魔女と赤ずきんと狼1
「え?」
ヘルフリートの言葉に、ルルーは固まってしまう。
「ちょ、ちょっと待ってよ」
そう言ってルルーは、ヘルフリートの腕から逃げる。
いつもの冗談かと思ってヘルフリートの顔を見たが、いつものヘラヘラした雰囲気はない。
見たこともないほど真剣な顔でルルーを見つめている。
ルルーはさらにどうしていいかわからなくなって戸惑う。
「あ、あの……ヘルフリート?」
「……ごめん、春には俺たち出て行くのに。こんなこと言うなんて迷惑なのは、わかってたんだけど」
ヘルフリートは少し苦しそうな顔をして続ける。
「近くにいると意識してしまうし、二人きりになるとひどいことをしてしまいそうだった。だから距離を置いてた……」
ヘルフリートはそう言って言葉を切った。
「え……っと、言うことは?私のことは嫌いじゃ無くて?」
「うん。ごめん、本気で好きになってしまった」
「す……き?……え?……え?……あ」
ルルーは自分が勘違いをしていたことと、ヘルフリートに好きだと言われたということにやっと頭が追いつく。
そして、ヘルフリートの真剣な言葉に顔をみるみるうちに真っ赤にさせる。
ルルーはヘルフリートがこの家に来るまで、同年代の男性とは喋ったこともない。もちろん恋なんてもってのほかだ。
それなのにいきなり好きだなんて言われても、ルルーには想定外すぎてどうすればいいかわからない。
「え、あの、あの……」
「ルルー……」
なんとか自体を飲み込もうとしたが、混乱は増すばかりで収拾がつかない。
そうしているうちにヘルフリートがこちらに近づいてきた。
「!!ご、ごめんなさい!!」
そのことにルルーはパニックになり、そう叫んで逃げた。
「ルルー!」
ルルーはそのまま真っ赤な顔のまま走って自分の部屋に逃げ込んだ。
そして勢いよくドアを閉じてそのまま閉じこもってしまった。
思ってもいなかったことにルルーはとりあえず逃げることしか出来なかった。ベッドにうずくまり固まる。
「ど、どうしよう……」
そう呟いたが、何も思いつかない。
その後、心配したグレータが声をかけてやっと部屋から出てくることはできたが、何があったかは話すことはなく。
もちろんヘルフリートとも目を合わすことができず、挙動不審な態度で「夕食の準備をしなくちゃ」と言って今度はキッチンにこもってしまった。
ヘルフリートは何も言わず、グレータも突っ込んで聞くことができなかった。
ルルーはヘルフリートをそんな対象として意識したことがなかった。ヘルフリートのことは嫌いじゃない。だけど恋をしたことも恋人がいたこともないルルーは、ヘルフリートに感じる気持ちがどういう種類の好きなのか判断できなかった。
ルルーは迷い悩み、そうしているうちに時間が経ってしまいいつもの日常的にもどり始める。
しかもヘルフリートの態度はいつもと同じに戻ってしまった。そうすると、ますます何をすればいいのかわからなくなってしまった。
そもそもヘルフリートはなにか答えを求めた訳でもない、だからルルーは結局何も言えず時間だけが過ぎていく。
日常は元にもどったが、それでもルルーとヘルフリート間には確実に距離が開いてしまった。
グレータはさすがに気がついて、ヘルフリートに何があったのか聞いたが「何もないよ」とはぐらかされ。ルルーにもそれとなく探りを入れてみたが、顔を真っ赤にさせて「何もない」と慌てて否定したのでそれ以上追求することができなかった。
幸いなことに冬支度が佳境に入り、3人と一匹は毎日忙しく働かなくてはいけなくなったので気まずい空気はそこまで感じることはなかった。
そんな風に過ごしていたある日、グレータがおずおずとルルーに話しかけた。
「ルルー今、大丈夫?」
「ん?どうしたの?」
グレータの少しあらたまった様子に、ルルーは手を止める。
薬草を作る作業が一段落して休憩しようと思った時だったので、手に持っていた道具を置きグレータに向き直った。
「お疲れさん。うん?どうしたんだ?」
その時、ヘルフリートもちょうど仕事が終わったようで、部屋に入ってきた。
「これ作ってみたの」
グレータがそう言って出したのは瓶に入った薬だった。「どうかな?」と言ってルルーに差し出す。
