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天間明の4日目 その1

男に腹を刺された瞬間、なぜかカレンダーが頭に浮かんでいた。

 

明の脳裏に現れたカレンダーは、今日の日付の部分が赤く点滅していた。


明日の八月二十六日以降はカレンダーには載っていない。


また八月二十二日は黒く塗りつぶされていた。

 

腹からどくどくと血は流れ続けている。

 

明は遠くなる意識の中、反射的に今日の日付を選んだ。


点滅が今日の日付で止まる。

 

世界が光に包まれ、気が着くと、明は布団の中にいた。


見慣れた天井が見える。


少し目線を下にすると、山のように新品の服が置いてあった。

 

右手を動かし、腹をさすってみる。


血のぬるぬるとした感触はない。


身体を起こすと、シャツをめくってお腹を見てみる。


傷一つなく綺麗なものだった。

 

自分の持っている力が予知とは別物だなと気がついたとき、ゆっくりと氷が溶けるように、記憶が戻りつつあるのを感じた。


悲しくて苦しい五十五日間の戦いの記憶。

 

もしかしたら記憶もこの力も、生き残るための防衛本能が意図的に封印していたのかもしれない。

 

じんわりと染み出てくるように蘇る記憶を見つめていく。


まだ子供だった自分には重すぎて、絶望的なやるせなさを感じていた。

 

六歳のあの頃よりは、何もかも成長したはずだが、それでもこの記憶を眺めていると涙がこぼれた。

 

明は涙をぬぐい、時計を見た。


それよりもまず今日の危機を乗り越えないといけない。

 

今日、自分は刺される。


時間は陰ヨガが終わり、他の人が帰って少し経ってからだった。


時間は午後の八時半頃と考えて間違いないはずだ。

 

そしてあの目出し帽の男がどこにいたかだが、気配から考えて明の後方から来たのは間違いない。


明の座っていた位置の正面が入り口なので、入り口から来ていないのは確実だ。


トイレも前方にあるため、後ろから来たとなれば、スタジオかプライベートレッスン用の個室しかない。


スタジオに隠れられるスペースはなく、また窓は大きいが、開閉できないタイプのものなので窓からの侵入もないだろう。


となればあの男はプライベートレッスン用の個室に隠れていたことになる。


いつ隠れたのかもわかればいいが、推理では確実な時間はわからない。


一番可能性が高いのは受付が誰もいなくなった七時から八時十五分の間のはずだ。


授業料をほとんど銀行で取引しているために、スタジオにお金はほとんどなく、ここのセキュリティーは甘い。


明自身も誰にも見られずに更衣室に入ったことが何度もあるので、男が侵入した時間は確実とは言いがたかった。


しかし、ここまでわかっていれば十分だ。


後は出来事を変えずに犯人を捕まえるだけである。

 

明は今日の予定を考えた。


過去に戻れる力が復活したとはいえ、子供の頃のように自由に戻れるかどうかは疑問だ。


失敗すれば次はないかもしれない。

 

寝汗をシャワーで流し、トイレをすます。


冷凍していたご飯を電子レンジで温めて、缶詰のさばの味噌煮をおかずに食べる。


本来はカレーを食べたけど、ここを変更したくらいで出来事は変わらないだろう。


カレーを食べた記憶があるので、同じものを食べたくなかった。


身体的にはカレーを食べた事実などないのだけど。

 

出かける準備をすますと、まずはケイを迎えに言った。


やはり変わらず美しいケイが出てきて、ドキドキする。


でも気が引き締まっている分、明の心は冷静だ。それからクリーニング屋に行く。

 

ケイがクリーニング屋に行ってから、ナイフを持った男とぶつかったのを思い出した。


ここも変化はない。


「もしかしたら私、あの事件の犯人とぶつかったのかも知れないです。時間も場所もありえる感じなんですよね、考えてみれば」


「うん」と明は冷静に返事をする。


「あの、驚かないんですか?」

 

ケイが不思議そうに明の目を覗き込んだ。

 

予知を見たということをケイに伝えるべきか明は考えていた。


そのことで微妙にケイの行動に変化は起きないか。


明の知っている今日と違うことが起こると作戦を立てられない。


「実は予知を見てね、そのことは知っててんな」

 

結局、明は言うことにした。


どちらにせよ、今日の陰ヨガに出る気はない。


嘘を言うと、陰ヨガを断るときもごまかさないといけない。


嘘を重ねるのは苦手だ。


「あ、見たんですか予知。ってことは犯人もわかりました? どんな予知?」

 

ケイが楽しそうに興味津々で聞いてきた。


「予知の内容は夜に話すよ。ただちょっと準備があるから陰ヨガは休むわ」


「そうなんですか。わかりました」


「あ、ケイさんはちゃんと陰ヨガを受けてね。予知した未来と変わっちゃうと困るから」


「わかりました。バッチリヨガをやります」


そう元気よく言ったケイをヨガライクに送り届けると、明は中央線に乗って中野に向かうことにした。


快速だと十二分でつく。素早く買い物を済ませると、吉祥寺に帰った。


もうすぐ五十鈴から電話があるはずだ。


何にどんな影響が出るかわからないから、出来るだけ知っている未来の出来事と同じ行動をしたい。


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