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魔女と生活1

「言っておきますけど。春までこの家に住むことは約束したけど、ここにいる間はあなたたちには働いてもらいますからね!」


翌朝、魔女は朝食とコーヒーをテーブルにドンと置きながら、宣言した。

昨日は脅されてしまったが、魔女もこのまま負けたままでは悔しくてそう言ったのだ。

一晩たって、冷静になると。今度はだんだん腹が立ってきた。


「ええ〜」


それを聞いたヘルフリートとグレータは、不満そうにそう言う。


「当たり前でしょ!どっちにしろこの家には、猫のレオと私が冬を越せるだけの準備しかしてないのよ。このままいけば森で迷わなくても飢え死にすることになるわ」


魔女はぷりぷり怒りながら、朝食を食べ始めた。焼きたてのパンを力任せにむしり口に運ぶ。

昨日の事を思い出すと本当に腹がたつ、いくらなんでも兄妹の行動は自分勝手すぎる。

ちなみに朝食は、ボイルしたソーセージと昨日のスープの残りです。


「そこは、魔法でどうにかならないの?」


グレータも魔女に習ってパンをちぎって口に運ぶ。出来たてなだけあって、暖かくて香ばしくておいしい、食べる手が止まらなくなってしまう。

魔女は眉をひそめて続ける。


「魔法だって万能じゃないのよ。っていうか万能だったら昨日こんな約束してないわ」


言われてみれば確かにそうだ。

魔女がカエルにすると言った時、すぐにでも魔法がかけられたら、こんなことにはなってなかった。

それを聞いた兄妹は、流石に納得せざるおえない、そのおかげで脅しは成功したのだ。

魔女はため息をついて説明する。


「なにかを得るには、それなりの対価が必要なのよ。魔法を使うにも料理をするにも下準備が必要なの。なにもないところからはなにも得られないわ」

「まあ、置かせてもらうんだから、それなりに働かないとだね」


ヘルフリートも流石に無いものを出せとは言えない。


「そう言えば名前なんていうの?」

ヘルフリートは、いきなり明るい笑顔になって魔女に質問する。


「え?ああ、まだ名乗ってなかったっけ。私はルルー、猫はレオよ……っとこれは昨日言ったわね」


ルルーは猫を指差しそう言った。レオは我関せずと言った様子で、皿にのせられた食事を食べている。


「へー。ルルーって言うんだ、可愛いい名前だね。年はいくつ?ここに住んで何年くらいたつの?彼氏いる?」

「お兄ちゃん!こんな時までナンパを始めないでよ」


グレータは呆れて言う。しかし、ヘルフリートはその言葉をきにすることなく続ける。


「まあ、冗談はさておき。働くのは問題ないよ。グレータもいいよな?」

「まあ、私も働くのに文句はないわ。腹に背は変えられないものね」


グレータも渋々了承する。


「私の名前はグレータ、横にいる下半身のゆるい男はヘルフリート。クズ男とでも呼んでくれたらいいわ」

「そこまで言わなくでも……せめて不詳の兄ですがぐらいにとどめてよ」


ヘルフリートはグレータの言葉に情けない表情で言い返す。


「朝っぱらからナンパ始める男なんて、クズ以外のなにものでもないわよ。それと兄だなんて今後言わないでくれる?変態と血が繋がってるのがバレるじゃない」

「ひ、ひどい……」


グレータとヘルフリートは、とっても仲のいい兄妹だ。


「ま、まあいいわ。じゃあそう言うことでよろしくね。とりあえず朝食を食べて。それからバリバリ働いてもらうからね」


ルルーは2人の激しいやりとりに気圧されながらも、なんとかビシッと言う。

兄妹は頷き朝食を食べ始めた。昨日に引き続き食事はとても美味しくて、兄妹はあっという間に食べ終わる。

食事が終わった時、不思議そうにルルーは聞いた。


「そう言えばあなたたち、なんで森で迷子になってたの?っていうかそもそもなんでこの森に入ったの?」


この森は深く、魔物もいる危険な森だ。森を越えても高い山があるだけで隣の町に行くにも森に入ったところで遠回りになるだけで、街を横切った方が断然早い。

だから人々からは恐ろしく、入ってはいけない森と言い伝えているのだ。


「まさか、あなたたち犯罪者ってことはないわよね。……昨日の脅し方を見たらあながち間違ってなさそうだけど……」


昨日のグレータの脅しは、犯罪者も逃げそうな恐ろしさだった。とは言えヘルフリートは置といても幼い女の子にしか見えないグレータが、何か犯罪に関わっているようには見えない。

兄妹は顔を見合わせ、言いにくそうに話しはじめた。


「俺は19才で最近独り立ちして働いてたんだけど……それでもグレータが暮らす実家は貧乏でね。今年の冬は大分厳しくて、まあ世間が全体的に景気が悪いせいもあるけど。そのせいか母が」

