に触れてみても自分ではわからないけれど、何かあったから魔術師様の部屋に逃げこんだのだ。


「魔術師様……あと少しでわたし、17歳になります」


「そうですね」


「あの約束、覚えてます?」


 10歳のわたしと魔術師様が交わした約束はまだ果たされていない。あの頃、恋にあこがれるような女の子だったけれど、いざ15歳になったら、他のことに興味が出てしまった。乗馬とか絵とか。つまりは恋愛は二の次になっていた。


 でも、最近、考えてしまう。一度くらいちゃんとした恋をしてみたいなあと。


 はっきりそうしたいと思ったのは、きっと、ボリスラフのせいだ。寂しい仕事一辺倒の堅物男と思っていたのに、過去に侍女とつき合っていたとか、どこかのご令嬢とお見合いをするとか言っている。


 ――わたしに隠れてこそこそとやることはやっていたあの男。ボリスラフにできるなら、わたしだって、恋くらいできる。してみたい。


 魔術師様の言葉を待っていると、「覚えておりますよ」と嬉しい答えをもらった。


「今も有効ですか?」


「ええ」


「それならお願いします。わたしに術をかけてください」


 魔術師様が断るかもしれないと思っていたら、「いいでしょう」とあっさり了承してくれた。「いいんですか?」と、こちらが確かめてしまうほど呆気ない。


「ええ、その術なら大した準備はいりません。今すぐにでも」


 ためらいはある。だけど、やめるという選択肢は取りたくなかった。頭のなかでボリスラフの無表情が浮かんだけれど、頭を振って追い出した。わたしは恋がしたいのだ。


「お願いします」


 改めてお願いをすると、「わかりました」と魔術師様は書物を閉じた。


 「今すぐにでも」という言葉通り、術を施してもらうことになった。魔術師様とともに部屋を出たところを、あの無表情な顔に迎えられる。


 まあ、ボリスラフがここにいることは驚くまでもない。わたしが行く場所なんてわかっているだろうし、それも面白くないけれど。


「エミーリヤ様、魔術師などとどこへ行かれるのですか?」


「儀式の部屋よ」


「儀式?」


 こういう場合、どう答えたらいいのか。間を開けすぎたら、変な風に思われてしまう。


「体に少し疲れがあるの。それを取り除いてもらおうと思って。ね、魔術師様」


 魔術師様がわたしの話に乗ってくれるかどうかはわからなかった。でも、魔術師様は「ええ」とうなずいてくれた。こうなれば、ボリスラフも何も言えない。わたしも何も言う必要はない。


「だから、退いて」


 通路の真ん中で進路を阻むようにたたずむボリスラフは、本当に邪魔だった。昔から進路を阻まれて、「どこへ行かれるのですか?」と聞かれるけれど、見下ろされることが本当に嫌で仕方なかった。面白くなさそうな仕事用の顔も好きじゃない。


「早く退いて」


 改めて指示をすると、しぶしぶといった感じでボリスラフは横にはけた。しかし、その眉間のしわは納得がいっていないようだ。


 また恐い顔をしちゃって。わたしが何をしたっていうの? 長い付き合いでもボリスラフのことはちっともわからない。だから、腹が立つ。


 ボリスラフから視線を外すきっかけがなくて、見つめあったままになってしまう。


「エミーリヤ様」


 珍しいことは続いた。魔術師様がわたしの名を呼んだのだ。名前を知っていたことに驚いて、ボリスラフから視線を外す。


「そうね、行きましょう」


 ボリスラフは視線だけをわたしに寄越して、もう何も言わなかった。

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