津谷景子の四日目 その2
休日にあのワンピースを着ることが多い。
半月前に洗濯した時にはあんな染みは絶対になかった自信がある。
確かちょっと着ただけなので洗濯しなかった日があったのだけど、あれは確か、スポーツジムのプールに泳ぎに行ったときだった気がする。
珍しく寝付けなくて、さっとひと泳ぎしようと夜中に行った日だ。
そして、ふっと思い出す。
そう言えばコンタクトレンズをなくして変な人とぶつかったのが、このお気に入りのワンピースを着ている日だった。
それに気がつくと、私はだんだんと頭の中で適当にしておいた事実が、どんどんと形を持って、一つの角度ではわからなかった騙し絵の全貌が見えた気がした。
「今思い出したんでしたんですけど、前に夜道で人とぶつかったんですよ。コンタクトをなくして見えなくて」
「へえ」
明さんは興味なさそうに周りを見ながら歩いている。
「それでその人、アイスを持っていたんですよ。イチゴのアイスかなと思っていました。それかスイカバーってアイス」
「ふむ」
そう返事はしてくれるけど、明さんの視線は道の先を見ている。
「今思えば、あれって血の付いたナイフだったかも知れないです」
「へ? ナイフ?」
明さんが驚いた顔で私の目を見た。
やっとこっちを向いたね。
「そう。だって私の服に血が付いていたのって、その時だと思うんですよね」
「ほんまに? ってかナイフとアイスを勘違いする?」
「私、本当にコンタクトがないとぼやけてしか見えないんで、見えたものは適当に想像するんですよね。何か赤黒く尖ったものを手に持っていたからアイスだと思ってたんですけど、血だってことはナイフだったのかなと思って」
「ちょっと待って。血の付いたナイフを持った男とぶつかったって事やんな」
明さんは立ち止まると確認するように聞いてきた。
「はい。よく考えるとそうかなって。それで、もしかして私が狙われているのってそのためじゃないかなって思ったのですけど、どう思います?」
「いや、ほんまにそんな男とぶつかっていたんなら可能性は高いと思うけど、そのぶつかった日っていつなん?」
ちょっと考え込みながら明さんは歩き始めた。
私もその横をついて歩く。
「それが、吉祥寺で女子大生が殺された事件の日なんですよねー。もしかしたら私、あの事件の犯人とぶつかったのかも知れないです。時間も場所もありえる感じなんですよね、考えてみれば」
明さんは私の言葉を目を丸くして聞いている。
まあ、いきなりこんな報告をされたら驚くだろう。
コンタクトレンズをなくしたと思って探していたら、今日は眼鏡で頭の上に乗っていたような感じだろうか。
ちょっと違うか。金庫のナンバーキーを開けるために必死になって、番号を探していたら、ポケットに答えの紙が入っていた感じかな。
うん、こんな感じかも。
「なんでそんな大事なことを初めに言わんの」
明さんはそう言いながら脱力している。
やばい、怒られる気がする。
「さっきまで気がつかなかったんだべさ」
私はごまかすために精一杯弱々しく言ってみた。効果あるかな?
「だべさ、じゃないで、ほんまに」
明さんがそう言って大きなため息を付いている。あんまり効果はなかったみたい。
「まあ、ええか。それでぶつかった男の顔はどんなんだったの?」
「ええっと、ヒゲは生えてなかったかな」
「ふむ」
「眼鏡もかけてなくて」
「ふむ」
「……覚えているのは以上です」
「コンタクトレンズがなかったから、顔はまったくわからないってことでいいかな?」
「いいともー」と私は右腕を上げる。
明さんはそんな私を見て、ワンテンポ遅れて頷いた。
うう、明さんの冷静な目線が痛い。
「別に怒ってないから、そんなキャラにならんでええで」
明さんの声が何とも冷静だった。そんなキャラと言われてしまったが、少し素の部分を見せただけなんだけどな。
「ともかくそれがほんまなら、要するにケイさんは殺人犯の顔を目撃したから命を狙われているってことか」
「はい。たぶんそうじゃないかなと思います。顔は覚えてないですけど」
「アイスを持っていただけやと思っていたけど」と明さんが付け足してくれる。
「はい。その通りです」
私は元気よく返事した。
元気の良さが私の取り得だしね。
「それなら警察に言ったほうがええかもな。女子大生殺しの犯人だったら警察も動くだろうし、少しは警護されるかもしれんな」
「なるほど。そうかも知れないですね」
「まあ、いろいろ聞かれるだろうから、時間があるときに警察に行ってみようか」
私は「はい」と言って頷いた。
これで私が狙われている理由がわかったわけだ。私のお客様の中に変なストーカーがいたわけじゃなくて良かった。
命を狙われている事実は全然良くないけどね。
でも明さんが守ってくれているし、大丈夫な気がした。
何だろう、明さんは筋肉質でもないし、腕っぷしがあるわけでもないけど、一緒にいるととても安心する。
何だか一流のSPに守られているような安心感がある。
一流のSPに守られたことなんて、当然ないけどね。
そんなことを考えていると、サンロード商店街を抜けていて、私の職場のヨガライク吉祥寺店が見えてきた。
ちょっと看板が汚れてきているので、今度拭かないといけないね。




