魔女の森2
「ウグ!」
ヘルフリートがゆっくり女の子に覆い被さろうとした時。
ボスッッ!!という音とうめき声と共に、ヘルフリートが身体をくの字に曲げたかと思うと、うずくまり倒れこんだ。
「へ?」
女の子が唖然としていると、横にグレータが怖い顔をして仁王立ちしていることに気がついた。
「お兄ちゃん、見損なったわよ」
「グ、グレータ……見事な回し蹴り。……でもここは男の大事なところだから、マジでやめて」
ヘルフリートは股間を押さえて、プルプルと震えている。
「そんなことより、どう言うことなの。お兄ちゃんが女好きなのはわかっていたけど。まさかこんな高齢の女性まで標的にしてるなんて。穴があれば何でもいいってこと?最低……」
「ま、まて誤解だ」
なんとか誤解を解こうとするヘルフリートに、グレータは苦悩の表情で続ける。
「お兄ちゃんがこんな節操のないケダモノだとは思わなかった。……はぁ……ここは妹として責任をとるしかないわね……」
グレータはそばにあった椅子を掴み、おもむろに持ち上げた。
「え?ちょっと、何する気?」
「悲しいけど、これ以上こんな性獣を野放しにしておけない。ひと思いに死んで!」
「ぎゃー、ちょ、ちょっとまって、よく見ろ。さすがに俺もお婆さんを襲ったりしない」
ヘルフリートはそう言って女の子を指差す。
「往生際がわるい…って?……あ、あれ?」
そう言われて初めてグレータは、押し倒されていたのが可愛い女の子だということに、気が付いた。
女の子は二人のやりとりに、怯えた表情で固まったまま、二人を見ていた。
「え?どういうこと?こんな子この家にいなかったよね?隠れてたの?……でも、その服お婆さんのと同じだし……お兄ちゃんが最近あんまりにも女っ気がなさすぎて、暴走したんだと思ってたけど。まさかこの女の子がさっきの老婆なの?」
「そうなんだ。でもさっき魔法がどうとか言ってたから、多分この姿が本当の姿なんだよ」
「魔法!……じゃあ魔女ってこと?……魔女って本当にいたんのね」
「ね、わかっただろ?さすがに俺もお婆さんをいきなり襲ったりしないって」
ヘルフリートは、ドヤ顔になって言い放つ。
「どっちにしても最低だけどね」
お婆さんじゃないとはいえ、いきなり女の子を襲うのは犯罪です。
妹は虫ケラを見るような目で、ヘルフリートを見ると「変態だってことは変わらないわ……」とジト目でそう言った。
「う、そんな目で見ないで……お兄ちゃん、変な扉を開きそうだよ」
「……とはいえ、こんなことになっていたとはね……」
グレータは顎に手をやると、考え込む。
「……でも、これはチャンスかもしれないわね」
何かを思案していたグレータは、そう言ったかと思うと。おもむろに落ちていた包丁を拾い、魔女ににじり寄るとニヤリと笑い言った。
「魔女さん、お願いがあるんだけど」
「 ヒッ!」
一難去ってホッとしたところで、今度は妹に脅され魔女は怯え後ずさりする。
グレータはさらに包丁を突きつけ追い詰めた。
「私たち困ってるの、元いた町には帰れないし。他の町に行こうにも職もないのよ。当然お金もないしね?」
困っていると言いつつ、完全に包丁で脅すグレータ。魔女は怯えつつも口を開く。
「……な、何が望みなの?」
「少しのあいだここにいさせて欲しい。このまま家を出されても森で飢え死にか獣に殺されるわ。こんなにか弱い女の子が死んでしまったら、あなたも寝覚めが悪いでしょ?」
グレータはか弱いと言いながら、邪悪としか言いようのない顔ニタリと笑い、そう言いました。
「そ、そんな……でも……」
「お願いよ。聞いてくれないなら……お兄ちゃんがまた襲うわよ」
「え?おれ?」
「そうよ。ほらっ!お兄ちゃんぼーっとしてないで。こんな時にしか役に立たないんだから、しっかりやってよ」
「こんな時にしかって……」
それでもヘルフリートは言われた通り、魔女の方に向くとジリジリと近いた。
「ヒッ、や、やめて…」
