魔女と生活6
「私が生まれなかったら、お兄ちゃんはもっとお母さんと過ごせた。お父さんもあんな女と再婚もしなかったのに……私が生まれたから……」
その後の、グレータの言葉は続かなかった。
だからあんなにお化けを怖がっていたのかとルルーは思い至った。
これは悪いことをしてしまったと反省する。
「グレータはいい子だよ。グレータのお母さんは体調が悪くてもグレータを頑張って産んだんでしょ?きっとグレータがいい子だってわかってたから。会いたかったから命と引き換えにしてでも産んだんだよ」
「!……そんなことない!わたしは……」
とうとうグレータは、怒ったように言い返す。
ルルーはグレータをあやすようにゆっくり撫でる、そうして言った。
「私の不幸自慢を、もう一つ教えてあげる」
「……え?」
一体なんの話なのか分からず、グレータはキョトンとする。
「私が森に捨てられてたって言ったでしょ。私の親がどこにいるのか、どんな人達なのかわからないけど。だけどひとつわかっていることがあるの」
ルルーは穏やかな声でそう言って続ける。その間もルルーは優しくグレータの頭を撫でつづける。
「私は炎の魔法が使えるでしょ?今は自分の意思でコントロールできるけど、子供の時はそれが上手くできないものなの、特に生まれたばかりの時は絶対といっていいぐらい、力をコントロールできない」
ルルーは悲しそうに続ける。
「だから炎の魔法を持った子供が生まれると、必ず母親はその魔法の犠牲になってしまうの」
その言葉に、グレータは息を飲む。
そうなのだ、他にも氷や雷そして炎を操る魔法を使う魔力がある子供が生まれると、大体母親はその魔法の犠牲になってしまう運命なのだ。
魔女や魔法使いが人と仲良く暮らしていた時代は、そういったことは他の魔法使いが魔法で未然に防ぐこともできたのだが。魔法使いや魔女が迫害されてしまい、今はそんな知識もなくなってしまっている。
そして魔力を持った子供が生まれると、ただ恐ろしいものが生まれたと思われその子供は大抵捨てられるか殺されてしまうのだ。
「おそらく私の母親は私を産んで、すぐに私が発した魔法で焼け死んでしまった……周りの人は恐ろしかったでしょうね。きっとどうすることもできなくて、私を森に捨てるしかできなかったんだと思う。おばあちゃんが私を見つけた時はへその緒がついたまま、で周りの木や草は焼けて焦土と化していたんだって」
ルルーは少しだけ、グレータを抱きしめた手に力を込める。
その事実を知ったのは、師匠であるおばあちゃんから魔法を習っていた時のことだった。調べ物をするために本棚で本を探していた時にルルーはその資料を見つけてしまったのだ。それは隠すように置かれていて、おばあちゃんがルルーの目に触れないようにしていたのだ。
初めて知った時はショックで大泣きした。それまでルルーは、自分を捨てた親を恨んですらいたから。
「ルルー……」
「私の母親は、きっと私が生まれる時その子供の力で死ぬなんて思ってなかったはず。きっと幸せな未来を夢見ていたのに、何もわからないうちに炎に包まれて死ぬことになったんだ」
悲惨なことを言っているのに、ルルーの声色は穏やかで、それがさらに悲痛さを強調する。
「グレータが悪い子だったら、私は極悪人だよ」
「ルルー!そんなことない!ルルーは優しいよ。口の悪い私とかすけべなお兄ちゃんとかの面倒見てくれてるじゃん。本当はそんなことする必要なんてないのに。お人好しすぎる……極悪人なわけない」
必死に言うグレータに、ルルーは優しく笑う。
「ありがとう、グレータは優しいね」
「……ごめんなさい、もう私はいい子でいいよ」
グレータは観念したようにそう言った、改めてルルーの優しさに涙が出てくる。そして続けて言った。
「ありがとう……それと……ひどいこと思い出させてごめん」
「これでおあいこだね。私もからかいすぎちゃったし、ごめんね。さあ、もう寝ようか」
「うん……」
