魔女と恋1
葉が色付き枯葉になった頃、そろそろ息も白くけぶるようになってきてだんだんと冬が近いことを知らせていた。
ヘルフリートが時間の空いた時に打ち直していた武器が、かなりまとまった量になってきたので、ルルーとヘルフリートは街に出てお金を作りに行くことにした。
「薬草から作った薬も数が揃ったからそれもお金に変えたいわ、ついでに森では手に入らない調味料とか食材も追加で買いたいしね」
街には数ヶ月に一度程度通っている。
ちなみに行く時は薬で変装している、ヘルフリートとグレータが最初に見た老婆がそれだ。
「老婆の姿だと危険な人物だとは思われないし、もし魔女だとバレても魔法を解いてしまえば逃げるのも楽だし。それにあの姿は先代の魔女、おばあちゃんの姿を模したものなの。おばあちゃんの時代から薬を売っているから店の人間に怪しまれることも無いしね、いつもあの姿で行くのよ」
ルルーは薬を準備しながら、説明する。
今日はいつもの服じゃなくて、老婆が着ているような服を着ている。
「街か……私はまだちょっと怖いな」
グレータは街で怖い思いをしたせいか、眉をひそめてそう言った。
「うん、だからグレータとレオは、お留守番お願いね」
そんなわけで、出かけるのはルルーとヘルフリートの2人に決まった。
「ヘルフリートは荷物持ちよろしくね、一応手押しの荷車があるからそこまで大変じゃないと思うわ」
いつもは一人だから、お金があっても大量には買えなかったのだ。だからルルーはこの機会にいつもは買えないものも買えたらと思っていた。
「うん、頑張るよ」
「お兄ちゃん、大丈夫かな……」
グレータはまだ心配そうな顔でそう言った。心配するグレータにヘルフリートは笑いかけ「大丈夫だよ」と返す。
「行く街は俺たちが住んでいた街とは、離れているし。時間も経ってるから大丈夫だよ」
ちなみに行く街は、ヘルフリートたちが住んでいた街の隣のまた隣だ。だからそうかち合うことはない、それに探していたとしても、探しているのはグレータでヘルフリート一人ならおそらく大丈夫だ。
しかしそれでもグレータはまだ心配そうな顔になる。いつもの勝気なグレータが珍しい、グレータはそれだけ売られそうになった時のことが恐ろしかったのだ。
そんなやりとりをしつつ、街に行く準備をすませ、早速出発する。
荷車には打ち直した武器と薬を積んである。道は一応それらしいものはあるものの整備されていないので少し進みにくい。
それでもヘルフリートも男だ、荷車を引っ張るスピードは早かった。
「そういえば売ったお金で、なにを買うつもり?」
しばらく歩いた頃ヘルフリートがルルーにそう尋ねた。
「絶対に買いたいのは塩と油ね、それから小麦粉かな。余裕があれば砂糖と胡椒も欲しいな。後は衣類かな、消耗品とできれば毛糸や綿もあるといいな。あ、そうだグレータとヘルフリートの下着類も買った方がいいわね」
2人はほとんど着の身着のままで逃げてきたので、そもそも服がない。お古のものでごまかしつつ過ごしてきたが、かなり限界にきていた。
それを聞いてヘルフリートは顔を輝かせる。
「うわ、それはありがたいな。でもいいの?」
「もちろんだよ、この剣を売れるのはヘルフリートのおかげだし、グレータも薬草摘みを頑張ってくれたしね」
ルルーはガラガラと荷車を押しながら言った。最初は文句を言っていた二人だが、仕事は本当に頑張ってくれている。
「来年のことは来年だし。私とレオだけだったらそれなりにどうにかなるから、そこは気にしないで」
ルルーは笑いながらそう言った。事実今までもそうしてきたし、最悪街に出なくても生活はできるのだ。
ヘルフリートはそれを聞いて「ありがとう」と微笑みながら言った。
そんな会話をしていると森がひらけて整備された道に変わっていった。
「本当だ、森から出るのは簡単なんだね」
「そうよ、でも下手に離れるとはぐれちゃうから離れないでね」
「何いってるの?俺が可愛い女の子と離れるなんてあるわけないじゃん」
「はい、はい」
ルルーが呆れながらもそう言っていると、森の出口に近づいてくる。
「じゃあ、そろそろ薬を飲んで変装するわね。いい?ヘルフリート、私達はおばあちゃんとその親戚の子供が手伝いで一緒に来ているってことになってるって、設定忘れないでね」
ルルーは変装するための薬を自分にふりかけながら、そう言った。
いつもは1人で行くのに、いきなり真っ赤な他人を連れていたら不自然なのでそう決めたのだ。
「わかってるって」とヘルフリートは頷く。
ルルーが薬をふりかけると、みるみるうちにシワシワのおばあちゃんに変化した。
そして、古ぼけた茶色のローブを頭からかぶると、二人はあっという間に老婆とそれを手伝っている孫の2人組になった。
「おお、変身するところは初めて見たけどすごいね……」
「そういえば見せるのは初めてだったっけ」
さらにルルーは腰を曲げ声も低くさせる、そうすると完全に老婆にしか見えない。
「じゃあ、行こうか」
それを合図に、2人は森を出る。
整備された道は進みやすい。程なくしてポツポツと畑や家や建物が見えはじめ、まばらに人も見かけるようになってきた。
しばらく歩くと建物も大きくなり、密集し人や馬車も増えてくる。
まず2人は武器屋に向かう、まずお金を作らないと話にならない。打ち直した武器はそれなりにいい値段になった。