「あんな人、母親じゃないわ!お金がないのもあの人が無駄使いしたせいなのに!!」


ヘルフリートが説明していると、グレータが突然憎々しげに声を荒げた。

グレータは悔しそうな顔で俯く。ヘルフリートはそれを聞いて、言いにくそうにさらに続けた。


「あー、うん、実は母は後妻なんだ。俺たちの本当の母親はもう死んでる。……それでお金がなくてどうやら継母は父にも内緒でグレータを娼館に売ろうとしていたみたいで……」


俯いてスカートをぎゅうっと握るグレータを、ヘルフリートは優しく撫でた。


「気がついた時は、お金は娼館に支払われた後で……どうにもならなくて俺が匿ったんだけど、金は払ったんだからと、娼館の連中が柄の悪い連中を雇って、探しまわっていたんだ。町中じゃすぐに捕まってしまうし。どうしょうもなくて森の中に入ったんだ。上手くいけば、遠くの町に逃げられるかと思って」


ヘルフリートは、そう言って苦笑した。

グレータは目がくりくりしていて可愛いと言っていい容姿で、着飾ればもっと可愛くなるだろう顔をしている、娼館に売られそうになったのも納得できる。

しかし、娼館に売られてしまえば売られた金額と同額まで稼がないと、一生そこから出られない。

粗悪な娼館は悪質な方法で、さらに借金を増やさせて死ぬまでこき使うところまであるらしい。

それがわかっていた二人は切羽詰まっていて、結果兄妹は着の身着のままで、とりあえず街から逃げるしか方法がなかったのだ。

森では迷わないようにと、用心して目印をつけて進んでいたのだが。いつの間にか見当たらなくなっていて、あっという間に迷い、この家にたどり着いた。


「そうだったの……だからここにいさせろって言ったのね。まあ、何かあるとは思ったけど……」

街に帰るのは危険だ、しかしこの森にいれば探している娼館の人間には、早々見つからないだろう。それに流石に春になったら、ほとぼりは冷めていると踏んだのだ。


「言っておくけど。変に同情なんてしないでよ。そういうのが一番ムカつくのよ」


俯いていた、グレータはそう言ってルルーを睨んだ。


「グレータ、そういう言い方よくないよ」

「ふん」


ヘルフリートはたしなめるが、グレータは口を曲げて横を向いてしまった。

ルルーはそれを聞いて少し呆れた顔をした後首をすくめて言った。


「あら、同情なんてしないわよ。言っておくけど、そういう不幸自慢は私だって負けてないんだから」

「わ、私は。不幸自慢なんて……!」


グレータは思わず言い返す。ルルーは言葉を続ける。


「私はね、産まれてすぐに魔女だってわかって、へその緒がついたままこの森に捨てられてたの。私を育ててくれた先代の魔女がいなかったら、多分そのまま森で死んでたわ」

「っ……」


ルルーはなぜかドヤ顔でそう言った。ルルーもルルーでこんな森の奥で暮らしているのもそれなりの理由があるのだ。

グレータは意外にもヘビーな過去に言い返せなくて、悔しまぎれに「……なにそれ全然自慢になってないわよ」と言った。


「まあ、なにはともあれ生きてればこっちの勝ちよ。でも、生きていくには食べ物がないとね。だから仕事よろしくね」


ルルーは少し笑ってそう言った。


「わかってるわ、言われなくてもちゃんと働くわよ」


グレータはむすっとしながらも、素直にそう言った。そこまで言われて、わがままを言うのは子供っぽくて恥ずかしい。


「よろしくね」


ルルーはそう言うと、紙と羽ペンを取り出し、何かを書き始める。冬までの予定が変わってしまったのだ、計画を立て直さなければならない。


「男手があるから、なんとかなると思うけど。色々忙しくなりそうね」


そう言ってブツブツと状況の整理をしていく。


「干し肉に小麦粉はこれだけ残ってるし……、ジャムはもっと作らないと……薬草はこれだけだから、もっと採りに行かないとね。あ、そうだ結界も見てこないと」

「結界?」


黙って聞いていたヘルフリートが聞きなれない言葉に、不思議そうに聞いた。ルルーは手を止めて説明する。


「ここは人や魔物が来れないように、広範囲に魔法で結界を張ってるの。魔法でグルグル回って元の町に戻るようにしてあるんだけど……」

「なるほど、この森に入ると迷うって言われてるのは、これのせいだったんだ」


納得したようにそう言ったヘルフリートに、ルルーは頷く。


「そうなのよ。でも、あなたたちがここに来れたってことは、その結界が一部壊れてるってことになる。さっき言ったけど、その魔法は広範囲に張ってあるから、結界が壊れたところを探すのがまず大変なのよ」


