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津谷景子の四日目 その4

「ちょっとケイちゃん、冷静に聞いてね」


 薫子がいつもより低い声でそう言った。

何だか大事な話みたい。

私は何とかサンドに伸びた手を引っ込めて頷いた。


「やっぱり明は駄目だよ。あいつ結婚してるよ」

 

薫子の言葉を聞いて、食欲がどこかに行ってしまったことに私は本当にビックリした。


「明のやつ、若い女と一緒にいてさ、嬉しそうに赤ん坊を抱いているの見ちゃったんだ。女に興味ないような顔してさ。仕事してないと思ったら、あいつはきっとヒモなんだよ。女に貢がせているんだよ」

 

薫子は悔しそうに続ける。


「投げ飛ばしてやろうかと思ったけど、赤ん坊を抱いていたからさすがに無理でね。ごめんね。でも良かった。早めに明がゲス野郎ってわかったんだから。辛いだろうけど、ケイちゃんもあんな男は忘れて、新しい彼氏を作りなよ。何なら紹介しようか。私の彼のバンドのドラマー。顔はいまいちだけど優しいらしいよ」


「ちょ、ちょっと待って。赤ん坊って何歳くらいだった?」


「ん? まだ一歳にもなってないかったような気がする」


「男の子っぽかった?」


「たぶん、青い服着ていたから男の子かな」


「女性はナチュラルブラウンのロングヘアーだった?」


「え? うん」


「薫子。たぶんそれ明さんの甥っ子。女性は妹さんだよ」


「え?」

 

薫子は大きく目を広げて驚いている。

口もポカンと開いているね。


「それで? 誰が、ヒモの、ゲス野郎、ですって?」


私はにっこりと笑いかけた。

薫子がとても申し訳なさそうな顔になる。


「ああ、なんか腹が立ったらお腹空いちゃった。牛丼食べたいなー」


「わかった、牛丼買ってくるね」

 

そう言って薫子はそそくさと玄関から出て行く。

その後ろ姿に「大盛りだよー」と私は声を掛けた。

 

まったく薫子の勝手な思い込みは困ったものだね。

私はサンドを食べながら牛丼が到着するのを待った。

うん、スモークサーモン美味しい。

 

私がスモークサーモンとクリームチーズのサンドを、食道を通してゆっくり胃に流し込んでいると、薫子が帰ってきた。

出て行って十分も経っていないのでなかなかの早さだね。

薫子の持っている袋には吉野家の牛丼弁当の大盛りと豚汁が入っていた。


「ありがとう。豚汁まで付いてる。さっきのと合わせていくらになった?」


「いいよ。今日はおごり」


薫子がちょっと申し訳なさそうな顔で笑うとそう言った。

ラッキー。

明さん関係では得してばっかりだね。

 

私は薫子と会話を楽しみながら牛丼の大盛りを食べた。

と言ってもさすがにぽっこりとお腹を出してヨガのレッスンをするわけにいかないから、海老とツナトマトのサンドも持って帰ることにした。

豚汁とコーヒーを交互に飲むという初体験の食事を終えて、私は満足のため息を付いた。

ごちそうさまでした。

 

午後のレッスンを二本終えて受付に戻ると、サクラがもうヨガウェアで立っていた。

薫子はサクラが来たので早々に帰ってしまったようだ。

ちなみに薫子が帰ったのは代わりの受付が来たからで、別に薫子がサクラを嫌っているわけじゃないよ。


「こんばんは。ご機嫌いかがですか?」

 

そう言うとサクラはにっこりと微笑む。

小学生みたいな姿で、昭和のような言葉を使って、アクセントが少し英語訛りなんだよね。

そのためかわからないけど、けっこう人気なインストラクターなんだ。


「ご機嫌うるわしいよ」と私は答える。


「それはよござんした」と返事が来たのでさすがに笑ってしまった。

 

お客様のお見送りをして、サクラに「よござんした」は変だよと指摘していたら、明さんがやってきた。


「オー、水戸様でござーい」とサクラが明さんのシャツに食いついていた。


「サクラさんテンション高いね。水戸黄門好きなの?」と明さん。


「はい、好きでございますよ」


「控えおろう」と明さんが言うと、サクラが「ははあー」と頭を下げるミニコントしていた。


息がぴったりだったでの私は少し嫉妬した。


「明さんはもうご兄弟は見つかりましたか?」


「いやいや、だから兄弟は捜してないよ」


「あ、もしかして恋人でございました?」


「なんでやん、ホモちゃうで」と明さんが突っ込んでいる。


この二人どっかでリハーサルでもしていたのかなあと私は思った。


一年以上の付き合いの私より、何だかサクラのほうが明さんと息が合っているなあ。

なんか悔しいなあ。


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