長靴ははいてない猫2
魔女の家でルルーは、またもやベッドでシーツにくるまり、岩のように固まっていた。
なんて言うか、ヘルフリートに美味しくいただかれてしまうという、初めての経験をして。
ルルーはキャパオーバーになってしまい、どうしていいかわからずまたこうやって固まっていたのだ。
シーツにくるまったルルーは顔が真っ赤になっている。
落ち着けと自分に言い聞かせるが、体が少しだるくて下半身に違和感があって、動くたびに色々思い出してしまい落ち着くなんてできなかった。
ルルーはその度に、真っ赤になって固まり。たまに、芋虫のようにベッドの上でゴロゴロ回転し始める。
コンコン、というノックの音にルルーはビクリと動きを止めた。
「ルルー……大丈夫?」
ヘルフリートの声に、ルルーは体を震わせる。
恐る恐る部屋を覗き込み様子を伺うヘルフリートは、困った顔をしながら頭をかく。自分が起こした結果でこうなったのはわかっているが、どうフォローしていいかわからない。
それに照れてるルルーが可愛くて、しばらくこうして見ていたい気もしたかた。
とはいえ、今はそんな悠長なことを言っている場合ではなかった。
「グレータがまだ帰って来てないんだ。いつもならもうとっくに帰ってるはずなのにおかしいなと思って」
「え?」
ルルーはその言葉を聞いて、飛び起きる。
自分のことでいっぱいいっぱいでグレータのことをすっかり忘れていたのだ。
窓を開けると、外はもうすっかり陽が沈んでしまっている。
「大変!」
レオがついているから安心していたが、いくらなんでも遅すぎる。
ルルーは慌ててベッドから出てローブを羽織る。しかし、よろけて少しつんのめってしまった。
「うわ、大丈夫?」
ヘルフリートが、倒れそうになったルルーを抱きとめる。
「だ、大丈夫!」
ルルーは途端に真っ赤になって、慌ててヘルフリートから距離を置く。
ついさっきのベッドでの出来事を、思い出してしまったのだ。
あの時はヘルフリートの雰囲気がいつもと全然違っていて、ルルーはそれを思い出してしまって、またもやまともに顔を見れなくなった。
もじもじ俯くと、ヘルフリートは心配そうに続けた。
「体は大丈夫?無理しないで休んでいた方がいいんじゃないか?俺が代わりに探しに行くよ」
「ほ、本当に大丈夫だよ」
ルルーはなんとか持ち直して、そう言う。
ヘルフリートはいつもより優しくて、言葉に甘いものが滲んでいるから色々思い出してルルーは思わず挙動不審になる。
それに、そんなことをしている場合ではない。グレータが心配だ。
「でも……」
「ヘルフリートはまだそんなに森に慣れてるわけじゃないし。ここまで暗くなると逆にヘルフリートが迷ってしまうわ」
「じゃあ一緒に行こう」
そう言ってヘルフリートもローブを取りに行こうとするが、ルルーは止める。
「いいえ、ヘルフリートは家で待っていてくれる?入れ違いになって、だれも家にいないのも困るから」
ルルーはそう言いながら森に出る準備をする。
「どちらにしてもきっと寒い思いをしてると思うから、できれば部屋を暖かくしておきたいの。だからお願い、ヘルフリートはここにいてもらえない?」
グレータはヘルフリートにとっては大切な妹だ、きっと今すぐにでも走って探しに行きたいはず。ルルーはそれがわかっているから、辛そうにそう言った。
それでもルルーの言うことはもっともで、ヘルフリートは少し悔しそうにしながらも了承した。下手に動けば、被害が二倍になりかねない。
外は雨が降り始めている、早く見つけないとグレータたちは風邪をひいてしまう可能性もある。
ルルーは魔法の火で明かりを作り、自分の周りを明るく照らす。
用心のために食料と水、それから毛布を入れたバックを持つと、いそいで家を出。
一方、グレータは木のうろの中で、恐怖に震えていた。
「な、なんで狼が……」
実は。崖から落ちたことでグレータ達は、森にあった結界の外に出てしまっていたのだ。しかも今は魔除けの頭巾も無い。
冬狼は名前の通り冬に活動が活発になる。今はまだ本格的に冬ではないが、それでも冬狼は獰猛だ、下手に動いて見つかりでもしたら襲われてしまうのは確実だった。
グレータはレオを守るように抱きしめ、さらにうろの奥の方に体を押し込める。
それでもうろはそこまで広くない、グレータの体はすっぽり収まり隠れているが、見つかってしまったら逃げ場もない。
どうすればいいかの知識もないし、あったとしてもグレータ1人でなにかできるとも思えない。
冬狼は一匹で、餌を探しているのか匂いを嗅ぎながらウロウロ歩き回っている。
「ど、どうしよう……」
飛び出して逃げるのは怖すぎる、自ら餌になりに行くようなものだ。でもこのままじっとしていても、襲われるのは時間の問題な気がする。
考えれば考えるほど、グレータはそれ以上動けなくなる。
カサ……カサ……と狼が歩く音や吐く息づかいが、かすかに聞こえる。
グレータは息を殺してじっとしていたが、心臓がやたらうるさく高鳴ってしまいそれすら聞こえてるんじゃないかと思ってさらに怖くなる。
その時、守るように抱きしめていたレオが、するりとグレータの腕から抜けだした。
「レ、レオ!危ないよ!」