鞘や柄の部分は古くなっていたが、多少修理したからそれなりに見えたし、それに何より剣の状態がいいと店主が褒めていた。
ルルーはそういった知識があまりなかったが、ヘルフリートの職人としての技術は、なかなかのようだ。
「すごいわ、思っていたよりお金になったわね。正直、直してもらおうと思った時はこんなにいい値段になるとは思ってなかったもの。これならグレータに何かお土産も買って帰れるわよ」
「役に立てて良かったよ。ちょっとは俺のこと見直してくれたかな?ヘルフリートカッコいいって言ってくれていいんだよ?」
「この残念な発言がなかったら、素直に見直せるのに……」
ルルーは残念なものを見るように言う。
ヘルフリートは本当に優しいしよく見ると顔も整っている、体格もがっしりしていてさすが力仕事をしているだけあって筋肉質で、黙っていれば女性にモテていそうなのに。いかせんおちゃらけて、軽薄そうな態度が全てを台無しにしている。
酒の席ではいい感じに盛り上げてくれそうだが、真剣に付き合ったり結婚までは対象にはならないタイプだ。
「ああ、じゃあそれ以外は完璧ってこと?」
「あなたのそのポジティブなところは、本当に尊敬するわ」
ルルーは呆れながらも、クスクス笑いそう言った。
とはいえルルーはヘルフリートのことは嫌いではない、最初はそれこそ襲われそうになって怖かったし苦手だった。
だけど、妹思いなところとか下品なことを言ってちょっかいは出すが、言うだけで結構紳士なところとか。
仕事は正確で文句も言わずきちんとこなしてくれている、何よりも優しいから。それがわかった今は嫌いになんてなれなかった。
「お褒めいただいて光栄だね、次はどこに行く?」
「次は、薬を売りに行きましょう」
薬はルルーがいつも行っている薬屋だ。
2人はだいぶ軽くなった荷車を押し、その薬屋に向かった。
屋は少し路地に入ったところにある。ルルーはいつも通り店主に声をかけ買い取って欲しい旨を伝えた。
店主は無愛想な態度で頷き薬の数を確認して金額を提示する。
いつも通りだったからルルーは頷き了承しようとした時。
「ねえ、それ安すぎない?」
そう言ってヘルフリートが、割り込んできた。
「おい、変な言いがかりつけるなよ。いつも通りの値段だよ」
店主はヘルフリートに、ムッとした表情でそう言った。
ルルーは驚き、困惑する。まさかヘルフリートが入ってくるとは思っていなかった。
「いくら買取だからって、その値段は安すぎだよ。俺ほかの店で似たような薬の値段を見たけど、それの値段の五倍はしてた、ある程度利益は上乗せするにしてもぼったくりだよ。それにばーちゃんの薬は普通のより効き目がいいんだ、最低でもそれの倍は払ってもいいはずだ」
ヘルフリートは畳み掛けるように言うと、ルルーの方に向いてさらに付け加えた。
「おばあちゃん、俺の知ってる薬屋だったらもっと高く買ってくれるよ。そっちで売ろう」
ヘルフリートはそう言って、渡した薬を回収しようとする。
「お、おい。ちょ、ちょっとまて」
店主はそれを見て慌てる。実は、ルルーが売る薬はよく売れるのだ。
ヘルフリートが言ったとおり即効性もあって、よく効くと評判で。入荷はいつだと急かされるくらいなのだ。この店では目玉商品の一つになっていた、店主にとってはルルーの薬はいい金づるになっていて、ここで売り先を変えられるのは困る。
ヘルフリートはその表情を見て、これは交渉の余地ありと判断する。
「じゃあ、ちょっとは勉強してくれるよね?」
そこから、ヘルフリートと店主の値段交渉が始まった。
ルルーはそれを呆気に取られながら見ているしかできなかった。街にほとんど行かないルルーにとっては適正価格なんて知らなかったし、知る機会もなかった。だから交渉するなんて考えがそもそもなかったのだ。
ルルーがオロオロしている内に交渉は進み、ヘルフリートは元の値段の三倍で話をまとめてしまった。
粘り強い交渉と、他に売りに行くと脅したのが効いたようだ。
「……すごい……こんなに財布にお金が入っているなんて、初めて」
ルルーは店を出たところで、自分の財布を覗き込みそう言った。今まで質素な暮らしをしていたから余計そう感じた。
「ヘルフリートすごいわね。あんな風に交渉するなんて、考えたこともなかったわ。ヘルフリートは商人になっても、やっていけるんじゃない?」
ルルーは感心する。それなりに色々な知識はあるもののずっと森で暮らしていたので、街での貨幣の変化を気にしていなかった。
色々なものが値上がりしていたのに、ルルーはかまわず昔の値段のままで取引していたのだ。
「いやいや、これぐらいは当然だよ。俺は喋るのはわりと得意だし。ルルーの薬は本当にいいものだから、本当ならもっとつり上げてもよかったと思う。森ではルルーの方が得意なことは多いかもしれないけど。街のことは俺に任せて」
「ありがとう。これなら今年どころか、来年もなんとかなりそう」
ルルーはそう言って嬉しそうに笑う。
「そうだ。ヘルフリートに、何かお礼をしなくちゃね。お金も入ったし、何か欲しいものとかない?」
お金にはだいぶ余裕ができた、それに後は買う予定のものを買ってしまえば、後は帰るだけ。
買う予定のものは量が多いが、今なら身軽だし店を回ることもできる。
ルルーがそう言うと、ヘルフリートは少し考え、こう言った。
「じゃあデートしたいな」