グレータはそう言って、さらにルルーにぎゅっと抱きついた。身を寄せているとルルーは暖かくてホッとする。
「グレータ、それじゃ寝にくくない?」
ルルーはクスクス笑いながら、グリグリと抱きしめ返す。
「ルルーって意外に胸おっきいね、今度お兄ちゃんに教えてあげよう」
「そう?……っていうか、ヘルフリートに教えるのはやめて欲しいわ」
やっといつもの調子に戻ったかなとホッとしつつルルーが呆れたように言うと、グレータはさらにグリグリと胸に顔を埋める。
「お母さんがいたら、こんな感じだったのかな?」
「……せめてお姉ちゃんがよかったな……」
「お姉ちゃん……うん、それもいいな……」
グレータはそう言って、クスクス笑いそのままの体勢で眠ってしまった。
ルルーはそれを見てグレータにシーツを肩までかけてやり、自分も眠りについた。
ーーーーーーー
「なんだか、最近グレータと仲がいいね」
ヘルフリートがそう言った。
今日はルルーとヘルフリートは家の裏で、炉を使い壊れた剣を直す作業を進めていた。
壊れた武器たちは順調に直されていっていて、ルルーはそろそろ街に売りに行ってもいいかもしれないと思いながら炉に火を満たしていた。
「え?そう?……う〜ん確かにそうかも」
グレータ達が家に着た頃に比べればかなり違ったし、特にあのお化けの件からグレータはルルー特に懐くようになった。
何かあるとルルー、ルルーと言ってひっついてきたり、たまに一緒に寝ることもある。
ルルーもそれが可愛くて、本当に妹が出来たみたいで嬉しくて、つい構ってしまうのだ。しかし春になったら別れることになる。ルルーはうっかり、引き止めてしまいそうで少し困っていた。
苦笑するルルーがヘルフリートを見ると、なんだか複雑そうな顔をしている。
「どうしたの?」
「いや、仲がいいのはいいんだけど……ちょっと」
珍しく歯切れの悪い言い方に、ルルーは不思議そうな顔をする。
何か問題でもあるのだろうか?
「……妹を取られたみたいで、なんだか面白くない……」
不思議そうな顔をしていると、ヘルフリートは口を尖らせてそうにそう言った。
その言い方が子供みたいでルルーは少し笑ってしまう。
ヘルフリートはどうやらルルーとグレータが仲良くなったのを見て、やきもちを焼いてしまったようだ。
「グレータは滅多に人に心を許さないんだ。しかも小さい頃は特に何かあるとお兄ちゃん、お兄ちゃんって懐いてきてベッタリだった。最近は口が悪くなっちゃったけどそれでも、なんだかんだ言ってお兄ちゃんが一番だと思ってたのに、ルルーに一番を取られた気分」
ヘルフリートは口は自分で言っていて落ち込んできたのか段々暗い表情になっていく。
ルルーは慌ててフォローする。
「一番は今でもヘルフリートだと思うわよ、グレータと喋ってても一番話題が出るのはヘルフリートだもの」
「いや、俺がグレータと喋ってる時はルルーの話題が一番出る」
ヘルフリートはなぜか、負けずにそう言ってくる。
「まあ、ヘルフリートとグレータが喋っている時にヘルフリートの話題が出るってことはヘルフリートが何か罵倒されてる時ぐらいしか想像できないから、必然的にそうなるのかな?」
「……たしかに」
ヘルフリートは、がっくりと肩を落とす。
「ああ〜、わかってるんだ。この先にもグレータはもっと友達ができたり彼氏ができたりするんだって。それにいつかグレータも嫁に行くんだ。……わかってた。わかっていたけど仲のいい女の子の友達ができただけで、こんなに寂しくなるなんて……」
ヘルフリートは、娘が嫁に行ってしまう父親のような表情で嘆く。そんな先のことまで心配するなんて、かなり重症だ。
「グレータ、嫁なんか行かないでくれ!!」
グレータにはまだ恋人もいないのに、えらい嘆きようである。
ちなみにグレータは今、レオと薬草探しに行っている。薬草とりは大分と慣れてきたようで、採れる量も増えてきた。
グレータによると、レオとは最近少しだけだけど距離を縮めたらしい。近づいても嫌な顔をされなくなったと自慢げに言っていた。
