魔女と恋3
二人は当初の目的だった買い出しに戻ることに。
置いていた荷車を取りに戻り、早速買う予定の店に向かった。
「とりあえず、小さな物から買っていって。最後に重い小麦粉をまとめて買っちゃおう」
「そうだね、ああー、それにしてもデートが終わっちゃって寂しいな」
「……もう、何言ってるの」
残念そうにそう言いながら、ヘルフリートは荷車を引く。
ルルーはいつもの軽薄なヘルフリートの言葉だったが、少し赤くなりながらそう言い返した。
「……ルルーはデートあんまり楽しくなかった?」
「え?そ、そんなことない楽しかった!」
ヘルフリートがなんだか寂しそうにそういうので、ルルーは反射的にそう言い返す。
「本当?」
そう言ってヘルフリートが本当に嬉しそうに笑うから、それを見てルルーはまた赤くなる。
「そっか……よかった」
「う、うん……」
やけにホッとしたように笑うヘルフリートに、ルルーはもじもじしながらもそう言う。いつもよりヘルフリートの態度が優しい気がして、なんだか調子が狂う。
「……あ。あの雑貨屋に飾ってあるレース可愛い、グレータに似合いそうだよ」
ルルーは慌てて話題を逸らす。ルルーが指差したところは、布生地やリボンの素材を多く扱っている雑貨屋だ。可愛い色合いのものが多く、グレータに似合いそうなリボンが沢山並んでいた。
「ああ、本当だ可愛いね」
ヘルフリートもそれを見てそう言った。
ルルーが言ったリボンというのは、細い糸で作られた精緻なレースを組み合わせてできた白いリボンだった。たしかに綺麗な茶色の髪のグレータには、よく似合いそうだ。
「他に生地も買いたいし、ここでグレータのお土産もここで買おう」
「それじゃ。荷車もあるし、俺は外で待ってるよ」
「お願いね」
ルルーは、ヘルフリートを残し店に入る。
色んなものに使える布生地や使えそうな端切れ、それから糸や毛糸を選び手に取っていく。毛糸はこれから寒い季節には重要だ、長い冬の合間の時間つぶしにも使える。
最後にお土産のリボンと、ついでにレオのために薄いブルーのリボンも買っておく。
「少しだけど、やっぱり物の値段が上がってるわね……」
ルルーは支払いをすませた後そう呟く、国の経済は少しずつだが確実に悪化しているようだ。
それは同時に魔王の復活を示していて、ルルー何もできないもどかしさを噛みしめ店を出る。
とはいえ、今考えてもしょうがない。
「ヘルフリート、おまた……せ……」
店を出たルルーは、手を上げて道の向こうで待っているヘルフリートに声をかけようとした。
しかしヘルフリートは荷車の横で、だれか知らない女の子と話していて、ルルーは動きを止める。
ルルーからは何を話しているのかはわからなかったが、二人は楽しそうに笑っていて、ルルーはそれを見てなぜか胸が苦しくなって、それ以上声をかけることができなくなった。
「あ、ルルー買い物終わった?」
ヘルフリートがルルーに気がついて、手を上げて声をかける。
隣にいた女の子はそれに気がつくと、ヘルフリートに手を振り離れていった。
「じゃーね、バイバイ。ルルー買い物ご苦労様」
「さっきの誰……?」
「ああ、なんか道を聞かれたんだ。でも俺もよく知らないって言って、喋ってただけだよ……どうしたの?」
少し暗い顔をしたルルーに、ヘルフリートは不思議そうにそう聞きます。
ルルーは道を聞かれただけと聞いて少しホッとする、でも何故こんな気持ちになったのかわからない。
戸惑いながらも気持ちを取り繕い、からかうように言った。
「またナンパでもしてたのかと思って」
「えー、ひどいな〜俺はそんなにしょっちゅうナンパばっかりしてないよ」
「会った日にいきなり襲おうとした人には、言われたくないわ」
ルルーは呆れながらそう言う。そうだ、ヘルフリートは最初から女の子が大好きで軽薄なやつだったと、自分に言い聞かせる。
「あれ?なんか怒ってる?」
「お、怒ってないよ……ほら、次行くよ」
「あ、待って」
ルルーは、スタスタ先に歩き出す。
道を聞かれただけと聞いて聞いてホッとはしたものの、まだ何か複雑な気持ちが渦巻いてくる。
軽薄な態度のヘルフリートに腹が立った。でもそれが何でなのかよくわからない。