「なに?それ」
「この家に始めてきた日に、ルルーが魔法薬を作ろうとして、私たちのせいで落としちゃったじゃない。だから作ってみたの」
ルルーが脅しに対抗しようとして駄目にしてしまった、カエルにする薬だ。あの時、材料を探しながら作り方を喋っていたのでグレータは覚えていたのだ。
グレータはさすがにあれは悪かったと思って、材料を集め罪滅ぼしのつもりでこっそり1人で作っていた。
「グレータが作ったの?」
ルルーが言うと、グレータは少し恥ずかしそうに頷く。ルルーはその魔法薬を受け取り眺める。瓶の蓋を開け匂いを嗅ぐ。
見た目も匂いもその魔法薬は完璧にできていた。グレータは改めて謝る。
「ルルー、ごめんね……あの時、色々脅してしかも無理を言っちゃって……」
「グレータ……ありがとう」
ルルーはグレータの気持ちが嬉しくて、そう言って微笑んだ。
「グレータすごいな、そんなのも作れるようになったんだな」
ヘルフリートは感心してグレータの頭を撫でる。思いっきり撫でたので髪がぐしゃぐしゃになってた。
「もう、お兄ちゃん私は子供じゃないんだからやめてよ」
グレータは照れ隠しをしながら、ヘルフリートの手を振り払う。
珍しく照れているグレータに、ルルーはクスクス笑う。
「グレータ本当にありがとう。材料集めるの大変だったでしょ?この薬本当に上手くできてるわ」
ルルーがそう褒めると、グレータはまた恥ずかしそうにして俯く。しかしルルーは少し顔を曇らせて言った。
「でも……実はこれは使えないの。ごめんなさい」
ルルーは申し訳なさそうな顔をする。
「……え?どう言うこと?」
グレータは目をパチクリさせる。
「魔法薬は特にそうなんだけど……」
困惑しているグレータに、ルルーは説明し始めた。
魔法薬を作るには色々な条件が必要だ、その一つが魔力だ。しかしそれは素材集めの時から魔力を注いでいかなければならない。要するに魔法使いや魔女が直接探し、丁寧に魔力をこめて作ることによって、その薬は魔法薬として完成するのだ。
「だから魔力のないグレータが作っても、この魔法薬は効力を発揮しないの」
説明するごとに、グレータの表情は段々としょんぼりしてしまう。せっかくの努力の意味がなかった。
「あー……残念だったなグレータ」
「でも、すごく上手くできてるわよ。これなら今度、街に売りに行く薬を作る時もグレータに手伝ってもらおうかな。あの薬は魔力がなくても大丈夫だから」
ルルーは慰めるように言ってグレータの頭を撫でる。グレータは残念そうな顔をしていたが、それをきいて少し表情を緩めた。
それでもちょっと口を尖らせているグレータが可愛くて、ルルーは思わず抱きしめて頭をぐしゃぐしゃに撫でる。
「ちょっとルルーまで、やめてよ。くすぐったいし、私は子供じゃないんだからね」
嫌そうに言いながらもグレータは口の端が上がっている。暗かった雰囲気が柔らかくなり全員が笑顔になった。
「それにしてもせっかく作ったのにもったいないな」
グレータは薬瓶を持ち上げ不満そうに言った。
この薬は、ルルーやヘルフリートが留守の時や薬草や木の実を探しに行く時にコツコツと集めて作ったものだ。バレないようにこっそり作るのは苦労した。
そんなことを思い出しながら、瓶を持ち上げゆらゆら揺らす。すると瓶越しにヘルフリートがゆらゆらゆら揺れるのが見えた。
「どうせなら、お兄ちゃんに使っちゃおう」
グレータはいたずらを思いついたような顔をしてニヤリを笑うと、瓶の蓋をあけおもむろにヘルフリートに振りかける。
「うわ、やめろよ」とヘルフリートも笑う。
いつもの兄妹のふざけ合いだ。
しかし、急にヘルフリートの周りになぜか煙がもくもくと上る。
そしてボワンと音がしたかと思うと、ヘルフリートの姿が消えてしまった。
「え?あれ?お兄ちゃん?どこ行ったの?」
グレータは空になった瓶を持ち上げた状態で、驚きキョロキョロする。
煙は晴れたが、ヘルフリートはどこにも居ない。
ルルーも驚いた顔をしてキョロキョロする。
「!も、もしかして……」
ルルーはそう言って、視線を下にむけた。
見ると、ヘルフリートがいた床には、少し大きなアマガエルが座っていた。
ヘルフリートは本当にカエルになってしまっていたのだ。