グレータが小声でそう言ったが、レオはそのまま外に出ようとする。
グレータは慌ててレオを引き戻そうとするがレオは器用にその手を止め、大丈夫だと言うかのように見返す。
「な、なに?止めるなって言いたいの?」
グレータがそう言うと、レオはその通りとでも言いたげに尻尾をパタパタしてグレータの腕を叩いた。
「じゃ、じゃあ私も行く」
もしかしたらレオにはレオの考えがあるのかもと思い、グレータはそう言って一緒に行こうとした。しかしそれはダメだと言うように、レオは前足を使ってグレータを押しもどす。
「え?私はここで待ってるの?」
そう言うとまたその通りだと言うように、尻尾でパタパタとグレータの腕を叩く。
「で、でも……」
狼は大きくて獰猛そうだ。猫のレオが追い払ったり倒せたり、はとてもじゃないができそうにない。
でもレオは小さくて動きも素早い、もしかしたら何か策があるのか。
そう思って迷っているうちにレオはスルッと外に出てしまった。
「あ!」
レオは狼がいる方に走る。
真っ直ぐに狼に向かっていったから、当然狼はレオのことに気がつき、唸りを上げた。
それを確認したレオは、今度は方向転換して走り出した。
狼も誘われるようにすぐにレオを追いかけ始める。しかし、身軽なレオにはなかなか追いつかない。
レオはグレータが隠れているうろを通り過ぎて、狼を誘うように広い場所に走り抜けた。
狼はなんの疑問もないようで、レオを追いかけグレータがいる前を、すごいスピードで通り過ぎてしまった。
「っひ!」
近くで見た狼はとても大きく、グレータを一飲みにできそうなぐらい凶暴な口と牙が、ちらりと見えた。
グレータは恐ろしくて思わず声をあげそうになる。手で口を抑えて必死に声は飲み込んだが一層怖くなってしまって動けなくなってしまう。
ザザッという、狼が走る音と唸り声が聞こえる。
真っ暗なうろの中、外がどうなっているかわからなくて音だけ聞こえるこの状況はとても怖い。
それに本当にひとりぼっちになってしまって、グレータは怖くて怖くて引っ込んでいた涙がまた出て来そうになる。
でもレオはここにいろと言った、グレータはとりあえずレオを信じてじっと膝を抱える。
その時、外から狼の唸り声唸りと共になにか固いものがぶつかるような音が聞こえた。
とても激しい音でグレータは心配で、思わずうろから顔を出して様子をうかがう。
「……レオ!」
少し遠くだがレオはまだ生きていた。すごいスピードで狼はレオを追いかけ回している。
レオはジグザグに走ったりして、たくみに狼を翻弄しているようだ。しかし狼は徐々に距離を縮める。
しかも、狼が口を大きく開けたと思うと、キラキラとしたものが口周辺に集まった。
何だろうと思っていると、狼が大きく唸り、口をさらに大きく開けた。するとその口からなにか光の固まりのようなものがすごい勢いで飛んだ。
そして、レオがいるすぐ近くの地面に、氷の塊がすごい音と共にめり込んだ。
「レオ!」
おそらく、あれが冬狼の持っている魔法なのだ。
幸いなことにレオには当たらなかった、しかし衝撃があったのかレオは少し体制を崩してよろける。
倒れることはなかったが、狼はまたレオとの距離を縮めた。
グレータは思わずうろから飛び出る、このままではレオが殺されてしまう。
「レオ!危ない!」
レオはすばしいっこいかもしれないが小さい、あんな大きな氷の塊が一度でもぶつかったらひとたまりもないだろう。
グレータにとって独りぼっちになるより、それは恐ろしいことだった。
グレータは必死になって手頃な石を拾うと、狼に向かって走り出した。
レオはジグザグに走りながら、なんとか狼を遠ざけようと方向を変える。グレータもそれを見て方向を変え、ぐるりと回り狼に近づく。
そうして手に持っていた石を狼に向かって投げつけた。
運良くというか運悪くというかそれは狼にしっかり当たり、狼は動きを止めグレータの方を見た。
「レオ!今のうち!逃げて!」
グレータがそう叫ぶと、レオはグレータがそんなことをすると思っていなかったのか、驚いた顔をした。
その声で狼は完全にグレータに気がそれ、狼は向きを変え標的をグレータに変えた。
明らかにグレータの方が食べるところが多そうだ。
その時、レオがなぜかいきなり悲痛な声を上げて倒れた。
「レオ!」
狼もそれに気がつき、またレオに視線を戻す。
レオは必死な感じで起き上がる、どうしたのかわからなかったが、足を引きずっている。
狼は少し逡巡する。
おそらく食べ甲斐がありそうなグレータか、小さいが確実に仕留められそうなレオか迷ったのだろう。
グレータも、次に何をするか考えてもいなかったので、何も出来ず固まってしまう。
すると狼はまた大きな口を開けてキラキラしたものを集め始める。
どうやらまたあの氷を吐き出すつもりだ、しかも標的はレオに決めたようだ。
しかしレオは足を引きずっていて、どう見ても避けられそうにない。
「レオ!!」
グレータはそれを見て何も考えず走りだす、そして狼の前に飛び出すとレオを守るように自分の体で覆った。
その直後、狼が大きく唸り口を開けたかと思うと氷を口から吐き出し、大きな氷がグレータに一直線に襲いかかった。