魔女と猫1
「……こうして、思いを確かめ合ったルルーとヘルフリートは。末長く幸せに暮らしましたとさ、
めでたしめでたし。……って感じかな?」
グレータは森で薬草を探しつつレオにそう話しかける。
そばにいたレオは気の無い感じでニャーと鳴く。
だけどこんな風に返事をしてくれることは稀だったからグレータは嬉しくてふふっと笑う。
それにルルーとヘルフリートがくっついてくれたのはグレータにとっても純粋に嬉しかったから、どうしても頬が緩んでしまうのだ。
「それにしても。なんでお兄ちゃんは、カエルになっちゃったんだろうね?」
グレータは見つけた薬草を摘みながら、不思議そうに言った。
ルルーの説明ではグレータが作った薬では、ヘルフリートがカエルに変身する可能性はほとんどなさそうだった。
だからと言ってグレータには、何が原因なのか思いつかない。
まあ、そもそもグレータは魔法のことはほとんど知らないのだ、考えてもわかるわけない。
「ルルーは魔力を込めながら作るって言ってたよね……探す時、レオも協力してくれたけど、もしかしてあれのせい?……まさかね……」
実は、グレータ一人では材料を探すのが大変で、見かねたレオが少し手伝ってくれていたのだ。
特にカエルを捕まえるのは本当に大変だった、レオが居なかったら薬は出来なかっただろう。
「あの時はありがとうね。こんな結末になるとは予想してなかったけど、2人の仲が進展してくれて良かったわ」
グレータは原因究明を諦め、レオにお礼を言う。レオは別にといった表情で目をそらす。
それでもレオの尻尾がちょっと嬉しそうに揺れていて、グレータはこっそり笑う。こんな風にレオはたまに優しさを見せてくれるので、グレータはレオに夢中なのだ。
「それにしてもあの2人は本当にじれったかったわよね」
グレータは、呆れたように言う。
「実はお兄ちゃんって口が上手く、てすぐ女の子をナンパするくせに。本気で好きになるとすぐにヘタレになるのよ。ルルーがそう言うことに慣れてないのはわかってるんだから、こここそはもっと押せよって思うんだけどね」
グレータはやれやれといった表情になり「女の子はなんだかんだ言っても強引に迫られたり引っ張ってくれるのが嬉しいのにね」とグレータは訳知り顔で力説する。
「お兄ちゃんは昔からそうだったの、子供の時も近所のパン屋の女の子を好きになったのに上手く話しかけられなくて。逆に虐めちゃって、思いっきり嫌われちゃったのよ」
グレータは喋り続ける。それでも薬草は手早くしっかりと摘んでいく、何度も薬草摘みをして来たグレータには、もうすっかり慣れた作業だ。
「だいっきらいって言われて、すごい落ち込んで。あの時は、本当に鬱陶しかったわ」
グレータはため息をつく。
「お兄ちゃんは結構、顔はいいし優しいし。体も結構引き締まってるからモテるんだけど。好きになる人は振られがちで、逆に面倒臭そうな変な女にはつきまとわれたりするのよ。だから私が気を利かせて、お兄ちゃんと話すと妊娠するとか、女にだらしないとか噂を流して自衛してあげたのよ」
グレータは得意そうにそう言った、実は近所のヘルフリートの噂はグレータが流したものだった。
それを聞いたレオは、呆れ顔になる。
ヘルフリートには迷惑な話だが、グレータは結構なブラコンで、愛情の示し方がちょっと歪んでいた。
「でも良かった……私もルルーのこと好きだし、お兄ちゃんとずっと上手くいってくれたら嬉しいな……」
グレータは思い出したようにそう言って、ふふっと笑う。
「それにしても、どれくらいで帰ったらいいものなのかしらね?」
グレータは少しからかうように言って、レオに向き直る。
レオは目を見開き、少し間を置くと。知りませんといった顔で目をそらすと、スタスタと先に進む。
「あ、待ってよ。怒った?ごめんね、でもこれは結構深刻な問題よ?早く帰りすぎて、真っ最中だったらかなり気まずいわよ?」
ニヤニヤ笑って言うグレータに、レオは怒ったように「にゃー!」と鳴くと、早くこの薬草を取れと言わんばかりに薬草を前足で示す。
「あ、ここにもあったのね。ありがとう、レオ」
レオに言ったら絶対にまた怒られるから言えないが「怒ってるレオはやっぱり可愛いな」とグレータは心の中だけで思う、レオは感情が高ぶると尻尾が激しく揺れるのだ、何度見ても飽きない。
「まあ、でもこの際だから。今日はいっぱい薬草を摘んで帰りたいわね」
そう言うとレオは賛成とでも言うようにニャと短く鳴いた。
油断すればすぐにでも雪が降りそうなくらい寒くなってきた。こんな風に薬草を摘みにこれるのもこれが最後になるかもしれない。
グレータとレオはそれを合図に、張り切って薬草や木の実を探しはじめる。
しかし冬は近いせいもあって、薬草や木の実はかなり少なくなってきている。
グレータは薬草を求めてズンズン森に入って行く。
「こっちは行ったことないわよね?」
グレータはそう言って、今まで行ったことのない茂みに入って行く。
「わ!すごい!こっちにいっぱいあるわ!」
そこは森が少し開けた場所で光が差し込み、探していた薬草が群生していた。
レオも少し驚いたように、ニャーと鳴いた。
「こんなにいっぱいあるなら、多めにとっても大丈夫そうね」
グレータはそう言って、夢中で薬草を摘み始める。
「ふんふん♪薬草〜薬草〜どこにあるのかな〜薬草〜薬草〜なんで苦いのかな〜♪ふんふん〜」
嬉しくてグレータは、変な鼻歌を歌い始める、これはグレータのいつもの癖なのだ。
持ってきた籠の中がいっぱいになった頃、気がつくと太陽はだいぶ沈み、空は薄暗くなってきていた。
「あ、そろそろ帰った方がいいかな?さすがに今なら、帰っても気まずい思いはしないよね……あれ?レオ?……どこ行ったの?」
顔を上げ周りを見たが夢中になりすぎたのか、いつも一定の距離を保ちながらもそばにいてくれたレオの姿が見当たらない。
グレータはキョロキョロ周りを見渡し「レオ!レオ!」と呼び探す。
しかし辺りはシンっと静まり返ったまま。
グレータは森の中で、ひとりぼっちになってしまったような感覚に陥る。
ざあっと冷たい風が吹く。
「っ……」
グレータは、一気に心細くなった。
「レオ……どこ?」
いつも強気のグレータの声が、少し震えた。
「にゃー」
「あ!レオ!」
かなり離れたところで、レオの声がした。
夢中になって薬草採りをしているうちに、いつの間にかはぐれてしまっていたようだ。
レオはスルスルと、こちらに向かってきた。
暗い森に白い体のレオの体は、発光しているように真っ白で暗い海に光る灯台のようだった。
グレータはホッとして、思わずレオの方に駆け寄る。
「ニャーー!」
「え?なに?……わ!!キャー!!」
レオが驚いたように鋭く鳴いたかと思うと、グレータは足を滑らせた。
高い崖があったのだが、草が高く生えていたので崖があるのが見えなかったのだ。
足を取られたグレータは、バランスを崩し一気に崖を転げ落ちた。