ルルーは自分の着ている服を見下ろす。
あの女の子はとても可愛い若草色の服を来ていた。華やかな装飾もほどこされ可愛さをひきたてていた。
それにくらべてルルーは古い茶色のローブに、その下は着古したシャツにさらに着古した茶色のスカートだ、ルルーは自分がなんだか猛烈に惨めで恥ずかしくなってきて思わず早足になって、その場を離れた。
「私……最悪だ……」
ルルーはそう言って立ち止まる。
ルルーが着ている服はおばあちゃんの着ていたものなのだ、ルルーにとっては形見のような服だ。それなのにそれを惨めだと思うなんて、と今度は自己嫌悪に陥る。
おばあちゃんは自分を育ててくれた母親のような存在だ、それなのにこんな事を思うなんて自分が信じられない。
ジワリと視界がにじんだ。さっきから気持ちが嵐のよう荒れていて、コントロール出来ない。
しかしこんなことをしている場合じゃない、今日は買い物にきているのだ、とルルーは気を取り直し、顔を上げる。
「あ、あれ?ヘルフリート?」
そうしてヘルフリートの姿がないのに気が付いた。キョロキョロ周りを見渡す、どうやら考え事をしていて、はぐれてしまったようだ。
「どうしよう……どこ行ったんだろう……」
ルルーは途方にくれる。
もう一度周りを見渡すが、ヘルフリートらしき人は見当たらない。
「一度戻ってみようかな……っきゃぁ!」
元来た道に戻ろうとした時、いきなり何者かに腕を掴まれた。
その腕はルルーを狭い路地に引っ張りこむ。
「な、なに?」
気がつくと、ルルーは二人の柄の悪そうな男に囲まれていた。
男たちは黒っぽくて汚い格好をしていて、顔を隠すようにローブをかぶっており。
よく見ると、刃物を持っている。
「へへ、大人しくしな。痛い目に会いたくなかったらな……」
「……その金、俺たちに渡しな」
男達はニヤニヤ笑いながら、ルルーを壁に追い詰める。
格好から見て傭兵崩れの強盗のようだ、最近はこんな人間が増えた。
不景気の影響はこんなところにも出ているのだ。
ルルーはお金の入ったカバンを胸に抱きしめ、男達を睨みつけた。
「な、なんであなた達に渡さなきゃいけないのよ!」
ルルーは強気にそう言うと、隙をみて脇を一気にすり抜け逃げる。
こう言ったことは先手必勝だ。下手に相手にするとお金以外のものも取られるし、交渉もできそうにない。
「きゃぁ!」
しかし、慌てていたせいか、足を引っ掛けてこけてしまった。
「おらっ、よこしな」
「あ!やめて!」
腕を掴まれ抱えていたカバンを取られそうになる、お金はヘルフリートと協力して得たものだ。
なんとかカバンを死守すると、ルルーは慌てて立ち上がり相手の足を蹴り上げる。そしてカバンを抱え後ずさりながら離れようとすると、男の一人が剣を抜いた。
刃を振り上げると、ルルーに振り下ろされる。
「いやぁぁ!!」
「うわ!!」
恐ろしくて叫んだルルーは思わず手をかざし、魔法を使ってしまう。 大きな炎が壁のように現れた。
「な、なんだ。いきなり火が出たぞ!」
「何があった!」
強盗が慌てたように無茶苦茶に剣を振り回し、また切りかかる。
「や、やめて!」
ルルーはそれを防ごうとまた炎を出してしまう。手から炎が燃え上がる。
「ヒィ!!こいつだ!ば、化け物だ」
「なに!新手の魔物か?」
「…っ!!ち、ちが……」
強盗はルルーが炎を出したのに気が付いて、そう叫ぶそして恐ろしいものを見るように後ずさる。
「ルルー!」
この声はヘルフリートだ。叫び声を聞きつてやってきたのだ。
「何してんだ!」
「なんだ?!、仲間か!!ぐぁ!」
ヘルフリートの声に驚いたのか、強盗は油断する。ヘルフリートはその隙をついて殴り、相手の剣を奪い取った。
「ック!」
ヘルフリートはすかさず、もう片方が切りつけてきたのを剣でうけ止め、その剣を受け流すとそのまま斬りかかった。
「うわ!」
男達は反撃されるとは思っていなかったのか、怯み後ずさる。
「今のうちだ!」
「ヘルフリート!」
ヘルフリートはそう言ってルルーの手を掴む、ルルーは腕を引かれるままに、そこから逃げ出した。
ルルーとヘルフリートは必死に走りその場を離れる。しばらく走り人が多く安全な場所にたどり着く。
「追いかけては来なかったようだな」
