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長靴ははいてない猫1

崖を落ちたグレータは、気を失っていた。


「う……うう……」


しばらくして、うめき声と共にグレータは目を覚ます。


「にゃー」


心配そうな声のレオの声が、近くで聞こえる。

グレータは、ゆっくりと起き上がった。身体中が痛い。


「レオ……?私どうしたんだっけ?」


辺りを見渡すと、太陽はもう半分沈んでしまっていた。

崖を見上げるとかなり上の方にグレータが落ちた場所が見える、ずいぶん高いところから落ちてしまったようだ。


「私……どうしよう、ここどこだろう?……あれ!頭巾が無くなってる」


頭がスースーすると思ったら、ルルーにもらった赤い頭巾を被っていなかった。

キョロキョロ見渡すと。崖の上の方にある枝に、引っかかっているのが見えた。

落ちた時に枝に、引っ掛けて取れてしまったようだ。


「取らなきゃ……っ痛!」


慌てて立ち上がろうとすると、どうやら足をくじいていたようで、足首に鋭い痛みが走った。

レオが心配そうに鳴きながら、グレータの周りをぐるぐるまわる。


「ご、ごめんレオ、大丈夫だよ……ちょっと痛いだけだから……」


グレータはそう言って無理に笑い、なんとか立ち上がった。

少し痛いが立てるし歩くことはできそうだ、グレータはホッとする。

頭を打ったのか後頭部が少し痛い、触ってみるとコブができていた。

それでも、この高さから落ちても大丈夫だったのは幸運だった。


「でも、どうしよう……この足だと頭巾が取れそうにないな」


頭をさすりながら、グレータはそう言った。

なんとか背伸びをしてみたが、頭巾はグレータの倍ほどの高さにあって、届きそうにない。

しかも足が痛いから、ジャンプすることもでない。


「っていうか、ここ登らないと家に帰れないのに……どうしよう」


グレータは、ダメ元で崖をよじ登ってみた。

しかし崖は険しく反り返っていて、たとえ怪我をしていなくても登れそうになかった。

それでも何度か試してみたが、服がドロドロになっただけで、結局元の場所に戻ってしまいまう。


「やっぱり無理か……レオ。どうしよう、ここ登る意外の帰り方、知ってる?」


そう言ってレオに聞いてみたが、レオは少し困った顔をしただけでグレータの顔を見つめ返すだけ。

どうやらレオにもわからないようだ。

その時、グレータの頬になにか落ちてきた。


「冷た!……雨?」


雨がポツポツと降ってきた。空を見ると、いつの間にか分厚くて黒い雲がかかっていた。


「ど、どうしよう……」


もうすでに寒い季節だ。外で雨になんか濡れたら、あっという間に凍えてしまう。

グレータがオロオロしていると、レオがスカートを口で引っ張った。


「どうしたの?」


そう聞くとレオがこっちに来いというように歩き出したので、グレータはレオについて行く。

すると崖から少し歩いたところに、大きな木があって。根元に人が入れそうな大きなうろがあった。

レオはここに入れとでも言うように、グレータを見上げニャーと鳴いた。


「ここで雨宿りしろってこと?……まぁ、このまま濡れるよりはましだものね……」


本当はすぐにでも家に帰りたかったがしかない。

雨はどんどん強くなっている、このままでは体が冷えてまともに歩くことさえ困難になるだろう。下手に歩き回って迷ったら、十中八九行き倒れになってしまう。

グレータはうろに入り、体を縮こませる。

中は枯れ草が積もっていて外よりは暖かった。あまり雨には濡れなかったが、それでも雨が降ってきているせいか気温が下がってきていて寒かったのだ。

グレータは少しホッとする。


「レオは入らないの?」


グレータはそう言って隅に体を寄せて、レオが入れる空間を空ける。

レオは少し躊躇したが、するりとグレータが作った空間に体を滑り込ませた。

グレータはこんな状況ではあったが、少し嬉しかった。こんなにレオが近くにいることはめったにないことだったから。

レオは今日も毛艶が美しく、しかも水滴が反射しているせいか、いつもよりキラキラ光っているように見えた。

グレータはうっとりして、触りそうになったが寸前のところで我慢する。

レオはツンツンしているが、仕事はちゃんと手伝ってくれるし、意地悪なこともしない子だ。

それなのにレオが嫌がっていることをするのは良くない。

それに逆の立場だったら大して好きでもない人間にベタベタ触られるのはやっぱりいやだ。

グレータはレオに好かれなかったとしても、これ以上は嫌われたくなかった。


「雨、止まないね」


グレータはそう言ってぎゅっと膝を抱える、そうっとうろから空を見上げると空は分厚い雲に覆われていて真っ暗になってきた、雨はむしろ強くなってきている気がする。

嬉しかった気持ちが一気にしぼむ。

レオには悪いことをしてしまったと落ち込む。

本当なら今頃、家に帰って暖炉の前でぬくぬくできたはずなのに。

それなのに、グレータのせいでこんなところで濡れて凍えることになってしまったのだから。

ため息をつく。

しかし後悔しても、反省しても状況は変わらない。どちらにしても、今はここから動けないのだ。


「雨、いつ止むんだろう……レオ。もし止んだとして家に帰る道はわかる?」


グレータが心配そうにそう言うと、レオはニャアと短く鳴いた。

大丈夫と言っているのか、わからないと言っているのか、いまいち読み取れなかった。

しかしグレータにはもう頼れるのはレオしかいない、だからとりあえず「よろしくね」と言って頷いた。

ルルーやヘルフリートは、こんな時間なのに帰ってこないグレータを心配しているだろうか?そう思ってグレータはルルーと兄のことを思い出した。

不安からか、突然悲しい気持ちが膨らむ。


「ねえレオ。私、春になったら1人であの家を出ようと思うの……」


グレータは唐突に、そう呟いた。

レオは不思議そうな顔をして、グレータを見上げる。なぜ今そんな事を言い出したのかわからない、といった表情だ。


「だって、ルルーとお兄ちゃんは恋人同士になったんだから、お兄ちゃんが家を出て行く必要なんてない。でも私は違う、ルルーとお兄ちゃんは優しいから、いていいって言ってくれると思うけど、やっぱり私はお邪魔だもん」


