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天間明の四日目 その1

朝の目覚めは爽快そのものだった。


七時に目覚ましをセットしたが、五時にぱっちりと目覚めてしまった。


考えてみれば昨日は昼寝をたっぷりとした後に、ご飯だけ食べてまた寝たので、昨日の昼からほとんど寝っぱなしだ。


それだけ長く寝ていたので、夢をたくさん見たような気がするがほとんど覚えていない。

でも、どれも予知夢ではなかったような気がした。


予知夢を見たときの感覚はだいぶ違う。

鉄とスポンジの肌触りくらい、はっきりと違いがわかるので、予知夢は見ていないはずだ。

 

立ち上がり、少し身体を動かしてみる。筋肉痛はまだ残っていて、ちょっと動きづらい部分もあるが、疲れは完全に取れている。

内臓の調子も良さそうで、何だか世界がとても爽やかに感じた。

小学校の頃の、夏休み初日の朝のような気分だ。

こんな気分が味わえるなら、ヨガで疲れきるのも悪くないと思う。

 

長時間睡眠でかいた寝汗をシャワーで流すと、トイレをすます。

レトルトカレーのパックを湯に浸けながら、冷凍していたご飯を電子レンジで温めた。

 

カレーを食べ終えると、食休みをかねて座禅を組んで瞑想を試みた。

予知の力を取り戻すためにやっていた行動だが、最近は習慣付いてしまい、少し時間があると瞑想をしてしまう。

とはいえ今回の場合は上手く瞑想を出来ているわけではなく、ただ考え事をしているだけのような気もする。

本当に瞑想を深めたければ食事の前に行う。

胃に食べ物が入っていると、意識が散漫になるからだ。

 

三十分ほどじっとして、瞑想したような気分になった後は、髭を剃ることにした。

正座をしてちょうど良い高さの背の低いテーブルに、百円で買った折り畳み出来る鏡を立てる。

電気シェーバーを使い、剃り残しがないか鏡を覗く。

ヨガをして血行がよくなっているためか、目の下の隈がだいぶ薄くなっている。

ケイの隣で胸を張れるような顔ではないけど、美女と野獣と言われるほどではないと思う。

たぶん。

きっと。

 

そう言えば着ていく服を選ばないといけない。

迷うほどあるというのは贅沢な悩みなのだろうが、ファッションセンスがないと自覚している明にとっては少し苦痛だった。

何かないかなと思って、探すと胸にでかでかと葵の家紋が印刷されたTシャツがあった。


江戸時代にこんなものを着ていたら、徳川家以外だと打ち首になるだろうなと思いながら、気に入ったのでそれを着ることにする。

このTシャツに合わすなら何を羽織るべきだろうと考え、水戸黄門のイメージから、ベージュ色のサマーシャツを羽織った。

あとは濃紺色のジーンズを履いて、ブレスレットを付けた。


今日は遅刻しないように約束の時間の十分前に着くように家を出た。

のんびりと夏の朝の空気を感じながら歩く。

今日もいい天気だ。


マンションの前で待っていると時間通りにケイは出てきた。

青いワンピースを着たケイは何だかいつもより可愛く見えた。

昨日との違いはなんだろうと思ったら、どうやら今日は化粧をバッチリとしているみたいだ。


「おはようございます。元気ですか?」


「元気だけど筋肉痛だね」


 明はごまかすように肩を回した。

何だかケイが美しすぎて緊張してしまう。

顔をまともに見ると赤面してしまいそうな気がした。

どこまで純情な子供に戻っているのだと我ながら思ってしまう。

 

ケイはクリーニング屋に行きたいらしいので、ちょっと寄り道をすることになった。

クリーニング屋の前で、奥の店員を何となく見ていると、その店員はチラチラとケイの顔を見ていた。

その気持ちもわからなくもない。ケイほどの美人だと男ならつい見てしまう。

 

