天間明の二日目 その6
ぼやけた景色の中で五十鈴が孫の手で背中を掻いていた。
その孫の手をすっと持ってくると、明の顔をぺちゃぺちゃと叩く。
なぜだか孫の手はひどく濡れていた。五十鈴の背中は汗まみれなのだろうかと明は疑問に思った。
明はまどろんだ意識のまま目を開けると、目の前には輝の顔があった。
四つんばいで明の顔を覗き込んでいる。
遊んで欲しいのか、右手でしきりに明の顔を叩いてきた。
どうやら孫の手ではなく甥の手に叩かれていたみたいだ。
しかも輝の手はよだれまみれだった。
どうりで濡れているはずである。
「あ、ごめん、起こしちゃった?」
五十鈴が台所兼玄関までの通路から、部屋に入ってきた。
五十鈴には合鍵を持たせているので、いきなり家にいても別に不思議ではない。
「今日はから揚げと煮物を作りすぎたから持って来たよ。ご飯はあと三十分で炊ける。味噌汁も作っといたよ」
「んー? ありがとう」
明は眠い頭のまま胡坐で座ると輝を膝に乗せた。
輝は嬉しそうに訳のわからない言葉を叫んで、身をもだえている。
「それにしても何でそんなに服を買ったの?」
そう言われて明は五十鈴の目線の先を見てみた。
うわ、なんだこの量‼ と今更驚いてしまう。
部屋の一角が買い物袋に占領されていた。
下手に広げると寝る場所がなくなりそうだ。
「お勧めをすべて買っていったら、ご覧のありさまになってんな」
「何? 店員の勧めるまま買ったの? やりすぎじゃん」
「いや、友達のお勧めを買った」
「友達?」
そう言ってから、五十鈴は明の目を覗きこんで
「女の人?」と聞いてきた。
「そう。俺の通っているヨガの先生。ケイさん」
「ふーん」
五十鈴は何だか勘ぐるような視線を明に送っていた。
ケイへの恋心を見透かされている気がしたが、何だか片思いを妹に言うのも気恥ずかしいので、明は話題を変えることにした。
「そうそう。やっと予知夢を見ることが出来たよ」
「本当? どんな感じだった?」
五十鈴がとても興味深そうに聞いてきた。
五十鈴は予知夢にあまり関心がないとばかり思っていたから、その反応は少し意外だ。
「断片的な夢でね。俺の通っているヨガの教室に臨時休業の紙が張られてた。後はそのヨガスタジオの先生が殺されたニュース。それに新聞とカレンダーを覚えている」
「カレンダー?」
そう言うと五十鈴は眉をしかめていた。
「うん。見覚えのないカレンダーだったな。何でカレンダーが出てくるのか良くわからないよな。俺の家にカレンダーなんてないのに」
「カレンダーって、どんなカレンダーだったの?」
何だか五十鈴はえらくカレンダーを気にしている。
「なんかシンプルなカレンダーやったな。でもなんか日付が後半なかった気がする。そんなによく覚えていないけど」
明も予知夢の中でカレンダーの意味だけはよくわからなかった。
あれから同じカレンダーを探しているが、予知夢で見たものは未だにどこにもなかった。
「そうなんだ。記憶は戻ってないの?」
「ああ、昔の記憶は戻ってないな。予知の力だけやな」
「よかったじゃん。ずっと予知の力を取り戻したかったんだもんね」
「ああ。予知のおかげでケイさんを助けることが出来たしな。まだ狙われている可能性があるから送り迎えをしてるねん。その服はそのときに選んでもらってんな」
「へえ。ところで明日はどういった予定になっているの?」
「朝の六時と夜の七時に送り迎えをすると思う。昼過ぎには帰っていると思うで」
「ふーん。じゃあ、ちょっと服を片付けるから輝の相手しててね」
五十鈴は袋から服を取り出して、値札をハサミで切っていく。
明は五十鈴がてきぱきと動いているのを横目で見ながら、輝を抱っこして部屋をウロウロと歩いた。
「衣装ケースが足らないから畳の上に置いておいたよ。さて、太郎さんが帰ってくるからもうそろそろ帰らないと」
五十鈴はそう言うと、輝を抱いて帰っていった。
忙しい中で明の食事を心配してくれるいい妹である。
明はご飯を食べるべきか考えたが、そこまでお腹が減っていなかったので布団を引くことにする。
部屋には隅にはTシャツやサマージャケットなど種類ごとに服が分けて置いてあった。
また起きたときに服の量を見てビックリしそうだなと思いながら、明は眠りについた。