グレータは二人のことが大好きだ。

だからこそ2人の負担になりたくないかった。

グレータはルルーのように魔法や薬を作る技術や、お兄ちゃんのように手に職があるわけでもない。レオに手伝ってもらって、やっと誰でもできる薬草採りをすることしかできない。

グレータは顔を曇らす。


「2人は止めると思うから、こっそり出て行こうって思う」


それを聞いたレオは訝しげな顔をする、1人で出て行ってどうするつもりなんだ?と言いたげな顔をする。

訝しげな顔をしたレオに、グレータは無理矢理笑って続けた。


「大丈夫だよ。私、1人ならどうにかなる気がするんだよね。ルルーに裁縫を教わってるから針仕事とかできるし。最悪、体を売れば住む家だって見つかるわ」


グレータはできるだけなんでもない風に言う。


「他人にお金で売られるのは嫌だけど、自分の意思でするならまだマシだわ」


猫のレオにこんなことを言っても細かいことはわからないだろう、だからグレータは自分に言い聞かせた。こんな話は巷に溢れている。

しかし、強がったことを言ったくせに、グレータの目から涙が溢れた。

ルルーとヘルフリートが上手くいって嬉しいと言う気持ちは本当なのだが、同時に仲間はずれになってしまったという気持ちにもなっていた。

しかも、自分の失敗で森で迷って足を怪我してしまい、しかも雨が降って動けなくなってグレータの心細さは限界に来ていたのだ。


「大丈夫、大丈夫だよ……」


そう言ってグレータは、もう一度ぎゅっと膝を抱き締める。


「そうだ、なんならレオも一緒に行かない?レオだってラブラブな2人の間にいるのは、気まずいでしょ?レオは小さいし、ごはんくらいなら私でもどうにかなると思うよ……1人はやっぱり寂しいし……」


グレータがそう言うと、また涙がこぼれた。半分は冗談だったが、寂しいと言葉にして余計悲しくなってきたのだ。

そうすると、じっとそれを聞いていたレオが前足をグレータの膝に置き、涙に濡れた頬をペロリと舐めた。


「……レオ」


あんなに近づくことすら嫌がっていたのに、慰めようとしてくれているレオに、グレータは感極まる。思わずレオを抱っこする、しかしレオは嫌がる素振りも見せずされるがままに身を預け、もう一度グレータの頬を舐めた。

だけど、グレータの目からはさらにボロボロと溢れる。外はどんどん暗くなっていく。


「ルルー、お兄ちゃん。寂しい……寂しいよ……1人は……嫌だよ……」


グレータはそう言ってレオの毛皮に顔を埋める。

レオの毛皮は思っていた以上に柔らかくふわふわで、あっという間にグレータの涙を吸い取っていく。


「レオ……」


レオの体は柔らかくて暖かかった、何より触られるのが嫌なはずなのに我慢して慰めてくれているレオの優しさが、とても暖かく感じさせた。

それがあんまりにも暖かくて涙は止まるどころかさらに溢れてしまう。

たまっていた不安を吐き出すようにグレータはレオのふわふわの毛皮に顔を埋めて、しばらく泣いた。


完全に日が沈み、あたりは何も見えないくらいの暗闇になった頃。

目を真っ赤に張らせながらも、グレータはなんとか泣き止んだ。

泣いたことで少しスッキリしたようだ。鼻をグズグズ言わせながらグレータは、少し恥ずかしそうに涙を拭う。


「レオ……ありがとう……」


グレータはそう言って、抱きしめていたレオを解放する。レオは真っ直ぐな目線でこちらを覗き込む。何かを観察しているように。

グレータもレオを見返す、レオの瞳は美しい青色なのだがよく見ると光の加減で色々な色が反射している、まるで宝石のようだ。グレータは思わず見惚れる。


「レオは本当に綺麗な猫だね」


状況はさっきと何も変わっていない、それでもグレータはそう言うち少し笑顔になった。

さっきより大分落ち着いたグレータは、この後どうするか考える。

雨はさっきより大分小雨になってきたから、いずれ止むかもしれないが、それでもこの真っ暗な森の中を歩くのは危険だ。

そう分析したグレータは覚悟を決める。


「ここで一晩過ごそう」


一晩くらいなら食べなくても死ぬことはない、下手に動いて体力を消耗するよりましだ。

季節は冬だが、凍えて死んでしまうほどの寒さにはなっていない。そう思うと雨宿りできる場所を見つけられたのはラッキーだった。

それにルルーが探しに来てくれる可能性もある、そうなるとあまり動き回るのは得策じゃない。

明日になって明るくなってから動いた方が、まだ帰れる可能性がある。

グレータがそう思った時。

どこかで狼の遠吠えが聞こえた。


「!……なに?」


グレータは、びくりと体をすくめる。

遠吠えは、ここから遠くない位置から聞こえた。

恐ろしかったが、グレータはそっとうろから顔を出し、外の様子を見る。

すると遠くの方に、雪を纏ったように真っ白な狼が見えた。

グレータは初めて見る狼だ、普通の狼の二倍の大きさはありそうだ。


「……あれはまさか……冬狼!」


そう、遠吠えの主は一番会いたくなかった魔物。

冬狼だった。

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