魔女はよっぽどさっき襲われたことが怖かったのか、ビクリと震え。涙目になりさらに後ずさる。
目を潤ませ怯えた顔は、さながら猛禽類に襲われる仔ウサギのようだ。
涙が滲み真っ青になって姿は可憐で、まさに襲って下さいと言っているように見え、男の加虐心を煽った。
「か、可愛い……やばい、マジでこれはそそる。役得だわ、ヒッヒッ〜襲っちゃうぞ〜がお〜」
怯える姿が可愛くてヘルフリートは段々ノリノリになる。グレータもさらに追い詰めるように言う。
「お兄ちゃんは近所でも有名な女好きで、喋っただけで妊娠するって恐れられてるヤリチンなんだから。穴さえあれば何でも突っ込む変態のお兄ちゃんにかかれば、あなたなんてすぐに従順なメス豚になっちゃうわよ……試してみる?」
「い、妹よ……お兄ちゃん、近所でそんな噂が流れてるの?っていうか、さっきから気になってたんだけどその言葉どこで覚えてきたの?お兄ちゃん悲しいよ?」
「あ”あ”?」
「ヒッ、ごめんなさい」
情けない顔をして言うヘルフリートに、グレータはチンピラのような顔で睨む。
「ゴタゴタ言ってないてちゃんと追い詰めて!」
「は、はい!」
兄妹はそんなやりとりをしながら、ジリジリと魔女に迫る。
魔女はとうとう棚がある壁まで追い詰められてしまった、絶体絶命のピンチだ。
「た、助けて……」
「クックック……こんな森の奥じゃ叫んだって誰も助けてくれないわよ……そろそろ観念したら?」
グレータはそう言って、うら若い乙女を襲う山賊のような事を言ってペロリと包丁を舐める。悪党も顔負けだ。
「や、やめて……」
「さあ、今すぐに決めなさい!」
「!!……っわ、私は!」
しかし、迫るグレータに果敢にも魔女は立ち上がった。このまま、二人をここにいられるのは困る。
そして震えながらも言い返した。
「い、言っておくけど。わ、私は魔女なんだから、魔法が使えるのよ!」
「……」
今まで防戦一方だった魔女の言葉に、ヘルフリートとグレータは少し警戒をする。
「あ、あなたたちのこと、カエルにだって変身させてやるんだからね!」
「!?っそ、そんなことできるの?……」
カエルという言葉に、兄妹もさすがに怯んだ。
魔女はそれを見て、こちらにもまだ助かる余地があるかもと続ける。
「こ、この月桂樹の葉とカエルの脳味噌とニガヨモギを乾燥させたものと……えーっと…うん?……あれ?あれはどこだっけ」
魔女はそう言って、棚から色々取り出し、さらに後ろを向くとゴソゴソ何かを探し始めた。
「あ、あった。それから四つ葉のクローバーの朝露……を……1時間煮込んだら出来上がり!ってキャー!何するの!」
持っていた瓶や壺が割れる音と共に、魔女はあっという間にヘルフリートに捕まってしまった。背中を向けていたので捕まえるのは簡単だ。捕まえたヘルフリートは呆れた顔で言う。
「いや、当たり前だし。それに、そんなの作るの待ってやるわけないだろ……っていうか1時間って……」
魔女はなんていうか、ドジっ子だった。
しかも、持っていた材料は落としてしまったので。もう、その手も使えなくなってしまった。
「ああ、苦労して集めた素材が……」
魔女は半泣きでうなだれる。あっという間に形勢逆転、完全に追い詰められてしまった。
「さあ、どうするの?」
「うう……」
気を取り直したグレータは、そう言ってさらに包丁を突きつける。
魔女にはもうなすすべはない。
「私たちをここに置いてくれたら、悪いようにはしないわ。冬の間だけもいい。その間は乱暴な事もしない。でも……逆らうなら容赦しないわよ」
魔女は後ろから羽交い締めにされ、包丁を持ったグレータにジリジリと追い詰められ、さすがに観念するしかなかった。
「わ、わかったわ。ふ、冬の間だけなら……」
「やった!」
魔女は諦めたようにがっくりと膝を突きうなだれそう言った、それを聞いた兄妹はハイタッチして喜ぶ。
こうして魔女と猫と兄妹の共同生活が始まったのだった。