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津谷景子の四日目 その3

 階段を上ると、二階の歯医者さんはいつも通り繁盛しているようだった。


お客様がいっぱいみたいでうらやましい。

今日は土曜日なのにやっているんだね。

午後は休みみたいだけど。


「じゃあ、今日は何時に迎えに来ればいい?」

 

ヨガライクの玄関まで来ると明さんはそう聞いてきた。


「じゃあ、今日は六時半に来てもらっていいですか。七時からここでサクラさんが陰ヨガのレッスンをするので一緒に受けましょう」


「ああ、陰ヨガってサクラさんのレッスンなんだ。わかった、六時半にくるよ」


「はい、お待ちしてます」

 

私はいつものくせでお客様を送り出すように明さんと別れると、スタジオに入った。

見ると受付で薫子が不敵な笑顔でこちらを見ていた。


「ケイちゃんったらラブラブゥーだね。彼氏が出来たらもう毎日一緒じゃない」

 

薫子の中では明さんはもう完全に私の彼氏ということになっているみたいだ。

まあ、さんざん誤解を与えるような発言をしているので仕方ないかも知れないけど、薫子はちょっと思い込み激しいよね。


「まあね」と私はモテる女性を演じてみた。

否定すると話がまた明さんの予知能力の話になって、薫子が怒り出すかもしれない。

薫子の中では、明さんは私の彼氏ということにしておこう。


「でも今日の明さんのシャツは何だろう? 水戸黄門の印籠についてるマークだっけ? 服装は綺麗になったけどちょっとセンスないよね」


私はあんまり明さんがどんな服でも買うから、楽しくなって面白いシャツもどんどんとカゴに入れていたのを思い出した。

いや、まあ、あのシャツも悪くないと思うんだよね。

江戸時代だと悪人がみんな土下座してくれそうだし。


「そうかな。けっこうインパクトあっていいと思うけどな」


「あ、ごめんごめん。もうケイちゃんの彼氏だったもんね。つい前の癖で言っちゃった」

 

そう言って薫子は顔の前で手を合わせた。

相変わらず爪が武器のように長く尖っている。

今回の爪の色は光沢のある黒になっていた。

さらに怪人のコスプレに近づいたと思ったけど黙っておく。

 

私は更衣室でヨガウェアに着替えると受付のパソコンで今日の予約状況を見てみた。

朝一のレッスンは十二人、次のレッスンは十人いる。

うん、土曜日と言うことを考えても悪くない数字だ。

お客様の人数がすぐさま給料に反映されるようなシステムじゃないけど、あんまり少ないままだと怒られるからね。

一応、ヨガのインストラクターと言っても私の場合は会社員だし、人気のインストラクターを目指すのはやっぱり大事なんだ。

 

無難に午前のレッスンを二つこなすと、お腹がぺこぺこになっていた。

最近はお米や麺類の朝食だったから違いがわかったけど、パンだとお腹が減るのがこんなに早いんだね。


これからは朝食はご飯派になろうかな。


「エクセルシオールに行くけどケイちゃん何かいる?」


そう言って薫子が黄色い長財布を持って立ち上がった。

薫子はお米の弁当なのに、飲み物は夏場でもホットコーヒーを飲む。それもブラックでね。


「あ、じゃあ、スモークサーモンとクリームチーズのサンドと海老とツナトマトのサンドとアイスコーヒーのMをお願いしていい?」

 

本当は牛丼弁当の大盛りと頼みたかったがグッと我慢した。

薫子の美意識的に牛丼屋に入ってくれるわけがない。

美味しいのにね、牛丼。


「いつも通りだね」


そう言うと薫子は買い物に行ってしまったので、私はお腹を空かせて受付の前で意味もなくウロウロした。

この時間だとお客様がいることなど滅多にないので、私が変な動きをしても見られる心配はないのだ。

本当は外に行って、ガッツリとお米を食べたいけど、一人で外出すると明さんに心配されるしね。

それに殺人犯が私を狙っているとわかったのだから、さすがの私も用心するよ。

 

お腹の減りを柔軟体操でごまかしていると、やっと薫子が帰ってきた。


お帰り、私の昼ごはん! 


でも帰ってきた薫子は何だか少し暗い顔をしていた。

何だか私を哀れみの目で見ている気がする。


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