ルルーは困った顔で言った。

ただでさえ予定が狂ったのに、やる事が増えてしまったのだ。

まさかそんなものがあったとは知らず、ヘルフリートは感心する。

ヘルフリートたちがここにたどり着いたのはかなり偶然が重なったからのようだ。


「なるほど……」

「人が来るくらいだったら、たいした問題もないのだけれど、本格的に寒くなってきたら冬狼っていう魔物が活発になるから。そこから家まで来られるのは面倒なの。それまでになんとかしたい。対抗手段はあるけど……うう〜ん。時間が足りるかな」


魔女は紙を睨んで、にらめっこして考え込む。結界が壊れてしまうことはこれまでにもあった、それだけなら何とかなったのだが、二人がいる今、それだけに構っている暇はない。

ヘルフリートは、それを聞いて申し訳ない気持ちになる。


「……なんかごめんね。それにしても、魔法は万能じゃないって言ってたけど、結構いろんなことができるんだね。他にはなにができるの?」

「ん?魔法?……う〜ん色々あるんだけど……」


魔法に始めて触れるヘルフリートは、興味津々だ。ルルーは難しい顔になりつつも説明する。


「まず、魔力がある人間のことを魔女もしくは魔法使いっていうの。さっき魔法にも対価が必要だって言ったけど、魔女や魔法使いにはそれぞれみんな一つだけ、得意な魔法を持って産まれるものなの。魔力を使うんだけど、ほかの魔法使いが使うより楽に、より効率よく使える。でもそれは一つだけと決まっているの。ちなみに私は炎の魔法を持ってる」


「へー」


グレータも初めて聞く話に興味深そうにそう言った。


「これが私の魔法」


ルルーが手を持ち上げると、何もない手のひらの少し上に炎がいきなり現れ、渦巻いた。

炎はルルーの手の上でメラメラ燃え、そして突然ふわりと消えた。


「うわ〜すごい」


ヘルフリートとグレータは目を丸くして魅入る。とても不思議だがとても綺麗だった。


「私は、こんな風に炎を自在に操れる魔法を持ってるの。さっき言ってた私を育ててくれた先代の魔女は氷の魔法を持っていたのよ。どんなに暑い日でも氷を作れた」

「氷、へ〜。そういえばその魔女はどうしたの?」


ヘルフリートがそう聞くと、ルルーは少し寂しそうな顔をする。


「去年ね……風邪を引いてそのまま……まあ、歳だったから覚悟はしてたんだけど……」

「そうだったんだ……ごめん」


グレータも少し気まずそうな顔になる。


「ううん……いいの。それに私は大丈夫よ。おばあちゃんにはいい思い出を沢山もらったから、暑い夏にはよく氷の家とか雪だるまを作ってくれてとても楽しかった」


ルルーは懐かしそうに言った。その顔には寂しさがあったものの、微笑んだ顔は柔らかく悲しみはない。


「それで……魔法の話にもどると。自分以外の魔法を使うには、体に巡っている魔力を魔法薬や鉱石にこめて媒体にしないといけないの。昨日老婆に変身してたけど、あれも作った魔法薬で変身していたのよ」


ルルーは思い出すようにそう言って、続ける。


「でもその薬には時間制限があるの、だから真夜中には完全に解けてて。あの時は朝になったらまた薬を飲んで、もう二度ここら辺に近づかないように脅そうと思って練習してただけなのに変な誤解をされて……あんな事に」


ルルーはそう言って眉をひそめる、ルルーとしては少し脅して追い出した後ゆっくり結界を直すつもりだった。


「なるほど……だからあの時ブツブツ『太らせて食べてやる』なんて言ってたんだ。でも魔法にそんなに手間がかかるなら、あの時カエルにするのに手間取ったのも納得だ」


ヘルフリートはうんうん頷き、そう言った。


「っていうか直接、炎の魔法使ってればよかったんじゃ……?」

「……あ」


聞いていたグレータがぼそりとそう言った。

炎の魔法なんて使われたら、さすがにグレータもヘルフリートも逃げるしかない。

なんていうかルルーは安定のドジっ娘なのだ。


「ほ、本当だ〜しまった。私のバカ〜!!」


ルルーもそのことに気がついて、頭を抱える。


「言っとくけど、もう置いてくれるって約束したんだから、それは守ってもらいますからね」

「うう〜」


グレータは容赦なくそう言った、ルルーはうなだれる。

脅されたとはいえ、一度約束してしまった手前、ルルーは何も言えなかった。ぐぬぬとテーブルにうずくまる。

食事を終えたレオは呆れたように、それを見ていた。


こんな風に魔女のルルーと猫のレオ、ヘルフリートとグレータ兄妹の生活は、始まった。

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