天間明の一日目 その3
「おはよう」と薫子もケイの隣に座って手を振って言ってくれる。
生き血をすすられた後の顔色のような青くて長い爪がひらひらと揺れていた。
薫子は厚化粧と長い爪をしているためか、愛嬌のある性格をしているのにけっこう怖い印象を受ける。
掃除とかはマメでヨガライク吉祥寺店が綺麗なのは八割方、薫子のおかげなのだが、明のように朝早くから来る客以外はその事実に気が付いていないだろう。
あの長い爪で器用に掃除している姿はけっこう見ものだ。
案外、薫子はとてもいい奥さんになるのかも知れないと明は思っている。
明は「おはよう」と挨拶すると、会員カードをケイに渡して、更衣室に入った。
そして、黒いTシャツと黒いジャージに着替える。
日ごろならケイや薫子と雑談をすることもあるのだが、今日はそのままスタジオに入った。
ヨガマットを自分で引くと、軽く柔軟体操をする。
好きな人の命を、直接的な意味で守ると言うシチュエーションは、戦国時代までさかのぼらないとなかなかないと思う。
緊張感と高揚感が物凄かった。
スタジオには明の他に五人の生徒が来た。
明はヨガにほとんど集中できずに言われたポーズをこなしていく。
集中できていないためか、ポーズに乱れが多かったようで、たまにケイに触られてポーズを修正された。
昨日までは何ともなかったのに、予知を見てからはケイを好きだと言う想いが溢れてしまって、ちょっと触れられただけでドキドキしてしまう。
こんなドキドキを感じるのは五年ぶりくらいかも知れない。
まだこんな感性が残っていたんだなと、嬉しくもあり、驚きもあった。
ヨガのレッスンが終わると、だらだらと着替えて、他の生徒が帰るのを待った。
受付にケイと薫子しかいないのを確認して、緊張を抑えながら、出来るだけさりげない言う。
「ケイさん、ちょっと特別な話があるから今日の仕事が終わったら食事でもしない?」
「え? あ、はい。じゃあ、今日は八時に終わるのでその後なら大丈夫ですよ」
「わかった。じゃあ、八時にまた来るからよろしく」
そう言って明は逃げるように帰った。