なんとか落ち着ける場所に辿りつき、落ち着いたところでヘルフリートがそう言った。
「大丈夫だった?」
ルルーの顔を見ると、真っ青になって震えている。
「だ、大丈夫……」
「ごめん、遅くなって。もっと早くに辿りつければ良かったんだけど」
ヘルフリートはそう言って、震えるにルルーを抱きしめた。
「ううん、私が勝手に迷って一人になったから狙われたの。お金、取られるところだった……私の方こそ、ごめんなさい」
ルルーはよほど怖かったのか、思わずヘルフリートを抱きしめ返す。あんな風に直接的な危険な目にあったのは初めてだったのだ。
ルルーの声には涙が滲んでいてヘルフリートは思わず腕に力が入る。
「大丈夫、大丈夫だよ。あいつらはもう来ないし来ても俺がなんとかするから」
ヘルフリートはそう言って優しく撫でる。こんなルルーを初めて見た、相当怖かったのだ。
ルルーはヘルフリートの腕の中でやっとホッとできた。ヘルフリートの心臓の音がドクドクと聴こえる。
しばらくそうしているとだんだんとルルーの震えも止まった。
「……ごめんなさい」
ルルーはそう言ってそっとヘルフリートから離れる。
冷静になってくると抱きついているこの状況に恥ずかしくなってきたのだ。
「ルルーもう大丈夫?」
「う、うん」
そう言ってルルーは無理矢理笑う。その笑顔にヘルフリートは思わず見惚れる。
「ルルー……」
そう言ってヘルフリートはルルーの頬に手をあて、顔を近づけた。
「うん?どうしたの?」
ルルーのその言葉でヘルフリートは我に返ったようにはなれ「な、何でもない」と言った。
「それにしてもヘルフリート、結構強いのね。剣も使えるなんて意外だった」
気を取り直せたルルーはそう言った。
もうすでにルルーの声に震えはない、ヘルフリートはそれを聞いて一応ホッとする。
「ああ、鍛治の仕事では剣も扱うから、使い方も知っていなきゃだめなんだ。だから一通りは習わされる。これでも筋はいいって褒められたんだよ。でも不意打ちで戦って逃げるが精一杯だけど。本当はもっとカッコよく倒して、警備兵に渡せるとこまでできればよかったんだけどね」
ヘルフリートは苦笑しながらそう言った。
「そんなことない、かっこよかったよ」
その言葉に何故かヘルフリートは少し赤くなって照れる。自分で言えと言っていたくせに変なのとルルーは思う。
「あ、ありがと」
「あ、そうだ。買い物の途中だったわね」
ルルーはそのことに気が付いて慌てる。泣いていた所為で随分時間がたっていた。
「ああ、そうだ。時間を食ってしまったな……」
「早く帰らないと、夕食が遅くなっちゃう」
まだ布とお土産しか買えていない。
「そうだった、忘れてた。急いで行こうか」
「うん。あ、そうだ……姿は変えておこう。あの姿だとまた見つかると面倒だし」
魔法を使ったところを見られてしまった、2人だけだし強盗の言うことだからそう話が広がる事はないだろうけど、用心するに越したことはない。ルルーは物陰に隠れ老婆の姿になる。
「あ、そうか。……ごめん、俺が元の姿でデートしたいなんて言ったから……」
戻ってきたルルーに、今度はヘルフリートが落ち込んでしまう、ルルーは慌てて言う。
「ううん、気にしないで私は楽しかったし」
楽しかったのは本当だ、でもしばらくは元の姿ではこの街には来れないだろう。
その後、2人は荷車のところにもどり、残りの買い物を済ませた。
強盗に襲われたので街中は少し怖かったが、その後は何事もなく終わった。
帰りは荷車に荷物が山盛りになった。
いつもよりお金に余裕があったから買いたいものは全て買うことができた。
色々あったせいか帰りは二人とも少し無口だった。特にヘルフリートは何か考えこんでいるようでなにか上の空だ。
冬が近いせいか日が落ちるのが早くなっていて、家に到着したのは太陽が沈みかけたころだった。家に帰るとグレータが笑顔で出迎える。二人はその笑顔にホッとして表情を緩めた。
お土産を渡すとグレータはとても喜んで早速頭につけてはしゃぐ、珍しいことにレオもお土産のリボンにはまんざらではない表情になっていた。
ルルーはその笑顔を見て癒される。
森はじわじわと冬に向かっているが、暮らしはいつも通りに進んでいった。