津谷景子の一日目 その3
ちなみに私の名前は津谷景子という。私の会社のインストラクターは基本的に名前で呼ばれる。
本来なら私はケイコとなるはずなのだが、ヨガライク阿佐ヶ谷店にもケイコ先生がいるので、差別化のため後輩の私の呼び名はケイとなっている。
「え? あ、はい。じゃあ、今日は八時に終わるのでその後なら大丈夫ですよ」
「わかった。じゃあ、八時にまた来るからよろしく」
そう言って明さんは帰っていった。
最近の明さんは家で瞑想しているらしく、初期の頃と違い、一日に何回もレッスンを受けることはなくなっていた。
「ねえ、ねえ、告白されるんじゃない? ケイちゃん今フリーでしょ。どうするの?」
隣に座っていたの受付の美田薫子はとても楽しそう言った。
薫子はヨガのインストラクターの公式資格はなく、受付専門である。
私より二つ上の二十四歳で、がっしりとした体格をしている。学生の頃は重量挙げをやっていたらしく、ちょっと重めのソファーも軽々と動かせるほど力持ちなのだ。
ただ最近はネイルアートにはまっていて、戦隊ヒーローに出てくる怪人のように爪が長いため、あまり物を運んでくれなくなっていた。
「そんな、告白とかじゃないと思うけどな」
「確かに明さんはちょっと謎が多いから良くわからないわよね。優さんとか、弘一さんなら完全に口説きだとわかるんだけどね」
そう言うと薫子は長く青い爪で円を書いていた。
考え事をしている時の癖みたいだ。
「そう? 別に電話番号とか二人に聞かれたことないよ」
「高嶺の花だからじゃない。最近は草食系男子ばかりだから、あなたみたいに美人でスタイルが良いと言い出せないんでしょう」
「そんなことないよ。もてたことないもの」
「はいはい。謙遜はいいから。まあ、ともかくどんな会話したかちゃんと教えてね」
薫子はそう言うと、入ってきたお客様に「こんにちは」と笑顔を向けていた。
慌てて、私もあとに続く。
平日のレッスンを受けに来る人は主婦が圧倒的に多い。
夕方の最後のレッスンだと仕事帰りのOLも増えるが、吉祥寺店のお客様は八割が主婦で占められている。
私は慌しく残りの四つのレッスンを終えると、日も落ちて吉祥寺の街明かりが綺麗に輝いていた。