「そういえば、仲良くなったきっかけはなんだったんだ?俺の知らない間に何かあった?」
ヘルフリートは不思議そうに聞く「もしかして、仲良くなれる魔法の薬でもあるのか?」とまで言った。
「まさか、そんな風に人の心を動かせる魔法薬なんてないよ。それに春には出てってもらわなくちゃならないのに、あんまり仲良くなってもしょうがないじゃない」
ルルーは呆れて言う。
このままだと離れるのも辛くなりそうなのに、そんな薬あったとしても使わないだろう。
「うう〜ん、しいて言うなら女の子同士だからこそ、分かり合える事があるからだと思うけど……あと……」
やはり大きな理由はあの事があったからだろう、お化けの事件だ。からかいすぎてグレータを泣かせてしまったルルーだが。でもあの事があったおかげでルルーとグレータは随分仲良くなったのだ。
ルルーはヘルフリートこの間あった夜の出来事を話した。
グレータは自分が産まれたことによって母親を殺してしまい、自分は悪い子だと思い込んでいたことやルルーが何を言って慰めて、そして仲良くなったかを。
きっとグレータの性格じゃ、ヘルフリートにこの事は言えないだろう。
「ーーグレータはきっと、ずっとそのことが心に引っかかってたんだと思う。でも誰にも言えないから苦しかったのよ。今更結果を変えることも状況も変えられないけど、私に喋ったことで少しスッキリしたのかもしれない……どうしたの?」
ルルーがそう言うと、ヘルフリートはルルーをじっと見つめ、急に立ち上がるとルルーを抱きしめた。
「わ!」
「ごめん……ルルーにもそんな過去があったなんて知らなかった。それなのに勝手に嫉妬して、変なこと言った」
「ヘルフリート……」
ヘルフリートはルルーの悲惨な過去に驚き、でもそれがあったからこそグレータは心を開いたのだと理解した。
それなのに嫉妬して、しかも薬を使っただなんて、失礼なことを言ってしまったと後悔したのだ。
ルルーは苦笑して言う。
「ヘルフリートもグレータも本当にいい人たちだな……」
ルルーはいきなり抱きしめられて驚いたが、ヘルフリートの後悔するその声に、ヘルフリートの優しさを感じた。
この家に来た当初はとんでもない兄妹だと面食らったものだし、どうなることかと前途多難だった。
ルルーは思い出す、二人が来る前は本当に静かな暮らしをしていた、それに比べると随分賑やかで。そして思った以上に楽しい。
本当にこれじゃ春になっても2人を追い出すだなんてできなくなってしまうかもしれない。
ルルーはそう思って少し辛くなる。ヘルフリートの温もりに包まれながらルルーは、今からこんなことじゃ先が思いやられると自嘲した。
「……」
「……」
「…… ヘルフリート?いつまで抱きついてるの?」
そう思っていたルルーだったが、しばらくしても離さないヘルフリートにルルーがそう言うと
「……いや、グレータが言った通り、胸おっきいな〜と」
「!!ば、ばか!」
ルルーは慌てて手を突っぱねて離れる、「全く油断も隙もないんだから」と言いルルーは真っ赤になる。
「へ、変なこと言ってないでもう休憩は終わり。キリキリ働いて!サボってると釜に放り込むわよ!」
「はーい」
「……本当、やばいなルルーは可愛すぎる。本気になるつもりなんて、なかったのに……」
「うん?何か言った?」
「いや、何でもないよ」
ルルーが聞くと、ヘルフリートはそう誤魔化す。
そうしてヘルフリートの冗談で、雰囲気はいつも通りに戻った。
そうして2人は作業に戻った。
「じゃあまた竈に火をいれるね。…………でも…本当……あんまり仲良くなるのは、これくらいにしとかないと……知られたくないこともあるし……」
「うん?何か言った?」
ボソボソと独り言を言っていたルルーに、今度はヘルフリートが聞く。
「え?あ、……な、なんでもないわ」
ルルーは慌ててそう言って作業に戻る。
その後の作業は順調に進んだ。