クリーニング屋を出ると何やら黙り込んでいたケイが急に口を開いた。


「今思い出したんでしたんですけど、前に夜道で人とぶつかったんですよ。コンタクトをなくして見えなくて」


「へえ」

 

明さんは出来るだけケイの顔を見ないように返事した。

今日は顔を見ると緊張してしまう。


「それでその人、アイスを持っていたんですよ。イチゴのアイスかなと思っていました。それかスイカバーってアイス」


「ふむ」


「今思えば、あれって血の付いたナイフだったかも知れないです」


「へ? ナイフ?」


あまりにも意外なことを言われたのでついケイの顔を凝視してしまった。

うわ、近くで見たらめちゃくちゃ可愛い。

ちょっと顔が火照ってしまう。


「そう。だって私の服に血が付いていたのって、その時だと思うんですよね」


「ほんまに? ってかナイフとアイスを勘違いする?」


「私、本当にコンタクトがないとぼやけてしか見えないんで、見えたものは適当に想像するんですよね。何か赤黒く尖ったものを手に持っていたからアイスだと思ってたんですけど、血だってことはナイフだったのかなと思って」


「ちょっと待って。血の付いたナイフを持った男とぶつかったって事やんな」


ケイの美しさに気を取られて、話の内容をよく把握していなかった。

なんか凄く重要なことを言ってない?


「はい。よく考えるとそうかなって。それで、もしかして私が狙われているのってそのためじゃないかなって思ったのですけど、どう思います?」


「いや、ほんまにそんな男とぶつかっていたんなら可能性は高いと思うけど、そのぶつかった日っていつなん?」


「それが、吉祥寺で女子大生が殺された事件の日なんですよねー。もしかしたら私、あの事件の犯人とぶつかったのかも知れないです。時間も場所もありえる感じなんですよね、考えてみれば」


「なんでそんな大事なことを初めに言わんの」


ケイの勘違いかもしれないけど、本当にそうならケイが狙われているのはそのためだろう。

ヨガ教室で犯人捜しなどする意味はなかった。


「さっきまで気がつかなかったんだべさ」


ケイがちょっと力なく言うその姿に、心底ビックリしたが、何とか正気を保つ。


「だべさ、じゃないで、ほんまに」

 

何とか普通の声で言えた。

どっちかというとケイは美人な顔立ちで凛々しいイメージがあったので、ギャップでドキドキとしてしまう。

思わずため息が漏れた。

ちょっと呼吸を整える。

ケイさんって生まれはどこなの? 

と違うことを質問したくなったが、ひとまず置いておいた。


「まあ、ええか。それでぶつかった男の顔はどんなんだったの?」


「ええっと、ヒゲは生えてなかったかな」


「ふむ」


「眼鏡もかけてなくて」


「ふむ」


「……覚えているのは以上です」


「コンタクトレンズがなかったから、顔はまったくわからないってことでいいかな?」


「いいともー」とケイは右手を上げていた。

 

ケイさんって本来こういう性格なのだろうかと真剣に考えていたら、返事をするのを忘れてしまった。


ちょっと遅れて頷く。

怒られると思って、ごまかすためにやっているのだろうけど、俺は騙されない。

普通の男性なら、ケイの可愛らしさにとろけて、怒れなくなるだろう。

しかし、怒るときはちゃんと怒ることが大事なのだ。

でも、まあ、今回のケースではケイは何も悪いことをしていないので怒らないけれど。


「別に怒ってないから、そんなキャラにならんでええで」

 

無理やり冷静な声を作って出してみた。

今日のケイの可愛らしさは、こちらをドキドキさせすぎて辛いほどだ。

 

無事にケイをヨガライク吉祥寺店に送り届けると、明は図書館に向かうことにした。

女子大生殺人が携帯電話のインターネットで調べても詳しい情報がないので、調べようと思ったからだ。

確か、この事件が発生してからまだ十日しか経っていない。

犯人はまだ捕まっていないはずだ。


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